ハクタイシティポケモンセンター。
入り口を過ぎるとまず目に入る大きな受付カウンターには、入院中のポケモンの治療に当たっているジョーイの代わりにラッキーが居る。
リズミカルに身体を揺らしながらそろそろ戻ってくるだろうか、なんて奥に居るジョーイに思いを馳せていたラッキーは、転がる様に飛び込んできた綺羅に思わず目を丸くした。
「っは、はぁ…あの、すみません……この子、お願いします…っ」
『あらあら、酷い怪我。でも大丈夫よ、任せて』
受付に居たラッキーが一声鳴くと、すぐさま別のラッキーが台車を押しながら姿を現す。
綺羅の手から炎を優しい手つきで受け取り台車に寝かせると"治療室"というランプが光る部屋へと入って行った。
それと入れ替わるようにしてジョーイが戻ってくる。
炎の様子をすれ違う時に見たのか、彼女はカウンター近くで立ち尽くしている綺羅を安心させるように微笑んだ。
「あのくらいの傷ならすぐに治るわ。他の子は、いいのかしら?」
「え?あ、ああ…じゃあ他の奴らもお願いします…」
ジョーイに蓋と陽葉とのボールを手渡す。
それを大切そうに持ち、ジョーイはこくりと頷いた。
「お預かり致します。治療が完了するまで、少し待っててね」
蓋たちが入ったボールを持ったまま、ジョーイは奥へと戻る。
その背中を見送った後、綺羅は脱力したようにソファに沈み込んだ。
その時。
「綺羅ちゃんっ」
突然声を掛けられたことに驚き、吐き出そうとした長いため息が喉の奥に引っ込んだ。
そうさせた声の主は、綺羅に続いてジムを出たナタネだった。
「び、吃驚した…なんでここに…」
「うふふ。忘れ物よ」
ナタネの言葉に首を傾げると、彼女は目の前に拳を差し出し、手のひらを広げる。
彼女の白い手のひらの上には緑色のバッジが光っていた。
「綺羅ちゃんたら、大事なもの忘れて言っちゃうんだから。せっかく勝ったのに受け取るの忘れちゃったら勿体ないでしょ」
「ああ…わざわざすみません。急いでて」
「いいのよ。それだけポケモンを大切にしてるってことでしょ。めったに見ないわ、貴方みたいにポケモンセンターに駆け込むトレーナーは」
フォレストバッジを綺羅に手渡しながら、ナタネはにこりと微笑む。
と同時に、今回は応援をしていた麗水がボールから飛び出した。
キラキラと輝いているバッジに釣られて出てきたらしく、綺羅の手に握られているバッジをまじまじと見つめている。
彼の丸い身体を抱き上げて膝に乗せると、バッジを目の前まで持っていった。
食い入るようにそれを見つめる麗水の身体を撫でる。
『やったね、マスター!二つ目のバッジ、ゲットだね!』
「これを貰えたのは、蓋と陽葉、炎ががんばってくれたおかげだな」
『うん!僕、皆が帰ってきたらお疲れ様って言うんだ!』
にこにこと、麗水は自分のことのように嬉しそうに笑っている。
ナタネも相変わらず笑みを浮かべたまま綺羅の隣に腰を下ろした。
「いいなぁ、その子達。綺羅ちゃんと一緒に旅ができて」
「え…?えっと、い、一緒に行きますか…?」
「あはは。違う違う。あ、でもしたくないわけじゃないわね…」
それはそれで美味しいかも、と言いながらどこか妖しげな笑みを頬に湛えるナタネから綺羅は少しだけ距離を取る。
「なんていうか、綺羅ちゃんって、本当にトレーナーとして出来てるわよね」
自分の太ももに膝をつき、組まれた両手の手の甲にそっと顎を乗せ、彼女はすこし俯いた。
彼女の様子に、取った距離をそっと縮める。
「ジムリーダーやってるとね、やっぱり色んなトレーナーを見るのよ」
ふう、と重たい息を吐き出した。
「ポケモンに無理をさせたり、勝つことしか考えていなかったり。そういう人って、負けたら自分じゃなくてポケモンを責めるの。ポケモンは一生懸命応えようとしていたのに、動きが悪いとか遅いからとかね」
「そんな人が居るんだ」
「世の中にはいろんな人が居るものよ」
綺羅の膝の上でバッジを弄って遊ぶ麗水を見ながらナタネは微笑む。
「悪いのはポケモンの動きじゃなくてトレーナーの指示。トレーナーがポケモンに寄せる信頼が薄いのと、トレーナーの知識不足。にも関わらず責任をポケモンに転嫁して…最低よね。やんなっちゃうわ」
ナタネはゆっくりと手を伸ばし、麗水の頬を突いた。
ぷよん、と頬が揺れる。
「酷いときにはね、ポケモンをジムの前に捨てていくの」
麗水はくすぐったいのか、くすくすと笑った。
その様子にナタネも笑みを零し、綺羅の顔を見る。
「勿論、そんな人ばかりじゃないのよ?綺羅ちゃんみたいに良い人も一杯いるの」
ナタネの話によると、捨てられたポケモンは一時期ジムで育てられ、やがて里親探しをするのだという。
「時々ね、里親が見つかったポケモンの様子を見に行くんだけど、皆幸せそうな顔をしていて…初めて見た時は泣いちゃったもの」
ふふ、とナタネは少しだけ照れたように笑った。
と同時に、そういえば、と彼女は思い出したように話題を変える。
「最近この街に変な人たちが現れたのよ。ギ…何とか団ってやつ。あの趣味の悪いビルに居るみたいなんだけど。知らないかしら?」
「ギ…?まさかギンガ団?」
「そう!それよ!」
彼女は若干食い気味で声を荒げた。
眉は怒気を孕んでいる。
「ギンガだかギンガムだか知らないけど、そいつ等ときたら町の人たちからポケモンを奪っていくのよ!信じられないわ!」
「そうなんですか…」
つい先日はエネルギーを狙っていた。
しかも発電所で出会ったマーズの、彼女の話が決して虚言ではないのであれば、エネルギーは既に十分奪われた後だろう。
そして今回はポケモンの強奪、誘拐……彼らの目的が見えない。
「攫われたポケモンの中にはあたしが面倒を見ていた子も居てね。何とかしようと思って手を尽くしてみたんだけど…もう規模的にはジムリーダーの力ではどうしようもない程に大きくなってしまっていて太刀打ちできなくて。情けないけれど、警察が解決してくれるのを待つしかないわね」
「…ギンガ団、か」
こちらを見上げて首を傾げる麗水の背中を撫でた。
目を細め、短い手と尻尾をぱたぱたさせる彼が愛らしくて笑みを零す。
さて、どうしたものか、なんて考えた。
とっくに答えは出ているが。
「ハンサムさんに怒られたばっかだけど…なんもしないなんて選択肢は用意してねえな」
ぽつりと呟く。
と同時に、奥からジョーイが白いサンダルの音を響かせながら姿を現した。
差し出されたボールを受け取り、頭を下げる。
麗水をボールに戻し、立ち上がりながらボールを一つずつ撫でた。
「さて、戻ってきて早速で悪いが、一つやりたいことがある」
立ち上がった綺羅を見上げ、ナタネは首を傾げる。
「綺羅ちゃん、どこに行くの?」
「ああ…ちょこーっと、気晴らしに、ね」
そう言い、唇に人差し指を押し付けた仕草をした後、変わらず首を傾げるナタネを残してポケモンセンターを後にした。