ポケモンセンターは、トレーナーや旅人に対して無償で宿を提供している。
施設にもよるが食事を提供しているところもあるそうだ。
勿論、今綺羅がいるポケモンセンターも例外ではなく、比較的広いこの施設の中に用意された部屋の一室に、彼女たちは居た。
彼、タマザラシと一緒に。
「…で?」
蓋はベッドに腰掛け、足と腕とを組んで、向かいのベッドに座っている綺羅とその膝の上で喉を鳴らしているタマザラシを見る。
両隣には、羨ましそうな目で綺羅を見上げる炎と陽葉とがいた。
「何故連れてきた?」
「いやぁ…なんとなく?」
「なんとなくで見も知らん奴を部屋に入れるんじゃない。全くお前はいつもいつも…もっと日ごろから警戒心をだな…」
『ねえ、お姉ちゃん。クッキーもうないの?』
「ん?あー…もう無いな。残念」
『えー』
「聞けコラ」
綺羅の膝の上に居るタマザラシは、口の周りに先ほどラッキーから貰ったクッキーのカスをつけながら目線を残念そうに下げる。
彼の口を綺羅はティッシュで優しく拭いながら、また貰おうな、と優しく微笑んだ。
そんな二人を蓋は変わらず厳しい目で見つめる。
当たり前だろう。
先程からずっと愛する主人に、目の前でつい先ほど見知ったばかりの知らないポケモンの頭を優しく撫で、口を拭い、おまけに「おいおい口元に着いてるぞ」『え?どこどこ?』なんて、まるで恋人同士のようなキャッキャウフフなやりとりをずっと見せられているのだから。
そりゃあもう今なら眼力だけでレックウザすらも従えそうな勢いでタマザラシを睨みつけている。
『綺羅!そいつばっかりずるい!俺にも構えー!』
『そ、そうです!ずるいです!』
「わっ、ちょっお前ら…!あはは、くすぐったいよ」
タマザラシだけではなく、陽葉や炎にまで揉みくちゃにされ、綺羅はベッドの上に転がった。
その様子を見た蓋は頭を抱えてため息を零し、そっと立ち上がると擬人化を解きながら負けじと綺羅の元へと飛び込んだ。
「あ、蓋…がふッ」
腹に彼の固い頭がめりこみ、綺羅はベッドの上でうずくまる。
「酷ぇよ、蓋…」
『ふん。少しくらい痛い目に合わないと、俺の苦労に見合わないだろう』
「…はは、そうかもな。ごめんな、蓋」
『わかっているならやるな、馬鹿』
蓋の背中をそっと撫でたその時。
ドアが乱暴に叩かれ、部屋の空気が震える。
弾かれたように体を起こし、音のした方向を睨む。
「どちらさま?」
ドア越しに少し声を張り上げてそう問いかけると、外からは初めて聞く野太い声が聞こえた。
神妙そうなその声はどこか焦っているような気がする。
「この部屋にタマザラシがいるだろう。そいつを渡せ。さもなくば少し痛い目を見てもらう」
蓋は人型になり、綺羅の膝の上に居るタマザラシを見下げた。
先ほどまでふざけていた彼はいつのまにか怯えたように身を縮こまらせていて、ドアの先を見つめる瞳はこれでもかというほど揺れている。
「部屋を間違えているんじゃないか?」
「とぼけるな!そこにいるのはわかっている!」
ドアをぶち破ってでも入ってきそうな気迫に、蓋は溜息を零しながら首を振る。
「お前ら、離れてろ」
彼の言葉に、綺羅はタマザラシを右手で抱え、左手で炎を抱き上げ、陽葉を背負い、ドアからそっと離れた。
それを確認すると相変わらずドンドンと音を立てるドアのノブに手を添えて、勢いよく開け放つ。
内開きのドアの外に居たらしい声の主が体勢を崩したところに蓋は躊躇なく蹴りを入れた。
「なッ…てめぇ!」
蹴られて後ろに倒れた男の隣に居たもう一人の男が拳を振りかぶるが、その拳が蓋まで届くことはなかった。
代わりといわんばかりにもう一人の男も廊下の壁まで転がりながら吹き飛ぶ。
「離れてろって言っただろう」
「誰かさんが油断しなきゃ離れたままだったよ」
高く蹴り上げた足をゆっくりと下ろしながら、綺羅は腕の中でひっくり返っていたタマザラシを抱きなおす。
「てめぇ…まさか、この間会った変なガキか」
廊下の壁を支えに立ち上がった男が綺羅を指差した。
一方、指差された綺羅は一瞬ぽかんとしたまま、自分を指差した男をじーっと見つめ、やがて。
「ん?ああ、アンタ、夜中にぶつかってきたお兄さんか」
綺羅は器用にもタマザラシを抱きながら手をポンと叩く。
反動でタマザラシの身体がちょっとだけ浮いた。
「てめぇのせいで仕事が増えたじゃねえか…。今すぐそいつを返してもらおうか」
「やだね」
「なんだと?」
自分を見上げて不安そうな顔をするタマザラシに、大丈夫、と微笑み、震えている彼を安心させるように抱きしめる腕に力を籠める。
「そんな怖い顔したお兄さんに渡すわけないじゃん」
「人のモンスターボールを盗んでおいて良く言えたもんだな。警察の世話になりてぇのか?」
「警察?別に呼んでもいいけど…呼ばれて困るのお兄さん達じゃないの?モンスターボールにガムテープぐるぐる巻いたり、嫌がってるのにボールに閉じ込めたり…普通に虐待だと思うけど」
ぐ、と口を噤む男二人を睨んだ。
「警察に後ろめたいことがあるから今こうしてここにいるんでしょ。普通の人は盗まれたって段階で警察呼ぶだろうし。…どう?図星?」
「チッ…ガキめ…!後で泣き言ほざいても知らねぇからな」
「それはこっちの台詞だ。精々ガキ相手に気張れよ、お兄さん方」
男はポケットから取り出したモンスターボールを乱暴に放った。
ボールからはムクバードが飛び出す。
「行ってくれるか、炎」
『仰せのままに』