「これより、ジムリーダーのナタネと、挑戦者とのジムバトルを始めます」
審判の声がなんだか遠く感じたのは、地面と咲き乱れる花がそれを吸っているからだろうか?
息を吸い込むたびに花弁の香りが鼻をくすぐる。
「それでは両者、ポケモンを」
審判の声に合わせて対峙する二人はボールを高く放り投げた。
ナタネのボールからはチェリンボが、綺羅のボールからは陽葉が姿を現す。
「あら、可愛いナエトル!やっぱりポケモンってトレーナーに似るのね!」
「……似てますかね?」
「ええ!可愛いところなんてそっくりよ!」
このフィールドも花だらけだが、心なしか彼女の周辺からも花が発生しているような気がする。
頬をピンクに染め、腰をくねらせる彼女を見た陽葉は綺羅へ振り返った。
頬には冷汗のようなものが垂れている。
『綺羅、このねーちゃん大丈夫か?』
「…あー…あはは…」
この質問には綺羅も乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
審判が両手に持った旗を振り下げる。
「陽葉、先制だ。"たいあたり"!」
『任せろっ』
陽葉はその身体に似合わぬ素早い動きでチェリンボに渾身の体当たりを喰らわせた。
小さなチェリンボは軽々と空中に放られ、地面に落下する。
「う~んっ、良い攻撃!負けてられないわね!チェリンボ、"にほんばれ"!」
彼女がそう叫ぶと同時に、チェリンボは身体を震わせ、次に雄たけびを上げる。
小さな体から一筋の光が放たれ上へと向かって良き、やがて天井擦れ擦れのところで花火のような音をさせながら弾けた。
殆ど間髪を開けずに、室内にも関わらず太陽の光が差し込む。
「お返しよっ!"たいあたり"!」
上に向けていた視線をフィールドに戻すと、そこにチェリンボの姿はなかった。
代わりに陽葉が勢いよく弾き飛ばされ、宙で弧を描き綺羅の足元に落下する。
先程まで彼が居た場所にはチェリンボがいた。
「な…っ」
『っぐ、ぅ…』
「よ、陽葉!」
『大丈夫だ。次の指示を』
陽葉はすぐに立ち上がり、ダメージを振り払うようにして首を振る。
黒い瞳を鋭く細め、相手を睨みつけた。
「くそ…目で追うのは無理か」
「チェリンボの特性は"ようりょくそ"。うふふ、まだまだこれからよ」
ナタネは向こう側でぞくりとするほど艶やかに笑みを浮かべる。
スピードでは勝てそうにない。
にほんばれが発動するまでは恐らくレベルの差で陽葉の方が素早さを上回っていたのだろうが、こうなった今、追いかけまわしたとしてもこちらの攻撃は届かない。
そもそも陽葉の売りは素早さではない…ずっしりとした攻撃力と、抑え込む防御力だ。
ならば。
「ほらほら、サボってちゃダメよ!チェリンボ、"たいあたり"!」
「陽葉、踏ん張れ!」
綺羅の指示通り、陽葉は足をぴんと張り地面を踏みしめた。
チェリンボが陽葉に全身を叩きつけるが、彼の身体は動かない。
相手の丸い目が大きく見開かれる。
「今だ…"かみつく"!」
「しまった!チェリンボ!逃げて!」
咄嗟に体勢を立て直し逃げようとするチェリンボだが、途端に"にほんばれ"の効果が切れた。
すると急に全身から力が逃げ出してしまったかのように動きが鈍る。
その隙を逃がすまいと陽葉の口が相手の身体に食い込んだ。
「そのまま投げ飛ばすんだ!」
陽葉はチェリンボを咥えたままその場で数回回転し勢いをつけて、ナタネの足元目掛けてチェリンボを放り投げた。
フィールドには粉塵と花弁が巻き上がり、晴れた時には相手は目を回して倒れていた。
「チェリンボ、戦闘不能!ナエトルの勝ち!」
審判が綺羅側の旗を勢いよく挙げる。
「いやぁん!チェリンボ!」
「よっしゃあ!」
片手でガッツポーズをする綺羅の元に陽葉は駆け寄り、その胸元に飛び込んだ。
『勝ったぜ、綺羅!』
「ああ!サンキューな、陽葉!」
飛び込んできた陽葉の頭をぐりぐりと撫でまわしながら綺羅は微笑む。
ふと視線を感じて顔を上げるとナタネの熱いそれが向けられていた。
「アナタ可愛いのに強いのね…好きになっちゃいそう」
「はぁ…どうも」
好かれること自体は嬉しいのだが、素直に喜べるかどうかは微妙などころだ。
ナタネの言葉に曖昧な返事をながら綺羅は陽葉をボールへと戻す。
すると陽葉のボールが閉じると同時に別のボールが音を立てて開き、中からは蓋が飛び出してきた。
蓋はナタネの前に立ちはだかるようにして立つ。
「あらら?」
「…蓋?」
ナタネは、にんまり、と心底楽しそうに笑った。
「さて、それじゃあ次のバトルにいきましょうか」