話がひと段落した頃を見計らい、博士は綺羅と少年とにノートのような形をした赤い機械を差し出した。
「これを、ポケモン図鑑を、君達に頼みたい」
「ポケモン図鑑?」
差し出されたそれを受け取りながら少年は首を傾げる。
「ポケモン図鑑は、ポケモンと出会うことでそのデータを自動的に記録してくれる。だがこれはまだ未完成だ。気候や環境によって生息しているポケモンも全く違うため、データを集めるには様々な所に出向かなければいけない。本来ならば私が自分の足で出向きたいところだが中々難しくてな。そこで、だ」
博士は前で組んでいた腕を解き、後ろで組み直す。
「君達はこれから様々な場所を冒険するだろう。そうして、多くのポケモンと出会う。様々な出会いを、是非このポケモン図鑑にも記録させてほしい。ポケモンのデータを得て初めてポケモン図鑑は完成する。君達に、これを完成させてほしいのだ」
やってくれるか、と博士は最後に締めくくった。
その言葉に、少年は力強く頷く。
「必ず完成させてみせます…!」
* * *
研究所のドアを後ろ手で閉める。
途端、少年は緊張が解けたのか赤い帽子をそっと被り直した。
「はあ……博士が良い人で助かったぁ」
その感想は正直同感だ。
彼の言葉に、綺羅は乾いた笑みを零す。
「それじゃあ、僕は一度家に帰ります。お母さんに旅に出ること報告しないと。一緒に来てくれてありがとう、お姉さん」
「いんや。君こそ、湖で助けてくれてありがとうな。旅、気を付けて行くんだぞ」
「……僕、コウキです。お姉さんは?」
そう言われて、そういえばお互い名乗っていなかったな、なんて考えた。
「綺羅だよ。またな、コウキくん」
「うん。また、綺羅さん」
そう言い、来た道を駆けて戻る少年もといコウキの背中を見送った後、綺羅はぐい、と背中を伸ばす。
深く息を吐いて、コウキが進んだ道とは逆の道を見据えた。
『一件落着ってとこか』
腰元で勝手にボールが開いたと思ったら、気だるそうな声と共に蓋が飛び出し、綺羅の真似をするように身体を伸ばしている。
「まあな。それはさておき、まずは新しい仲間に挨拶しろよ」
そう言いながら先ほど増えたばかりのボールを握り、宙へ放る。
『…おっと、と。おお、外だ。風が気持ちいいぜ』
「よう、ナエトル。早速なんだけど、こいつ、俺の相棒で、蓋って名前なんだ。仲良くやってくれよ」
『先輩ってやつだな!宜しくな、蓋!』
『ああ。綺羅、コイツの名前はどうするんだ?』
「んー。そうだなあ」
綺羅が顎に手を当てて考えようとしたところで、ナエトルが割って入ってきた。
『な、なあちょっと。アンタ、俺らの言ってること、わかるのか?』
「?……ああ、わかるぜ。まあそんなことは置いといて、お前の名前だなー。名前、名前……んー」
一方、ナエトルはぽかんと口を開けたまま綺羅を見上げる。
『お、置いといていいんだ……』
『小せぇ頃からずっとなんだよ。コイツにとっては当たり前のことなんだ』
蓋がナエトルの肩(背中?)をぽんと叩く。
『最初はビビるだろうが、慣れたら便利だぜ。言葉がなくても通じ合えるとか美談もいいが、そもそもそんな美談が本当なら言葉は要らねえ。気持ちを伝えるために言葉ってーのはあるんだ』
「ロマンのねぇこと言うなよ、蓋。いいだろ、美談。そういうのも需要があるから存在してるんだし」
『ロマンが無いのはお前だ。それより、名前は思いついたのか?』
そう蓋に言われ、綺羅はナエトルに向き直った。
「"陽葉"……ってのはどうだ?」
『陽葉……? 俺の、名前』
「ああ。お前の名前だ」
ナエトルもとい陽葉は貰ったばかりの名前を何度も何度も呟き、やがて嬉しそうに笑みを浮かべる。
『ありがとう、綺羅』
「どういたしまして、陽葉。さ、そろそろ出発しようか」
もう一度大きく体を伸ばして深呼吸をした綺羅は、仲間二匹を携えてスキップ気味に一歩を踏み出した。