「まだ終わらせないわよ。ロズレイド!」
「いいや、これで終わらせます。そうだろ、炎!」
『ええ。必ず、貴方の手に勝利を』
ナタネと綺羅とは同時にボールを投げる。
フィールドに対峙したロズレイドと炎とは相手を見据え、低く唸った。
審判がトレーナー両者の顔を見、旗を振り下ろす。
「バトル、はじめ!」
先制は、ロズレイド。
両手に備えた赤と青との薔薇を胸の前で構えながら、一直線に向かってきた。
「"どくばり"!」
炎の目前まで迫ったロズレイドは交差させた両手を解く。
妖しく光る紫色の針が飛び、炎の右足に突き刺さった。
『っく…』
毒針が刺さった右足が青紫色に変色する。
毒が回っているのだろう。
「炎!」
『大丈夫、です…ご指示を…!』
炎は毒針を振り払うと、相手を睨みつける。
「長期戦は無理だな…炎、"かえんほうしゃ"!」
全身を回る毒に耐えながら炎は火柱を吐き出した。
いつもより威力が増しているようにすら見えるそれは迷うことなくロズレイドを包み込む。
熱風が花弁を巻き上げ、じわじわと焼いた。
「負けないで、ロズレイド!"マジカルリーフ"よ!」
しかしロズレイドは高威力の火柱を振り払い、光を反射させて七色の光る鋭い葉を炎へとぶつける。
避けようと体勢を整える炎だったが、毒が効いているのだろう、ぐらりと眩暈が脳みそを揺らし、刃物のような葉が彼の身体に傷を増やしていった。
「畳みかけるわよ!"メガドレイン"!」
「"あやしいひかり"!」
咄嗟に指示したその瞬間、フィールド内を意識が飛びそうな色をした光が包む。
やっとそれが止んで目を開けた時、綺羅は唇を噛んだ。
「間に合わなかったか…」
相手のロズレイドの傷は確実に癒えていた。
一方の炎は地面に座り込み、荒い呼吸を繰り返している。
彼の体力はもう限界だろう。
が、収穫なしではない。
ふらふらと覚束ない足取りでフィールドに立っているロズレイドを見て、まだ勝ち目はあると確信した。
「炎、あと少し頑張ってくれるか」
『…っ勿論です』
軋む身体に鞭を討ち、炎は震える足で立ち上がる。
「"スピードスター"!」
「くっ…ロズレイド、"マジカルリーフ"!」
必中の技同士がフィールド上でぶつかりあう。
いくら得意なタイプだからといってあれを喰らえばただでは済まない。
それに炎にはもうあまり時間が残っていない。早々に決着をさせなければ。
向こうは混乱が解けるまではどうやら消耗戦に持ち込もうとしているで、こちらに近付いてこようとしない。
ならば、こちらから行くまでだ。
「炎、"スピードスター"に乗るんだ!」
そう叫ぶ。
すると炎は青い顔で、しかし確かに勝とうという意思が灯った瞳をこちらに向け、楽しそうに笑った。
『…本当に、貴方は面白いことを考える』
彼は渾身の力で"スピードスター"を繰り出し、その中でも一際大きな"スピードスター"に飛び乗る。
「なっ…ロズレイド、撃ち落として!」
混乱と同時に光のせいで目を傷めてしまったらしいロズレイドはその指示に従おうとするが、見えないのではどうしようもない。
ロズレイドに直撃する直前に炎はスピードスターから飛び降り、空中で体勢を立て直した。
「終わらせるぞ!"かえんほうしゃ"!」
再びロズレイドは火柱に包まれる。
マジカルリーフは燃え落ち、スピードスターは火を纏って赤く燃えた。
「ロズレイド、戦闘不能!よって勝者、挑戦者!」
火柱が消えたフィールドでロズレイドが目を回しているのを見て審判がそう叫ぶ。
と同時に、綺羅はフィールドに腰を下ろした炎に駆け寄った。
激しく脈打つ身体をそっと抱き上げる。
『勝ち、ました…よ…』
「ああ…ありがとうな!待ってろよ、すぐポケモンセンターに…!」
走り出そうとした綺羅の目の前に、いつの間にか近くまで来ていたナタネがずいと何かを差し出した。
「毒消しよ。使って?」
「…!」
礼をいいながら差し出されたそれを受け取ると炎の右足、毒針の刺さった辺りに薬を塗る。
優しい色の薬は傷口にすぐに染み込んでいき、少しずつ乱れていた炎の呼吸はいくらか穏やかになった。
だが、痛々しい傷は残ったままだ。
「すみません、失礼します!」
「えっ、ちょっと…?!」
ナタネに構うことなく綺羅は弱った炎をかかえてジムを飛び出していった。
残されたナタネは毒消しを渡したのとは逆の手に握っていたジムバッジを見下ろす。
「…追いかけよっと」
嬉しそうにそう零し、飛び出した彼女の後を追ってジムを飛び出した。