「綺羅ッ!!!!」
伸ばした手は真っ白い天井に向けられていた。
その手には何も握られていない。
白く清潔な毛布が床に落ちることなど一切気にせず足を縺れさせながら隣の部屋に飛び込んだ。
蝶番が悲鳴をあげることなど構わずにドアを乱暴に開けるとベッドの上で上半身を持ち上げぽかんとしている綺羅の肩を引き寄せ、抱きしめた。
「…え、えっ?」
「綺羅…っ、良かった、良かった…!」
今までの姿のままでは味わうことのできなかった体温が、香りが、柔らかさが、想像していた何十倍も心地よくて思わず抱きしめる腕に力が籠る。
「あ、えっと…? 陽葉…?」
ぽんぽんと優しく背中を叩かれた。
身体を離してやっと見えた綺羅の顔はまだぽかんとして、状況を飲み込めていないようだ。
「陽葉、なんだよな?」
頷く。
ぽかんとした顔は驚きに変わる。
「どうして、急に」
「覚えてないのか?」
「え?」
「…いや、多分夢だ。すっげぇ怖い夢を見た」
彼女の小さな体に黒い影が迫っていく景色が脳裏に張り付いている。
夢で良かったと心の底から思う。
「ふぅん…?」
何の事だろう、と首を傾げる綺羅の仕草に心臓の奥がきゅんと音を立てた。
いつもは見上げている彼女の柔らかそうな薄桃色の頬が自分の胸の辺りにある。
蓋はいつもこんな景色を見ていたのか、なんて少し嫉妬した。
だが、これからは彼ばかりに良い思いをさせはしない。
「陽葉、おいで」
自分のよりも二周りほど小さな手が首の後ろを撫でた。
そっと引き寄せられ、彼女の肩に顎を載せるようその手に誘導される。
脇腹と首筋とを撫でられ、ぞくぞくとした感覚が背を駆けた。
「大丈夫。俺はここにいるよ」
耳たぶを彼女の優しい声が撫であげ、肩が震える。
齢幾分しかない少女のそれに腰が砕けそうになっている自分も自分だが、彼女も彼女で随分ずるいことをする。
「……ああ…」
彼女の腰に腕を回し、逃がすまいとするように、その体温を閉じ込める様に、そっと目を閉じた。