「それでは、これよりジムリーダー・ヒョウタ対挑戦者・綺羅のポケモンバトルを始めます!使用ポケモンは3体。ポケモンの交代はチャレンジャーのみ認められます!それでは両者、ポケモンを!」
広いフィールドに審判の声が反響する。
空間の中には自分と、ヒョウタ、そして審判の三人しかいなくて、改めてここがポケモンジムなのだと認識させられた。
広さに対して人口密度が少ないせいか心なし肌寒く感じた。
「僕はコイツだ、イシツブテ!」
ヒョウタのポケモンがフィールドに飛び出す。
イシツブテは気合を入れるかのように両手をぶんぶんと回し、最後に一声鳴いた。
空気がピリ、と肌を刺激する。
心臓がうるさい。
ここに来るまでバトルは何度も交わしたが、妙に緊張してしまう。
震える手でボールを握る。
「炎」
『…はい』
「ごめん、正直、俺今めっちゃ緊張してる」
『……僕もです』
自分の緊張が移ってしまったのか、ボールも小刻みに震え出した。
『でも…貴方は、貴方が最善だと思う指示を出してくれればいい』
震えている炎の声が響く。
ヒョウタや審判には聞こえていない、彼の声。
自分にしか聞こえない声。
『貴方を信じると決めたんです。だから、だから』
震えが大きくなる。
怖いのだろう。当たり前だ。
確かにジムに挑む前にバトルの練習は行ったが、彼はついこの間まで愛玩用に育てられていたというのだから。
野生を、争いを知らなかった彼は、自分が感じている緊張なんかよりももっと重い物を背負っているに決まっている。
気が付けば、手の震えは止まっていた。
「ああ…そうだよな。そうだった」
彼が入っているボールを前ではなく自分の真上に放る。
綺羅の頭上で口を開けたボールから弾かれるように出てきた炎を抱きとめた。
『…えっと…?』
「信じてくれてありがとう、炎。……絶対に勝つぞ」
ぎゅ、と抱きしめ彼の大きな耳元で静かに、力強く囁く。
『はい…!!』
綺羅の腕から飛び出していった炎の瞳は、まっすぐ前を見据えていた。
「岩タイプ相手に炎タイプを出すとはね…秘策でもあるのかい?」
「さあ…戦ってみてからのお楽しみってことで」
「それは楽しみだ」
綺羅は人差し指を唇に当て、微笑む。
その様子にヒョウタも楽しそうに笑みを深めた。
「バトル、始め!」
先に動いたのはヒョウタだった。
「イシツブテ、一気に行くぞ!"いわなだれ"!」
指示が出るが早いか、イシツブテはごつごつとした手を握りしめ、フィールドの床に叩きつけた。
すると炎の頭上に無数の巨大な岩が現れ、降り注ぐ。
「炎、正面だ!走れ!」
『はい!』
その技には隙があることを知っている。
蓋と幾度となく練習したのだから。
"いわなだれ"…この技は、左右また背後は殆ど隙間なく降り注ぐが、意外と正面、つまり前方は岩の量が少ないのだ。
炎の足ならば殆どダメージを受けずに走り抜けることができるはず。
予想通り、岩は少し彼の肌を掠ったくらいで、大したダメージにはならなかったようだ。
岩の下を走り抜けイシツブテの目前まで迫った炎に叫ぶ。
「"かえんほうしゃ"!!」
その指示に、彼は床を力強く踏みしめ、小さな口から自分の身体よりもずっと大きな火柱を吐き出した。
近距離でそれを浴びたイシツブテは顔をくしゃりとゆがめる。
「やるね…!"たいあたり"!」
「"かえんぐるま"で向かい打て!」
技同士がぶつかり合い、砂埃が舞う。
しばらく二匹は均衡状態にあったがやがてほぼ同時に背後に吹き飛ばされた。
「炎!大丈夫か?!」
『ええ。なんとか…っ』
そうは言うが、肩で息をしていて苦しそうだ。
「決めるよイシツブテ!"ころがる"!」
イシツブテは腕をコンパクトに収納すると、勢いよく転がり、炎に堅い身体をたたきつけた。
彼の小さな身体は宙に投げ出され、床に叩きつけられる。
「炎…ッ!」
『まだ、大丈夫です!』
駆けだしたい衝動を抑え、ゆっくりではあるが力強く立ち上がる炎の背を信じた。
心配するなとでも言うように彼は力強く鳴く。
「勝つぞ、炎!"かえんほうしゃ"!」
『…はいッ』
「イシツブテ、すぐに払うんだ!」
彼は指示があるとほぼ同時にイシツブテを包み込んでしまうほどの火柱を吐き出した。
やはり耐性があるようで、彼は大きな手のひらで前方の火を払う。
だが、炎の晴れた先には炎はいなかった。
「居ない…?!」
ヒョウタもイシツブテも炎の姿を見失ったのか周囲を見渡している。
その様子に綺羅は口角を上げた。
「そっちじゃないぜ…!"アイアンテール"!」
綺羅の指示と同時に、イシツブテが払っていなかった背後の火柱の中から炎が飛び出す。
既に硬化した鋼色の大きな尾を思い切りイシツブテに叩きつけた。
衝撃がフィールド内に走り抜け、砂埃が舞う。
やがて砂埃がまだ晴れていないうちに、埃をかき分けて炎が駆け寄って来た。
『綺羅さん!』
「うお…ッ?!」
飛び込んできた彼を受け止める。
同時に、少し高台に居た審判は綺羅とヒョウタとよりも勝敗が早く見えたらしく、旗を勢いよく持ち上げた。
「イシツブテ戦闘不能!ロコンの勝ち!」
やっと晴れた砂埃のその先、イシツブテは少し床に埋まった状態で目を回していた。
『僕、勝てました…勝っちゃいました…!!』
「ああ!よく頑張ってくれたな…ありがとう…!!」
嬉しさ余ってがしがしと炎の頭を撫でる。
ふわふわに纏まっていた彼の毛並みが少し乱れてしまったが、満更でもなさそうだ。
「驚いたよ。まさか"かえんほうしゃ"を目晦ましに使うとはね」
「へへ。いっぱい練習したもんな、炎」
『はいっ』
こくん、と元気にうなずいた炎をもう一度、今度は毛並みを整える様に優しく撫でてる。
「さ、炎。お疲れ。交代だから待っててくれな」
炎をボールに戻し、ヒョウタへ向き直った。
相変わらず彼は楽しそうに微笑んでいる。
「久々だよ。こんなバトルは。最近は挑戦者すら少なくてね。退屈していたんだ」
「楽しんでもらえて何より」
綺羅は次のボールを握りしめた。