草むらを幾つか超えて、その途中で何度か野生のポケモンに遭遇しながらも、綺羅と少年はポケモン研究所へと辿り着いた。
研究所の前にある階段を数歩登り、研究所の扉を見上げた少年は数度深呼吸してからドアノブに手を掛ける。
と、同時にドアが力無く開き、げっそりとした顔の少年が顔を出した。
ついさっき先に行ってしまった黄色い髪の少年だ。
「あのじいさん、滅茶苦茶だぜ……」
彼は綺羅の隣で目を丸くしている少年の顔を見て、ぽつりとそう言い、さっさとその場を去って行ってしまった。
一体中でどんな話をされたのだろうか。
残された少年はとぼとぼと歩く黄色い彼の背中をきょとんと見つめた後、冷汗を垂らす。
「覚悟、決まったか?」
「正直3日くらい欲しいけど……仕方ないから行きます……」
「そうしとこう」
なんだか自分まで緊張してきた。
逸る心臓を抑えつつ研究所にそっと足を踏み入れると、視界の真正面に飛び込んできたのはどっしりと抱えた、あの男性。
この研究所の長、ナナカマド博士だ(看板に書いてあった)。
さあ来いと言わんばかりの表情をしている。
うーん、すげえ目力。
正直これ以上彼に近付きたくないほどだが、そうもいかない。
少年が唾液を飲み込んで一歩踏み出したのを見届けて後に続く。
「あ、あのっ」
博士の前まで進んだ彼は、勢いよく頭を深く下げた。
視界の端、湖で博士と一緒に居た少女が不安そうにしているのが見える。
「ポケモン、勝手に使ってすみませんでした…!」
理由を話そうと少年が顔を上げた瞬間、白衣の彼はふ、と笑みを浮かべた。
目線の先には、少年の手に握られたモンスターボール。
外から見ただけではボールの中は見えないが……彼には何かが見えているようだった。
「うむ、そのヒコザルは君にプレゼントするとしよう」
顎髭を触りながらそう言う博士。
その言葉の意味を測りかねた少年は一瞬不思議そうな顔をしたが、途端に表情を輝かせる。
「お、怒っていないんですか……?」
「君がその子を大事にしてくれるのならば怒らないさ」
ほっと胸を撫で下ろした途端、少し下がった視線の中にずいと見慣れたボールが差し出された。
「へ?」
喉の奥から滑り出た間抜けな声と共にボールの差出人である博士の顔を見上げる。
「君はさっき湖で会ったトレーナーだな。この子を連れて行って欲しい。一匹だけお留守番というのも寂しいからな」
「え、でも」
「遠慮するな。見たところ、これから旅に出るのだろう?仲間は多い方が賑やかで楽しいぞ」
差し出されたボールを少し悩んだ後に受け取り、何とはなしにボール中央のボタンを押した。
眩い光と共に飛び出したのは、種族名ナエトル、わかばポケモン。
『売れ残らずに済みそうで良かったぜ』
出るが早いか、彼は安堵したようにそう言う。
どうやらボールの中から話を聞いていたらしい。
「あー……なんというか、すごくいきなりな感じになっちゃったな。俺、綺羅っていうんだけど。一緒に来てくれるか?」
『ああ。博士の言う通り、お留守番はつまらないからな』
「そうだな。んじゃま、宜しくな、ナエトル」