「次は負けないよ!行こう、イワーク!」
「俺だって!陽葉、頼むぜ!」
『任せとけ!』
もう怖くなんてない。ボールを握る手も震えない。
トレーナーはポケモンを信じて任せることしかできないのだから。
ボールが天高く放られて、ヒョウタが投げたものからはイワークが飛び出し、轟音を立てながらフィールドへ降り立った。
一方、陽葉も勢いよく飛び出し、背負った甲羅の重さをものともせず軽い身のこなしでフィールドへ。
二匹が揃ったのを見て審判の旗が勢いよく振り下ろされる。
「今度はこっちから行くぜ!陽葉、"はっぱカッター"!」
綺羅の指示によって、陽葉は鋭い切れ味を持った葉をイワーク目掛けて飛ばす。
しかしイワークは避けようともせずその大きな体で受け止めた。
「マジか…固ってぇ…」
少し顔をゆがめただけで、体勢を立て直すイワークに綺羅は思わずそう漏らす。
するとヒョウタは満足そうに微笑んだ。
「攻撃力も馬鹿にしないでほしいね。イワーク、"ストーンエッジ"!」
その言葉と同時にイワークの周囲に鋭い岩がふわりと浮かび、矛先を陽葉に向け突進を始める。
「ッ…"はっぱカッター"で撃ち落とすんだ!」
確かにイワークよりは素早いけれど、いくら陽葉でもあのスピードで来られては避けられない。
しかし、相殺は間に合わず、殆ど落とし切れなかったうえに当たったとしても弾かれてしまった。
岩を真正面から喰らい、陽葉の身体は上空へ投げ出される。
『がは…ッ!!』
「陽葉ッ!!」
フィールドに叩きつけられた陽葉から発せられた悲痛な叫びに両手を握りしめた。
『大、丈夫だ…大丈夫だぜ、綺羅!』
「…頑張ってくれ!"こうごうせい"!」
吉と出るか凶と出るか。
ここでの回復技の指示は決して良策とは思えない、これは賭けだった。
「させないよ!イワーク、ナエトルを捕まえるんだ!」
ヒョウタの指示通り、イワークは長い尾をしならせ、陽葉の身体を捕える。
そのまま体をくねらせて自分よりもずっと小さな陽葉の身体を器用に締め上げた。
ぎり、と音が聞こえ、陽葉は苦しそうに顔をゆがめる。
「…掛かった」
静かに呟かれたその言葉はヒョウタには届かなかったらしいが、陽葉の耳にはしっかりと届いていた。
イワークの大きな体が彼の死角になり、徐々に光を帯びていく陽葉の頭の葉に気付いていなかったようだ。
また、見えていたイワークも、恐らく陽葉が行っているのは”こうごうせい”だと信じて疑わなかったのだろう。
「陽葉、"ソーラービーム"!」
『喰らえ』
「っな!離れろ、イワーク!」
ヒョウタが指示するのとほぼ同時に、陽葉は高威力のそれをイワークの顔面に放った。
眩い光がフィールドに広がり、思わず目を細める。
やがて光が止んだ頃には、イワークは床に全身を放り、目を回していた。
「イワーク戦闘不能!ナエトルの勝ち!」
審判の旗が勢いよく上がる。
『やったぜ、綺羅ー!』
「陽葉!頑張ってくれてありがとな!疲れただろ、休んでくれ」
駆け寄って来た陽葉を抱きしめ、息が上がっている彼の背中をそっと撫でる。
ぎりぎりの体力でよく頑張ってくれた。
「…何故、あれだけの速さでソーラービームを撃てたんだい?」
ヒョウタがイワークをボールに戻しながら、あまり納得のいっていなさそうな顔をする。
確かに陽葉はソーラービームの指示とほぼ同時に技を撃った。
本来は少なくとも数十秒のチャージが必要だ。
だが、別に陽葉はそのルールを無視したわけでも、それを無効化する術なども持っていない。
だからしっかりと時間をかけてチャージをしていた。
"締め付けられている間"、しっかりと。
「いやあ、うちの子さ、"こうごうせい"まだ覚えてないんだわ」
「……え?」
「イワークに締め付けられている間、ずーっとチャージしてた。気付かなかっただろ?」
綺羅は、口角を持ち上げ、片目をつぶる。
一方のヒョウタは訳が分からないという顔をしていたが、少し考えた後やがて眼を見開いた。
「まさか、"こうごうせい"の指示はフェイクだったと?」
「そ。俺が指示した"こうごうせい"の意味は、ソーラービームのチャージ。な、陽葉」
『ああ!練習したんだぜ!一緒に!』
ぴょいん、とまるでしてやったりとでもいうように陽葉が少し跳ねる。
呼吸は大分整ってきていた。
「…は、はは……!」
ヒョウタは少しだけ固まった後、まるで頭痛を和らげるかの様に頭に手を当てる。
「言葉が出てこないよ…そんな、破天荒な戦い方、初めてだ」
「…褒められてるのか?」
「褒めてるさ」
頭に添えられた手の奥、ヘルメットの下に潜んだ眼光がちらりと覗いた。
そこにあるのはジムリーダーとしての穏やかな目線ではなく、強敵を見つけて楽しそうに細められたものだった。
思わずぞくりと背筋が粟立つ。
「簡単にバッジはあげられないよ」
「望むところだ」
二人は、最後のボールを手に取った。