「次はこの子よ!ナエトル!」
そう言ってナタネの放ったボールから飛び出してきたのは、やたらキラキラしている…ナエトル…?
……あれ、ホントにナエトルか?
若干失礼ながらも綺羅は首をかしげる。
手持ちにいる陽葉も今更言うまでもなくナエトルなのだが、やはりどこか根本的に(むしろ別の種類のポケモンなのではないかと疑うほど)違いがある気がした。
育て方にも寄るのだろうが、比喩表現するならば"24時間ひたすら光合成中"といったところだろうか。
思わず眩しくて半目になる。
ナタネが繰り出したナエトルは、ボールから出てくるなりフィールドのど真ん中で自慢の毛並みを整え始める始末。
するとその行為はどうやら挑発になってしまったらしく、蓋の目がより一層鋭くなった。
殺気すら感じられるほどだ。
『ほう…良い度胸だ…』
ガルルル、と蓋は低く唸る。
お前まで別種のポケモンになるつもりかと思ったが、言わないでおいた。
彼渾身の頭突きを喰らうのはさすがに遠慮したい。
やっと毛づくろいが終わったのか、ナエトルは下に向けていた顔を上げ、動きを止めた。
ナエトルの目は綺羅を捉え、怪しく光る。
指示も出されないままナエトルは走り出した。
「ちょっ…ナエトル?!」
どうやらナタネもこれは予想外だったらしい。
しかしそんな彼女に構うことなくナエトルは走り続けた。
ナエトルの目的と目指す場所は、
「うおッ?!」
微塵も迷うことなく、綺羅だった。
驚いて動きを止める綺羅を他所にそのスピードのままナエトルは突っ込んでくる。
心なしか目がハートだ。
しかし残念ながらナエトルは綺羅の元へ辿り着くことはできなかった。
彼の腹の辺りに巨大な衝撃が走り、いとも簡単に吹き飛ばされ、彼は顔面から壁にめりこんだ。
一方、ナエトルの腹に自身の自慢の頭部を手加減することなく叩きつけた蓋は、息を荒く吐きながら笑っている。
『テメェ…誰の許可を得てウチの可愛い綺羅にハート飛ばしてやがんだァ…??ぶち殺すぞオイ…』
「待て待て待て待て!お前誰だ?!」
蓋の赤い目はいつもより怪しく光っており、口からは若干白い煙のようなものが溢れ出ているような気がする。
ナエトルが壁からずり落ちて地面に倒れ込んだ。
しかし、まだ瀕死にはなっていないらしくヨロヨロと立ち上がる。
それを見た蓋は、盛大に舌打ちをカマした。
『仕留め損ねたか…』
「仕留めちゃダメだろ!」
蓋は顔だけ振り向きながらそう言う。
ありゃダメだ、と綺羅は頭を抱えた。
完全に怒っちまった目だ…。
「蓋、怒んのはいいが冷静に、だ。そんなんじゃ勝てる試合も勝てねぇ」
『……わかった』
驚いて挙動不審になっていた審判が恐る恐る、いいですか、とこちらに視線を送る。
怯えたままの審判に頭を下げると、正式にバトルが開始された。
「ごめんなさいね、綺羅ちゃん。ウチのナエトルったら、たまに暴走しちゃうのよ」
ナタネはそう言い、うふふ、と呑気に笑った。
先程彼女が自分で言っていた、ポケモンはパートナーに似る、というのはあながち間違っていないらしい。
少なくとも彼女と彼女のナエトルとの場合は。
「さあ、今度こそバトル開始よ」
今回先に動いたのは、ナタネのナエトルだった。
「ナエトル、"はっぱカッター"!」
ナタネの指示を受けたナエトルは一歩だけ進むと足に力を込め、高く飛び上がる。
そして上空で鋭く硬化した無数の葉を出現させ、蓋へとぶつけた。
一瞬怯む蓋だったが、硬い割にまとわりつく葉を振り払い、ズンッと地面を踏みしめる。
「うそっ…効いてない?!」
「俺の相棒をナメて貰っちゃ困りますよ」
草タイプ相手に勝算ナシで岩タイプを出す程無謀ではない。
「蓋!十八番をお見舞いしてやれ!"ずつき"!」
『泣くんじゃねぇぞ』
にたりと不敵な笑みを浮かべた蓋は、鍛え上げられた脚力でナエトルの前に飛び出すと相手の脇腹に自身の頭部を突っ込み、弾き飛ばした。
砂埃を立てながらナエトルは地面を擦る。
「あらら。敵ながら惚れ惚れしちゃう攻撃力ね」
でも、とナタネは微笑んだ。
「負けるわけにはいかないのよ!ナエトル、"たいあたり"!」
フィールドの端、ナタネの足元に蹲っていたナエトルが身体を起こし、お返しとばかりに突進してくる。
「蓋、上だ!」
ナエトルが目前に迫ったその瞬間、綺羅がそう言うとほぼ同時に蓋は跳びあがった。
勢いを殺せず砂埃を上げながらナエトルはブレーキをかける。
「"げんしのちから"!」
宙に浮いたままの彼にそう叫ぶと彼は両手を上に掲げた。
ぶわり、と風が吹いたかと思うと本人の全長よりも二周りほど巨大な岩が姿を現す。
彼は心底楽しそうにくつくつと喉の奥で笑うとそれを何の躊躇もなくナエトルに向かって投げつけた。
「避けて!ナエトル!」
「蓋、浴びせ続けろ!」
最初の岩は何とか避けきったナエトルだったが、次々と降り続く岩石を避けているうちに体力は着実に削られているらしい。
少しずつ動きが鈍りはじめ、岩石が彼を掠る様になっている。
「押し切れるぞ!頑張ってくれ、蓋!」
蓋は力を振り絞り、今までの岩石の3倍はある巨大な岩を頭上で作り出した。
そして息が上がっているナエトルに向けて、投げる。
流石に体力に限界が来たのか、ナエトルは避けきれず、直撃してしまった。
小さく悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。
やがて地面に落ち、目を回して倒れた。
「ああっ、ナエトル!」
「ナエトル、戦闘不能!ズガイドスの勝ち!」
ふん、と蓋は腰に手を当てながら鼻で笑う。
どうやらナエトルを倒したことで、怒りは収まったようだ。
「よっし!やった!」
余裕そうに歩きながら戻って来た蓋に抱き付く。
「ありがとーな、蓋!」
『どうってことはないさ』
そう言い変わらずニヒルに口角を持ち上げる蓋に、綺羅も釣られて笑みを浮かべた。