麗水をパーティに加えた綺羅一行は、花が咲き乱れるその町に足を踏み入れた。
風が吹けば甘さを纏ったほろ苦い花々の匂いが髪を撫でる。
まだ午前中の早い時間であるにも関わらず、咲き乱れる花の世話に追われる人、声を上げてはしゃぐ子供たち…花の間を人々は忙しなく動き回っていた。
中には、綺羅達と同じく、風に翻弄されて飛び交う花びらに見惚れている人もいる。
「うわぁ…」
森の中とは少し違うその香りを纏った景色に感嘆詞以外を発することができなかった。
そっと手のひらを太陽に向けて開くと、誘われたように花びらがその上に落ちる。
『なんか、花と草との匂いに交じって果物みたいな匂いもするな』
「ん?そう言われれば、確かに」
花を踏み散らさないよう、そろりそろりと町の中に歩みを進めていく。
陽葉のいう果実の様な匂いは町の中に進んでいくほど強くなった。
やがて見つけた匂いの発信源は。
「フラワーショップ…?」
いろとりどり、と書かれた看板の近くには、お馴染みのモモンの実が実っていた。
なるほど甘い香りはこれか。
愛らしい薄桃色の身に鼻をそっと近づけるとくらりとするほどの甘い香りが鼻孔を惑わす。
思わずしゃぶりつきたくなるような瑞々しい果実は、花弁の真似をするかのように風が吹く度に身体を震わせた。
「いらっしゃいませ。観光ですか?」
お店から出てきた緑色のエプロンをした女性に声を掛けられた。
手に持った、コダックを模した如雨露が似合う、可憐な女性だ。
「旅の途中で。素敵なところですね」
「ふふ。そうでしょう。お花畑に囲まれて過ごすなんて、女の子にとっては夢のようですよね」
風で靡く亜麻色の髪を抑えて女性はにこりと笑う。
「でも、最近あまり治安が良くなくって」
木の実に如雨露を傾けながら、彼女は憂い気にそう言った。
そんな彼女の隣に並びながら耳を傾ける。
「町を東に出たところに発電所があるんですけれど、あそこに可笑しな格好をした人たちが出入りするようになってしまって。お花畑も平気で荒らしていくんです。名前、なんていったかしら…確か、ギンガ団?とか…」
「ギンガ団…?」
つい最近聞いたばかりの、出来れば二度と聞きたくなかったその単語にぴくりと身体が揺れた。
その時だった。
小さな女の子の嗚咽が聞こえてきたのは。
「あらあら。どうしたの?」
綺羅の背後に居た少女に、女性が駆け寄る。
そっと小さな四肢を抱きしめて二つに結われた黒髪を撫でた。
「パパに…会いに行ったんだけど……変な人たちがいてね、パパのところに行かせてくれないの…」
少女の話を聞いた女性は、ああ、とどこか納得したように呟く。
「…さっきの話の、ギンガ団、ですか」
目線を合わせてしゃがんでいた女性が立ち上がり、こく、と頷いた。
そうして東と思われる方向を目で指す。
「この子、近所に住む子なんですけれど。親御さんがあそこで働いていて…ここ数日帰ってきていないらしいんです。…無事だといいんだけれど」
「パパぁ…」
再び泣き出してしまった少女の目元を、頬を包み込むようにして親指で拭った。
そっとしゃがんで、彼女の手をそっと取り、微笑む。
「安心して。俺が君のお父さんを助けてみせるよ」
「本当?」
「本当さ。だからここで少し待っててね」
彼女の瞳に光が戻った。
上気した頬に笑みを湛えて、少女は頷く。
「ありがとう……お姉ちゃん……」