「助かったよ、ありがとう」
自販機で購入したココアをベンチに座っている彼に差し出し、綺羅はその隣に座った。
ポケットに突っ込んだ名刺がくしゃりと音を立てた。
ベンチの上、足をぶらぶらと揺らしながらココアをちょびちょびと飲む少年の顔を覗き込む。
「ううん、いいの。僕も助けてもらったし」
潤った唇から聞こえる声は聞き覚えがある。
子供らしくぷっくりと膨らんだ頬は、赤みを帯びていて、ところどころ切り傷があった。
「やっぱり、君、昨日の」
そう言うと彼は大きい瞳を更に見開いて瞬きをする。
「どうしてわかったの?」
「え?えっと、声が、昨日と同じだったから…」
彼はもう飲み切ったらしいココアの缶をベンチに置き、踊る様に地を踏んだ。
こちらを見つめて首をこてんと可愛らしく傾げる。
「ねえ」
「…?」
座っている自分よりも高い位置にある彼の顔を見上げた。
陽の光を背後に浴びる彼の顔には影が落ちていて、何かに怯えているようにも見える。
「助けてくれて、ありがとう」
その言葉と同時に、頬を小さくてぷっくりとした指に包み込まれ、額に彼の唇がぶつかった。
柔らかい感触の唇から体温が流し込まれる。
同時に。
『おい』
眩い光が辺りを包み、どすの利いた声が耳に滑り込んできた。
途端頬に添えられていた指は剥がれ、触れ慣れた無骨で大きな手が肩を抱く。
ぐいと抱き寄せられ幾度となく嗅いだ香りに顔を埋めた。
「あまりべたべた触らないでくれるか」
「なぁに?おじさん。僕はお礼をしただけだけど」
ばち、と火花が舞う音がした気がする。
「ほう…余程腕に覚えがあると見える、手加減は不要だな?」
「こっわい顔ー。暴力に訴える大人は格好悪いよ?」
「おーい二人とも落ち着けー。どうどう」
宥めるのに30分かかった。