『あまり気乗りはしないがな』
出来れば二度と見たくなかった、見覚えのある奇抜なデザインのビルを見上げ、蓋はぽつりと呟いた。
「まあ、ハンサムさんにも怒られたばっかりだしな」
「そうじゃない」
突然、蓋がボールから擬人化のまま飛び出し、綺羅の頭を小突く。
「俺はお前の身を案じているんだ。ハンサムの…彼の言うことは的を射ている。前回を無事に乗り越えられたからといって今回も無事で済むとは限らない。だから本音を言えば、あまり首は突っ込んで欲しくないんだよ」
俺たちはヒーローになりたいわけじゃない、と彼は零した。
そんな彼を見上げ、綺羅は笑みを浮かべる。
「…ヒーローには憧れるけど、なれないことはわかってるよ」
蓋のボールをホルターから外し、彼の胸元にそっと押し付けた。
「だからこれは俺の我儘だ。ただのヒーローごっこだ。俺の意思で突っ込んだ。だから、何かあっても誰の責任でもない。そうだろ?」
「縁起でもないことを言うんじゃない…まったく」
「はは。俺だって命は惜しいから、ヤバくなったら逃げるよ。それじゃダメか?」
彼は少しの間顔を顰めた後、長めの溜息を一つ零すと、拳を作って自分に向けられたボールにそれを当てる。
かちり、と音がしてボールが開き、彼の身体はその中に戻って行った。
『とんだじゃじゃ馬娘になっちまったなあ』
「おかげさまで。さて、それじゃあ行くとしますか」
* * *
人気のない廊下をなるべく音を立てないよう歩く。
今のところ殆ど敵とは遭遇していない。
流石の規模の建物だ、それほど高い密度で監視が配置されているわけではないらしい。
注意深く周囲を確認しながら進むうち、これまでのドアとは確実に差別化された、巨大な扉を見つけた。
扉の中心には巨大なハンドルが設置されている。
「なんだこれ」
好奇心に負け、ハンドルを指先で突いた。
電流とかは流れていないようだ。
遅効性の毒なんかが塗られている可能性も考えられなくもないが…可能性を上げていたらきりがないのでやめておくとしよう。
小さく息を吐き、ハンドルを捻ってみたがびくともしない。
よく見てみると近くにある小さなランプが赤く点滅していた。
「鍵とか必要なのかなあ」
反対に回したり押したり引いたり曲げたりと色々試してみたが、やはり回る様子はない。
相変わらず挑発するかのようにランプが点滅しているだけだ。
「どっかで電化製品は叩けば直るって聞いたことあるし…」
ぽつり、と綺羅は呟き、少しだけ扉から距離を取る。
軽く息を吐いた後。
「はッ」
扉に向かって回し蹴りを放った。
ガァン、と派手な音が廊下に響くと同時にランプが点灯をやめ、やが電子音と共に緑色を纏う。
「お?」
ハンドルを握り、ぐいっと勢いよく回した。
先程まで頑なに首を振らなかったそれは懐柔されたかのように抵抗なくその身を綺羅の手に委ねる。
そのまま扉に体重をかけ押し開けた。
少しだけ空いた隙間から中の様子を伺う。
暗闇の中に一筋の光が入り込み、奥の壁を照らした。
「大当たり」
部屋の中には巨大な棚がいくつも並んでおり、そこには煩雑にモンスターボールが転がされている。
棚だけではなく、床にも転がっていた。
もう少しだけ隙間を開けて身体を暗闇の中に押し込めると、後ろ手でドアを閉める。
電気のスイッチを探して壁に手を着いたその時だった。
「ッ?!」
後ろから抱えられ、口に手を宛がわれる。
体格からして大人の男だろう。
鼻孔の奥をほんのりと煙草の匂いがつついた。
『綺羅ッ!』
蓋がボールから飛び出し綺羅を抱えている人物に飛びかかる。
綺羅の身体が解放されると同時に、床を擦る音が聞こえた。
弾かれるように綺羅は床を手で押し返し体を起こすと、ボールを全て上空に投げた。
「炎、明かり!」
『はいっ!』
飛び出すと同時に炎が大きく息を吸い、上空に火炎放射を放つ。
綺羅を押さえつけようとした人物の顔が浮き上がった。
「あれ…?」
恰好こそギンガ団だが、凛々しい眉、顰められた眉間…あれは。
「電気点けるよー!」
麗水のその声と同時に部屋に設置された電灯が辺りを照らす。
腹の辺りを抑えながら床に座り込むその人物の顔を覗き込んだ。
「全く、まさかとは思っていたが」
彼はそう言い、睨むように綺羅を見上げる。
怒りというより呆れた、といった様子だ。
「あまり関わるなと前回も忠告したはずだが?」
そう言い、彼は腕を組むのだった。