最上階。
およそ一般人には似合わないであろう、濃い紫色の髪を高い位置で大きく束ねた女性がそこに居た。
白と黒との奇抜な衣装に不思議なほど映えるその髪は、彼女が目の前の男性を見下すたびにゆらりと揺れる。
いやに暗いその階層の壁にはところどころ白い装飾がされていて宇宙を彷彿とさせた。
「ピッピを返してくれ!わしの大事な家族なんだ!」
懇願する男性の言葉にうんともすんとも返すことなく、女性はにたりと口角を持ち上げる。
その後ろには小さくなって震えるピッピと、下っ端がいた。
「全く。侵入者一人捕えられないの?」
「もっ…申し訳ありません…」
「いけない子ね。お仕置きが必要かしら」
彼女はヒールの音を高らかに響かせる。
「それで、侵入者の特徴は?」
下っ端が背筋を正し、震える声を絞り出そうとしたその時。
部屋に堂々と入って来た少女を、下っ端が指さした。
「あ、ああああ!あいつです!ジュピター様!」
綺羅は床に膝を着く男性の横をすり抜け、女性、ジュピターの前に進み出る。
「侵入者だってよ。ジュピター様?」
「…あらまあ。随分堂々とした侵入者さんだこと。お父さんも一緒?」
彼女は愉快そうに笑った。
ぴくりとハンサムの眉が動く。
ハンサムは綺羅を背に隠すように、前に躍り出た。
「お前らの悪事の証拠はしっかりと押さえさせてもらった。もう今までのような言い逃れは出来んぞ。覚悟しろ」
そう言うと彼女はにたりと口角を上げる。
「ふふ。そんな脅しに屈するとでも?…いいこと、おじさま。私達の勢力は貴方が思っているよりもずっと巨大よ。勿論コネもある。今まで私達がどうして訴えられていなかったか、そんなの考えればわかるでしょう?ねえ、国際警察さん」
「…ッ…バレていたか」
「勿論よ。随分慎重にこそこそと…邪魔だったのよね。ここで始末できるなんて好都合だわ」
ハンサムが後ずさった。
「ああ。思い出した。後ろの子、マーズの報告に出てきた子ね?たった一人で私達に喧嘩売るなんてどんな子かなって思っていたのよ。会えて嬉しいわ」
「こちらとしてはお目にかかりたくは無かったけどな」
「連れない事言わないで頂戴よ。悲しくなっちゃうわ」
ジュピターは取り出したボールを宙に放る。
現れたのはズバット。
きしゃあ、と耳に響く声で威嚇するように鳴いた。
「丁度いい。まとめて始末して、貴方達の身柄をボスに献上するとしましょう。そこのおじさまはともかく、貴方は見込みがあるわ。可愛がってくれるかもね」
「っ貴様…!」
地を踏みしめ、前のめりになったハンサムの腕を掴む。
「ハンサムさん。大丈夫、下がってて」
「し、しかし…」
「大丈夫。負けないよ。こんな奴らに、負けない」
そう言うと彼の釣り上げられた眉は困ったように下がる。
「…わかった。だが、無茶はするんじゃないぞ」
「わかってるよ、ありがと」
「あらあら。言ってくれるじゃない。貴方に膝を着かせるのが楽しみね」
その時、綺羅の背後にいるメリープに気が付いたのかジュピターは余裕そうな笑みを崩し、目を丸くする。
「その子は、」
「アンタ達が味方につけようと必死になってた子だよ。残念なことに、アンタ等のことは大嫌いみたいだ」
挑発するようにそう言うが、彼女は再びその細い頬に笑みを刻んだ。
「貴方、面白い子ね。名前を教えてくれるかしら?」
「はは。やだね」
「あら、意地悪ね。いいわ。無理やり言わせてあげる!」
少し遅れて綺羅もボールを天に放る。
ころころとした身体が飛び出し、しっかりと床を踏みつけた。
『よーっし!マスターにイイとこ見せちゃうもんね!』
喉の奥で愛らしく、きゅう、と彼は鳴き、ズバットを睨む。
「麗水、"アクアジェット"!」
『いっくよー!』
水しぶきが舞い、それを纏った彼がズバットに突っ込んだ。
それが当たる瞬間、相手の口ががぱり、と開く。
「"ちょうおんぱ"」
同時に、思わず耳を塞ぎたくなるような、言葉に出来ない不快な音が辺りに響き渡る。
直接脳内を掻き乱されるような感覚に吐き気を覚えた。
勿論それは麗水も同じようで彼の身体は力を失い、ぱたりと床に転がる。
『ふええ…クラクラするぅ…』
「ッく…麗水…!」
がんがんと痛む頭を押さえた。
視界の端で麗水が苦しそうに息を吐いているのが見える。
「たたみかけて!"つばさでうつ"!」
這いつくばる麗水にくっつき、両翼を何度も叩きつけ始めた。
痛々しい音が響く。
『マスターッ…大丈夫…もう、少し!』
そう言い、丸くなり、痛みに耐える彼の背中を見つめた。
両手を握りしめる。
やがて、それを繰り返した後…彼の目が見開かれたその瞬間。
「"れいとうビーム"!」
『いったいなぁ…もう!』
麗水は顔の近くに振り下ろされた片翼を噛み、逃げられないよう捕まえる。
それを離さないまま、彼の口は淡い水色を吐き出した。
「な…?!」
一筋の光がズバットの腹部を貫き、程なくして力なく床に落ちる。
ジュピターは眉一つ動かすことなくボールに戻した。
「麗水。声掛けてくれてありがとな」
『えへへ。どういたしまして!』
つい頭が真っ白になってしまった。
彼の声が無ければ危なかったかもしれない。
駆け寄って来た麗水を抱き上げ、彼の顔の辺りを撫でた。
打ち付けられた傷が彼の白い肌にくっきりと浮かんでいる。
「終わったらすぐポケモンセンターに行くからな。少し待っててくれ」
『うんっ』