「ん、あれ。蓋」
その声で我に返った。
湿った髪が頬に張り付いている。
「起きてたのか。おはよう」
「ああ。おはよう、綺羅」
綺羅は普段通りの笑みを浮かべた。
途端、ぱくん、と音を立ててベッド脇にあったボールが口を開け、陽葉、炎、麗水が姿を表す。
『ふあぁ…マスター!おはよーっ』
『おはようございます、綺羅さん』
『はよ、綺羅。なんかすっげぇ眠かったぜ…』
目を擦りながら起きてきた3匹に向ける笑顔は、先ほどシャワーを浴びながら漏らしていた声からは想像もできないほど明るい。
蓋は小さく息を吸い、吐いた。
いつからだろうか、彼女が自分にあまり悩みを相談してくれなくなったのは。
「綺羅」
「ん?」
「髪、ちゃんと乾かしてやる。こっちこい」
ずるいずるいと文句を言う仲間たちを振り切って、綺羅を連れて洗面所へ戻ると鏡の前に座らせる。
置いてあったタオルを手に取り、濡れた黒髪を拭きながら鏡越しに綺羅の顔を見る。
彼女はあの頃の面影が残る口元に薄く笑みを浮かべ心地よさそうに目を瞑っていた。
「なあ、綺羅」
「んー?」
きっとまだ、自分は恐れている。
彼女をその闇から救い出すことに失敗するのを。
失敗したその結末を。
「あんまり、無理するなよ」
「はは。どうしたんだよ、急に。変な奴だなあ」
綺羅は頬を染めてはにかむ。
そうしてもう一度、心地よさそうに目を閉じるのだった。