「……嘘だろ、おい」
押す、引く、回す、捻る……あらゆる工程を試したが無駄だった。
綺羅は陽葉の証言通りうんともすんとも言わない、重厚そうな両開きのドアを見上げる。
「開かないとか、そんなのなしだろ…」
『窓もダメだ。体当たりしてみたけど割れそうもない』
「なんてこった」
頭を抱えた。
窓の外は真っ暗闇で、星一つ浮かんでいない。
「それにしても…なんで俺たちだけなんだろうな」
『確かに』
しかし開かないもんは仕方がないので陽葉を抱きあげ、ドアから離れ、薄暗い建物の中を見渡す。
洋風な作りのその空間は、ドアの正面に大きな階段が左右に開けるように作られていて、階段を上った先には正面と左右とに敷居が一つずつ。一階の奥も広めの部屋が一つ。
綺羅が目を覚ましたのは二階正面を進んだ先にある、五つの部屋のうち向かって一番右の部屋。
「広い屋敷だなあ。一体どんな金持ちが住んでたんだか」
陽葉と自分との声だけを聞きながら恐る恐る進む。
とりあえず、手近にあった一階の奥の部屋に入ってみることにした。
ドアを少しだけ開けてひょこりと顔だけを出して中をのぞく。
目の前に広がっていたのはクロスがかけられた大きなテーブルと規則正しく並べられた椅子。
ダイニングだろうか。
ゆっくりと足を踏み入れ、見渡した。
「左右に部屋があるな」
『あ、さっき見たけど、右は貯蔵庫っぽくて左は調理場っぽかったぞ』
とりあえず右の部屋に行ってみることにする。
分厚い壁で仕切られた向こうには大きな棚が二つと未開封の段ボールとが置いてあった。
積み上げられた段ボールには、シンオウ地方名物「森の羊羹」や野菜など商品名が書かれている。
中を覗いてみると殆ど空だったが、羊羹だけは一つぽつんと入っていた。
大分前のものなのか上品な包装が色褪せている。
「確かに貯蔵庫っぽいな」
その時、背中にぞくりと寒気が走り、振り向く。
『綺羅…?どうした?』
「いや…なんか、今」
陽葉と共に貯蔵庫を出る。
奥にある貯蔵庫にも向かおうとした時。
『綺羅!』
「ッうわ…?!」
腹部の辺りに衝撃を感じて吹き飛んだ。
陽葉に体当たりをされたのだと気付くのと、自分が居た場所で皿が粉みじんになっているのに気が付くのとは殆ど同時だった。
尻餅を着いた自分の腹の上にいる陽葉の背を支えながら 何が起こったのかを理解しようと脳みそをフル回転させるが、結局それを理解することはできそうもない。
『綺羅!一旦出るぞ!』
「あ、おうっ」
陽葉に言われるがままそこを飛び出して廊下に転がった。
「はあ…は、はっ…」
『綺羅、今…皿が、浮いて……っ』
息を整えもしないまま陽葉が言う。
その時、背にしたドアが揺れた。
「っな…!」
内側から何かが叩いているのか、蝶番とドアとが軋む音が聞こえ、足を縺れさせながら陽葉を抱えてドアから離れる。
ドアは鍵が付いているわけでも押さえているわけでもないのだが、その奥に居るらしいその存在は悲痛そうに許しを請うようにドアを殴りつけていた。
「もう何なんだよ…っ」
『綺羅、離れるぞ!』
彼の言葉に頷き、ドアを離れ、再び玄関の扉に手を掛ける。
ドアノブを回すがやはりその扉はぴくりとも動かない。
いつの間にかドアを叩く音はしなくなっていた。