コトブキシティへ戻り、立ち並ぶマンションの横を通り抜け、ソノオタウンへの道を進もうとしたその時だった。
周囲の人がひそひそと何やら挙動不審にこちらを見る。
一体何なのだろう、何か可笑しな顔でもしてるだろうか?
不安になり自分の身体を見下げるが、特におかしなところはない、と思う。
朝食の時に零してしまったケチャップのシミ以外には。
その時だった。
「さあ!さあさあさあ!」
どうやら周囲の視線はこちらに向いていたわけではないようだ。
「あんたの研究成果をタダで我々に提供してもらいましょうか!」
「さもなくば、痛い目に合わせます」
水色のおかっぱ、それでいて白と黒との奇抜な衣装、胸元には自分に酔ったかのような"G"のマーク。
流行りの双子コーデだろうか。
なんというか、気が狂ってもその恰好はしたくなかった。
そしてその気が狂った2人に迫られているらしい、初老の男性。
「ナナカマド博士」
「おや…君か。どうだ、ポケモン図鑑の様子は?」
久しぶりに会ったナナカマド博士に小さく会釈をする。
そういえばポケモン図鑑、しばらく開いていなかったななんて思いながら、ぼちぼちです、なんて返事をする。
「ではジム巡りは順調か?」
「はい。ついこの間、クロガネでバッジを貰いました」
「ほう!旅に出たのはついこの間だというのに…君にはトレーナーとしての才能があるのかもしれんな。あの時預けたナエトルは元気かい?可愛がってくれているのだろうな、君なら」
彼の顔が優しく綻ぶ。
その言葉に呼応するように腰に提げた陽葉のボールがカタカタと揺れた。
「元気ですよ。クロガネのジム戦も、すっごく頑張ってくれたんです。な、陽葉」
『ああ!元気だぜー!』
その時だった。
存在を忘れかけていた、気が狂った2人が間に割り込み、声を荒げる。
「これは困ったポケモン博士だ。我々はお仕事として話をしているのですが。というか、我々を無視してパッと出のガキとお喋りなど随分余裕ですな」
途端、穏やかだった博士の眉間にしわが寄った。
「お前たちうるさいぞ!困ったのはこちらの方だ」
大きくため息を零し、気が狂った2人に向き直った。
「お前たちの悪いところその一、用も無いのにいつまでも居るな。その二、人の話の邪魔をするな。その三、思い通りにならぬからと大声で脅すんじゃない。その四、集団でいることで強くなったと勘違いするな。その五、そもそもそのおかしな格好は何なのだ?!」
反論する隙を与えず荒い語気のまま述べる。
流石研究者、見事なプレゼンだった。
「いい年して何という格好をしているのだ、恥ずかしい。ダメな大人という奴だな。君はこんな風になるなよ。あと誤解するな、全ての大人がこんなんじゃないからな」
「あはは。存じておりますよ」
からかうようにそう言う。
すると彼は、難しい言葉遣いを知っているな、と感心したように声を漏らした。
「これだけ若い子ですら礼儀を知っているというのにお前らときたら」
博士が大きなため息を零した瞬間、2人がほぼ同時にモンスターボールを取り出す。
「下手に出ていれば調子に乗って!我々、ギンガ団を馬鹿にしたこと後悔させてやりますよ!」
「はあ。君、ちょいと懲らしめてやれ」
折角だ。
ナナカマド博士を安心させる意味でも丁度いい。
「陽葉、いってくれるか?」
『おうよ!』
既に出ていた2匹のズバットに威嚇をしながらボールから飛び出した陽葉が地を踏みしめる。
「ガキめ!大人の怖さを思い知らせてやる!ズバット、"ちょうおんぱ"だ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような金切り音が辺りに響く。
脳みそが揺さぶられ、頭が壊れそうだ。
だが元から頭が悪いのか、超音波を聞きすぎて頭が悪くなってしまったのか、技を指示した相手も耳を塞いでいた。
…アホかあいつら。
「陽葉、大丈夫か?」
『なんとか…っ、でも、頭がぐらぐらするぜ…』
「長引いたら面倒だし一発で決めるぞ。お前が今向いてる方向。思いっきりやれ、"ソーラービーム"」
『はいよー!』
空は晴天。
陽の光を一身に浴びて、陽葉は殆ど間髪入れずにソーラービームを吐き出した。
勿論、ズバット2匹は力なく地面に落ちる。
超音波に耳を塞いでいた相手は目を丸くし、口を開けていた。
「ナイスショット」
『はー、スッキリした』
ソーラービームと共に頭痛も吹き飛んだのか、陽葉は頭をぶるぶると振って、こちらへ戻ってくる。
「…しょうがない。ここは引き上げます。何故ならギンガ団は皆に優しいからです」
戦闘不能になったズバットをボールに戻し、気が狂った(ような恰好をした)2人はそそくさと立ち去った。
同時に、背後から拍手が聞こえる。
「見事なものだな」
拍手の主は博士だった。
先程と同じような穏やかな表情を浮かべている。
「それにしてもあの困った連中…ギンガ団とか言っていたか…。確かに、ポケモンが進化するとき、何かしらのエネルギーを出しているのかも知れん。が、それは人にはどうにもできぬ神秘の力だろうな。なのに、奴らはそれが何かに使えるエネルギーなのか調べようとしていたようだ」
「そのために博士の研究を?」
「ああ。全く…馬鹿な奴らだ。さて、そろそろお暇するよ。道中、気を付けてな」
そう言い残し、彼は颯爽とコトブキシティの人ごみの中に紛れて見えなくなった。
「あのー」
小太りの、大きなカメラを抱えた男に声を掛けられたのは、その直後だった。
彼はこちらにレンズを向け、覗き込んだまま、にかりと笑う。
「きみ、さっきのバトル凄かったね!巷で色々と噂のギンガ団2人を相手に瞬殺!僕、すぐそこのテレビコトブキのカメラやってるんだけどさ、良かったら取材させてくれないかな?」
「…えっと、あの、俺そういうのは」
「えー?いいじゃん、ちょっとだけ。ちょっとだけ、ね?」
これでもかとカメラが近づいてくる。
レンズを手で隠すように前に出し、なんとか立ち去ろうとするが男はしつこく迫って来た。
「すみません、急いでるので」
「そんなこと言わずに!それにきみ、よく見たら凄く可愛いね!序でにモデルとかやってみない?ね、そんなに時間掛からないから!」
「だ、だから…あの、」
カタカタと腰のボールが震え出した(特に蓋のものが)その時、背中にふんわりとした感触が衝撃と共に飛び込んで来て、腰に細い腕が回る。
見慣れない、濃いめの青掛かった髪に子供らしいオーバーオール、ひんやりとした体温。
上半身を捻って背後にいるらしい視線に目を移す。
きゅる、と潤んだ瞳と目が合った。
「おねえちゃん、お腹空いたよお。かえろ?」
「…え?」
「ねえ、早く帰ろ?ねえ、ねーえー」
「あ、あ、うん。そ、そうだね。そういうことなんで、すみません」
「うーん…わかったよ。あ、これ、僕の名刺。何かあったら連絡してね!それじゃあまた!」