鍵穴に先を合わせてそれをゆっくりと挿し込み、恐る恐る回す。
錠が外れる音と共に、頑なに首を振らなかったドアノブが頼りない程にあっさりと動いた。
それを確認した綺羅は焦らされた分を返すかのように勢いをつけてドアを開け放つ。
豪快な音と、乱暴に動かされた蝶番が激しく喘ぐ音がした。
予定されていなかった来客に、もう見飽きてしまった派手な色の集団は肩を震わせ、こちらに視線を注ぐ。
「な、何者だ?ここは我々ギンガ団が占拠している!一般人の立ち入りは禁止だ!」
脅すかのように彼らは手にモンスターボールを握った。
ぎろりと睨まれるが、そこまでの凄みは無い。
奇襲作戦は大成功だったようだ。行き当たりばったりだったけれど。
「まあそう言うなよ。発電所の見学希望者だ。ちょっとくらい見せてくれたっていいだろ?」
「ダメだ!今すぐ立ち去れ!さもなくば力ずくで追い出す!」
ボールが開く音と共にポケモン達の鳴き声が狭い廊下に木霊する。
おねだり作戦は失敗に終わった。
「おーおー、いいねえ。力ずく。俺も好きだよ、そういう乱暴なやり方。ノープランでゾクゾクしちゃうね」
ばらり、と。
手にしていた4つのボールを手のひらから零す。
地面に着く直前にボールは大口を開けた。
『いったいどこでそういう言葉の使い方を覚えたんだ…』
『よーっし暴れるぜ』
『いくら来ようと全て倒すだけです』
『いっくよぉー!』
着地した仲間たちは姿勢を低く構え、臨戦態勢をとる。
約一匹を除いて。
『くう…男手一つで育てたが為に…』
「流石にこの状況はそんなこと気にしないで戦ってくれるかなお父さん」
『誰がお父さんだ。お兄さんと呼びなさい』
「わぁ…複雑…」
頭を抱える蓋を懇願するような目で見る。
今にも噛みつかんと敵側のポケモン達は喉を激しく震わせた。
「何一人で喋ってんだこのガキ!気持ち悪い…やっちまえ!」
パートナーを繰り出したきり動く様子のない綺羅に痺れを切らしたのか、彼らの指示を受け、唸り声そのままポケモン達が飛びかかって来る。
が、それは綺羅の元まで届くことは無かった。
蓋の瞳が蛍光灯を浴びてぎらりと紅く光る。
"いわなだれ"によってなぎ倒した敵を前に彼はこちらに流し目をやった。
『手塩に掛け、蝶よ花よと育てた自慢の娘だ。ちょっとくらい甘やかしてしまうのも仕方ないか』
「蓋…親父臭いぞその台詞…」
「な、なんだコイツ等…!強い…?!」
一気に数を減らされ、ギンガ団員は後ずさる。
「まあ気を取り直して、と。再三いうけど、俺は奥の部屋も見学したいんだよね。通してくんねえかな?ダメ?」
子供が強請るような声とは裏腹に射貫くような鋭い視線を向けられて、団員たちは委縮する。
今にも逃げ出さんとしようとしたその時。
「全くもう、何してるのよ」
空気を震わせるほどに凛とした声が聞こえ、ヒールが床を踏みつける音が廊下に響く。
天井からの無機質な明かりを浴びて現れたのは赤い髪の女性だった。
一般の団員とは違う、少しだけ凝ったデザインの制服を着ていることから、少なくとも位の高い人物であることは間違いないだろう。
「女の子一人に良い様にやられて…恥ずかしいと思わない?」
女性は短く切りそろえた髪をそっと撫で、脇へ避けた部下たちを見やる。
更に小さくなってしまった団員から視線を外し、綺羅の目を真っ直ぐに見つめた。
自信に満ち溢れたその視線には一種の正義さえ見える。
「はじめまして、お嬢さん。私はマーズ。宜しくね?」
「どうも。やっと言語が通じる人とお話しできて嬉しいよ」
「ふふ。うちの新人が失礼したわ。お客人へのおもてなしとしては不十分だったわよね」
彼女は人懐こい笑顔を浮かべると、自らの細い腰の辺りに手をやった。
提げてあるモンスターボールを取り大切そうに撫でる。
「無礼を詫びて私が直々にお相手するわ。いいわよね?」
「ああ。勿論さ」
「マーズ様…!」
「大丈夫よ。ここでの任務はもう済んだもの。ボスへのお土産だと思いましょう。…さ、お嬢さん。お待たせしたわね。始めましょうか」
にこりと笑みを浮かべるマーズ。
奇抜な衣装に気を取られて気付かなかったが、それなりに整った顔をしている。
なんと勿体ないことだ。
「お手柔らかに頼むぜ、綺麗なお姉さん」
「あらあら…お世辞が上手いのね。全力でお相手してあげちゃうわ」
彼女が放ったボールから取り出してきたのはブニャットだった。
たぷん、と腹の肉が揺れる。
「麗水、行ってくれるか?」
『任せてっ』
相手に負けじと麗水も柔らかい身体をぷよぷよと揺らしながら綺羅の前に飛び出した。
楽しそうにニタリと笑った時に口元から見える八重歯が愛らしい。
そんな彼の背中を見ながら、これから始まる戦いをそっと見据えた。