「これで終わりか?ジュピター様?」
「…ふうん。面白い子」
笑みすら浮かべず、彼女はそうぽつりと呟き、ボールを放る。
飛び出したのはスカタンクだった。
「適当に痛めつけるだけにするつもりだったけれど、いいわ。最後まで相手してあげる」
「光栄だよ」
腰のホルターから陽葉のボールを外す。
それを放ろうとしたとき、綺羅の横をふわふわしたものが通り抜けた。
彼は低く喉を鳴らし床を何度か蹴る。
「…メリープ?」
彼は綺羅に声を掛けられたのを皮切りに、可愛らしい声で相手を威嚇した。
『オレ、アンタの役に立ちたい!もっとアンタと…もっと綺羅と一緒に居たい!戦いたい!』
驚きに見開かれていた丸い目を細め、綺羅は口角を上げる。
彼の傍らにしゃがみ、その背を撫でた。
「ああ…頼むぜ」
『おうっ』
暗闇の中、檻の中から向けられていたあの敵意に満ちた視線はこちらを向いていない。
もう二度とあんな濁った瞳はこの子にはさせない。
彼を、自分を鼓舞する意味でも、固く冷たい床を叩いた。
「行くぞ、"スパーク"!」
「避けなさい!スカタンク!」
電気タイプは基本的にスピードが高い個体が多い。
それは勿論、彼も例外ではない。
スカタンクが回避をするよりも数倍早く、一気に敵との距離を詰めたメリープは電気を纏ったその身体を思い切り叩きつける。
小さく悲鳴を上げながら相手は砂埃と共に後ずさった。
「やったわね…反撃よ!"ひっかく"!」
「右だ!回り込め!」
巨体を揺らして鋭く研がれた爪を振り下ろす。
眼前で繰り出されたそれをメリープは指示通り相手の周りを踊る様にくるりと避け、背後に回り込んだ。
「"でんじは"!」
メリープが攻撃を避けられてよろけたスカタンクの背に微弱な電気を放つ。
それを流し込まれたスカタンクは支えを失った人形のようにぺたりと床に座り込んだ。
体毛は逆立ち、時折電気が彼の身体を走る音が聞こえる。
「スカタンク!立って!立ちなさい!」
「あんまり無理させんなよ…嫌われるぜ」
「ッく…!」
ジュピターは悔しそうに唇を噛み、綺羅を睨みつけた。
が、すぐに口角を持ち上げる。
「"どくガス"よ!」
スカタンクは座り込んだまま口を開けた。
「まずいッ!メリープ!そいつから離れろ!」
そう指示をするが、遅かった。
敵が吐き出したどす黒い紫色の気体は瞬く間にメリープを包み込む。
「吸うな!息を止めてこっちに走ってこい!こっちだ!聞こえるか?!」
「させないわよ!スカタンク、…?!」
スカタンクは動けない。
いや、動けない。
一度立ち上がろうと地をきつく踏んだが、すぐにその腕は力を失い、地に再び伏せる。
「麻痺してんだろ?…忘れんなよ」
「ッ…!」
ジュピターが再び悔しそうに唇を噛んだと同時に毒ガスの中からメリープが抜け出してきた。
ガスは吸わずに済んだのか毒の症状は見られない。
「メリープ、大丈夫か?!」
『あぁ!まだまだイケるぜ!』
「よし!さっさと終わらせて、美味いもんでも食いに行こうぜ」
綺羅が笑みを浮かべると、メリープはそっと目を細める。
「"スパーク"!」
一発。
スカタンクの巨体が後ずさる。
「畳みかけろ!もう一度"スパーク"!」
相手は動かない。
これで終わりだと思ったその時。
「調子に乗らないで頂戴!"つじぎり"!」
迫って来た攻撃を避け、標的を失いよろけたメリープの背面に"つじぎり"を叩き込む。
がり、と爪が彼の身体を抉り、メリープの小さな体が吹き飛んだ。
「"たいあたり"!」
「メリープ!」
力を失い、地面に落ちたメリープの身体を更に巨体が吹き飛ばす。
彼の軽い身体は遠い壁に叩きつけられた。
『がはッ…!』
彼の身体がずるずると壁を伝って床に落ちる。
力なく彼の尾が放られた。
「くそ…麻痺が切れたか…」
「よくも散々甚振ってくれたわね…もう許さないわよ」
ジュピターは不敵な笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。
どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
「あなた、中々見込みがあるし催眠術でもかけて私達の仲間になってもらおうかしら」
「素敵なお誘いだけど遠慮しとくぜ。俺には務まらなさそうだ」
「あら大丈夫よ。うちは未経験者大歓迎の明るいスタッフが多い楽しい職場だから」
床に倒れたメリープにスカタンクがゆっくりと近付く。
巨体を持ち上げ、爪を振り上げる。
「ッく…メリープ!」
その時、ぴくりと彼の尾が動き、持ち上がり――彼の身体を眩い光が包んだ。
光を帯びたまま彼はゆっくりと起き上がる。
驚いて動きを止めたスカタンクを余所に彼の身体は一回り大きくなり、立ち上がった。
光が粒子となって空間に散る。そこにいたのはモココだった。
「進化したのか…!」
だが、これで終わりではなかった。
再び彼を眩い光が包み、柔らかそうな体毛は消え、一回りも二周りも大きくなる。
やがて。
「ちょっと、嘘でしょ…」
ジュピターは驚愕をその揺れる瞳に宿した。
綺羅は生命の神秘に声すら上げることができずただ自分と同じくらいの身長になってしまった彼を見つめる。
「一気に二段階も進化するなんて…!」
ぱちくりと目を開けた彼は数回瞬きをし――小さく悲鳴を上げた。
驚いたのは彼も同じらしかった。
『え…なんかめっちゃ目線高い…なにこれ…』
両手をパタパタと揺らし、彼はくるりとその場で回る。
一方、自分よりも大きくなった相手に怯えてかスカタンクは数歩後ずさった。
「メリープ…いや、デンリュウ!」
彼の黒い瞳がこちらへ向けられる。
「さっさと終わらせようぜ!」
『…ああ、そうだな!』
デンリュウは真っ直ぐと、スカタンクを睨みつけた。
メリープだった頃から変わらないその丸い瞳は細められていても可愛らしい。
「"ほうでん"!」
『喰らえぇッ!!』
ビルの最上階を、淡い黄色を孕んだ光が包み込んだ。