綺羅は目の前に佇む巨大な建物を仰いだ。
日すら遮ってしまう建物のドアは透き通っていて、その向こうにはごつごつとした岩肌があちこちで晒されている。広いバトルフィールドだった。
自分の方向感覚が狂っていなければここがこの町のジムであるはずなのだが、中には人影すら見当たらない。
「すみませーん!誰か居ませんかー!」
大きめの声でそう呼びかけてみるが、やはり人が居る様子はない。
「今日は休みなのかなあ…?」
建物は相変わらずうんともすんとも言いそうになく、どうしたものかと頭を抱えていると、近くを通りかかった男性が近づいてきた。
彼は肩にかけていたピッケルを担ぎ直し、にかり、と男くさい笑みを浮かべている。
「よう、お嬢ちゃん。迷子かい?」
「あ、いや。ここのジムに挑戦したいんだけど…あ、です、けど。今日はやってないのかな。おじさん知ってますか?」
「なんだなんだ、ヒョウタに客かい!よし、俺が案内してやろう!アイツなら今クロガネ炭鉱に居るはずだからな!」
「本当?!ありがとう!」
男は豪快に笑うと、歩き出した。
綺羅もそれに続く。
「それにしても、こんな可愛いお嬢ちゃんが挑戦者だなんて、あいつも隅に置けねえなあ。お嬢ちゃん、まだ若いだろ?どっから来たんだい?」
「シンジ湖のある辺り…です」
「シンジ湖?ってことはフタバタウンとかそっちの方かい?若いのにずいぶん遠くまで来たんだなあ。うちの息子にも見習ってほしいもんだぜ」
彼は泥で汚れた鼻先を擦りながら笑った。
真っ白い歯が日焼けした肌に映える。
そんな雑談を交わしながら彼の背を追いかけること数分、目の前に大きな岩山が姿を表した。
中からは岩を削るような音、ピッケルが岩にぶつかる音などが賑やかに響き渡っている。
「でけぇ…」
「これがクロガネ炭鉱だ!おっちゃんの仕事場だぜ」
今日はよく高い建物を見上げる日だなあ、なんて思いながら綺羅は岩山もとい炭鉱を見上げる。
「ヒョウタは多分一番奥にいると思うぜ。こっちだ。着いて来な」
彼に連れられ、炭鉱へ足を踏み入れると、思った通りの風景……とは似ても似つかず、確かに屈強な男やポケモン達が岩を削ったりピッケルで掘ったりしていたが、それとは別に掘り出した鉱石などは頭上や周辺に張り巡らされたレーンで運ばれており、予想よりもずっとシステマチックだった。
自分の頭上や脇を様々な形の鉱石が流れていく様は見ていてワクワクするものがある。
その時、前を見ていなかったせいでピッケルを運んでいたワンリキーにぶつかってしまった。
いくらポケモンと言えど自分より大きな生き物に何の前触れもなくぶつかられたら上手く防御ができなかったようで、ワンリキーは持っていたピッケルを床に落とし、尻餅をつく。
「あっ…と、ごめん。大丈夫?」
驚いてぽかんとするワンリキーに手を差し出す。
綺羅の手を借りて起き上がった彼(彼女?)はピッケルを拾うと、ぺこり、と頭を下げて仕事に戻っていった。
「ここはポケモンと人間とが一緒に仕事してるんだな」
「あたぼうよ!ワンリキー達がいなけりゃ、俺らの仕事は進まないぜ!」
今度は転んだりぶつかったりしないように足元や周囲に注意を配りながら奥へ奥へと進む。
やがて炭鉱の最奥で、自分の前を先行していた男が片手をあげた。
「よう、ヒョウタ!いい化石は見つかったかい?」
「うーん。いや、微妙だね」
声を掛けられた男性は身体を起こし、こちらへ視線を向ける。
赤いヘルメットとメガネとの奥にある瞳と目が合った。
「おや、そちらの子は?」
「お前のお客さんだ。ジム戦しに来たんだと」
その声を受けながら赤いヘルメットの男性は綺羅へ近付き、柔らかい物腰で笑みを浮かべた。
「はじめまして、僕はヒョウタ。君は?」
「綺羅。宜しく、ヒョウタさん」
差し出された右手を、倣うようにして右手で握る。
ヒョウタは満足そうにすると、行こうか、と炭鉱の入り口へと進みだした。
「綺羅ちゃん。早速ジムに挑戦するだろう?」
「勿論!準備は出来てる」
「よし、じゃあ行こうか。こっちだ」
案内してくれた男性に頭を下げ、ぶんぶんと手を振る。
「おじさん、ありがとう!」
「おうよ!頑張るんだぞー」
男性の声を背後に受けながらヒョウタの背を追い掛けた。