その後。
いつの間にかハンサムによって手配されていた警察が突入してきて、数十名のギンガ団が検挙された。
が、肝心のジュピターはどうやらうまく逃げ果せたらしい。
恐らく彼女とはまたいつか出会うことになるだろう。
そして現在。
「いやぁ、助かりました!ありがとう!」
中年の男性が深々と綺羅に向けて頭を下げていた。
彼の傍らには安堵したような表情のピッピが居る。
先程、ジュピターにも同じように頭を下げていた男性だった。
「にしても凄いね君!先程の戦い、見事だったよ」
「…俺なんかまだまだですよ。こいつらが凄いだけです」
そう言い、綺羅は隣でえへんと嬉しそうに威張っているデンリュウの背中を撫でる。
勿論彼女に寄り添うようにくっついているのはデンリュウだけではない。
そんなに広くはない自転車屋の店舗はぎゅうぎゅうだった。
その時、店舗のドアが開いてもうすっかり見慣れた顔が敷居を跨ぐ。
「綺羅くん…うわっ、なんか沢山居るな…」
「あ、ハンサムさん。おーい、お前ら、そろそろボール戻れ」
『やだ』
「ええ…」
賑やかで楽しいからいい、と笑う店主の意向に甘え、もう少し出しておくことにする。
出されたお茶を一口すすりハンサムは口を開いた。
「奴ら、どうやら町民から盗ったモンスターボールは全て置いていったようだ。全部元居たところに返ったよ」
「そっか。良かった」
ほっと胸を撫で下ろす。
「ところで、ジュピターは見つかった?」
「いや…恥ずかしい限りだが見失った。もう時間も経っているし恐らく近辺には居ないだろう。また証拠集めからだな…」
ハンサムは悔しそうに頭を掻く。
そしてしっかりと髭を剃った顎を撫で、苦い表情を浮かべる。
「それはともかく…もっと慎重に行動しないといけないな。私の顔は割れてしまったことだし。勿論、君もだぞ、綺羅くん」
「あ、あー…あはは…そうですね…」
ふいと目線を逸らした。
すると彼は怪訝そうに眉をひそめる。
「まさか君…また何か危ないことを考えているんじゃないだろうね」
「え、いや……まあ、その、顔バレてんなら派手にやってもいいかなって」
「また君はそうやって!何度も言うが相手は大人なんだ!何度もそう無傷で済むとは限らないんだぞ!」
「わ、わかってますよ。その辺は上手くやります。それにほら、俺一人じゃないし」
「そうは言ってもだな…」
そう言いかけて、やめた。
綺羅の頭に大きな手のひらを置き微笑む。
「まあ今回はお手柄だった。私一人では対処しきれなかっただろう。君が居てくれて助かった。が、それはそれ、これはこれ、だ。今後あまり危ないことはするなよ。有事の際は警察か私を呼びなさい。わかったね?」
「はあい」
「よし。いい返事だ。ではそろそろお暇しよう」
ハンサムは出された紅茶を飲み干し、立ち上がった。
それに倣い、綺羅も立ち上がる。
「もう行ってしまうのかい?」
「はい。お茶、ご馳走様でした」
「またいつでも来なさいな。待っているよ」
彼の言葉を背中越しに聞きながら、綺羅はハンサムと共に自転車屋を出た。
「それではな、綺羅くん。元気でやるんだぞ」
「ハンサムさんこそお気をつけて」
ハンサムと別れ、綺羅は街の出口へと歩く。
「…なあ、デンリュウ」
『ん?』
「本当にいいのか?」
後ろをちょこちょことついてくるデンリュウに振り向きながら言う。
彼には帰るべき場所があるのではないか。
「別に無理して着いてくる必要ないんだぞ」
『無理なんてしてねえよ!オレ、綺羅と一緒に行きたいんだ』
彼はそう言い、包帯の巻かれた綺羅の右手に擦り寄った。
『それ…やったとき、アンタの仲間はすげぇ剣幕でオレを睨んだ…。そんだけでわかるよ。アンタがどんな人間か』
「…デンリュウ」
『色んな人間を見てきたけど、アンタのことは…なんていうか、人間よりもオレ達に近く感じるっていうか、よくわかんないけど、安心できるんだ。最初はビビったけど、今は全然大丈夫』
辛かったはずなのに、人間である自分を信用しようとしてくれてる。
『手、ごめんな』
「いいよ。気にすんな。大丈夫」
彼の顎の下を撫で、微笑む。
「ああ、そうだ。一緒に来るなら種族名じゃちょっと味気ないだろ?名前、俺が考えても良いか?」
『勿論だ!かっけぇのを頼むぜ!』
歩きながら、すっかり赤くなった空を見上げた。
「魅雷」
『…みらい?』
「そう。魅雷。どうだ?」
ふ、と彼の目が細められる。
嬉しそうに頷いた彼の腹部に空のモンスターボールを当てた。
彼の身体がボールから放たれた淡い光に包まれる。
「一緒に行こう、魅雷」
『ああ。連れてってくれ、綺羅』
魅雷が入ったボールをそっと腰に提げ、綺羅は再び歩き出した。