混ざり合うフレーバー
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いつもよりほんの少し量を減らした夕食。それは今日という、一年に一度の催事のためだ。
「じゃあ、開けようか」
常温で、日の当たらない棚の中に隠されていた、一つの平たい箱。それはリボンで飾り立てられ、その姿は目の前の神に似ていた。
「ああ」
仮面の奥の、人にない色をした瞳が穏やかに細められる。
するすると、たやすく包装を取り去ってしまえば、技巧を凝らした甘味が行儀良く並んでいた。
「おお……」
低い感嘆の声が彼の喉から漏れる。
隣に座った彼は、私が手にした説明書きに目を遣りながらも、紫の爪をすぐにダークブラウンの粒に伸ばした。
戦うための、頑強な肉体の彼と対比してしまえば、チョコレートの小ささは憐れなほどに見えた。
「これは?」
「オランジェ」
私の答えが届く前に、彼はそれを口に運んだ。表面には、橙で繊細な模様が描かれている。私も同じものを口にする。心地良い歯応えののち、中からソースが溢れ出てくる。甘味よりも苦味。オレンジの現実を残酷に美しく描き出すような、容赦のない味わい。奥の方から酸味と、チョコと交わった甘味が舌を楽しませる。
「これ一つしかないよな?」
「うん」
数種類の極みが詰まったチョコの箱。中には二粒ずつでなく、一粒しか入っていないものがある。
「じゃあ分け合わないとな」
そう言いながら、彼は悪戯な顔をして、青い舌にチョコを乗せる。
「、あ」
そのまま器用に口付けられて、私の口に甘味と長い舌を押し込まれる。
ドーム状の、ベージュ色をしていたそれが、口腔に晒される。二つの舌が撫で回せば、濃厚な甘みが広がっていく。段々と融け出す外皮の下には、柔らかなプラリネがあった。互いに押し潰し合う舌に巻き込まれて、高度で複雑な味のそれは、即座に形を無くした。香り高いヘーゼルナッツのフレーバー。浅い呼吸の中で、優美に意識を奪っていく。
「は……」
口を離せば、どこまでも深い余韻があった。舌先には、濃厚な熱が残る。
ごくりと、どちらのものかも分からない嚥下の音が鳴る。
私は次のものに手を伸ばして、何事もなく口に運ぶ。砕いたドライフルーツを被った粒。同じものがもう一つ鎮座している。
そうして隙を見せたのが悪いのか、気付けば彼の唇が降ってきた。歯が衝突しかねない勢いだというのに、彼の唇の厚さに殺されて、後には柔らかな感触だけが残った。
子供のように好き勝手な舌はチョコレートを私の口蓋に押し付けて、薄い壁を軽快に叩き割る。一瞬熱さに見紛うような、酸いと甘いのベリーソースが溢れ出す。それは生き物の血潮にも似ている。共にそのシャワーを浴びて、二つの舌は同じ味を纏った。酸味が喉を震わす。舌が縺れ合うことで、茶色の破片が融けていく。果実が持つ爽やかさと、どこか引っかかるような感触。それを覆うように、ねっとりとした甘さが絡んでいく。混ぜ合う唾液さえも、甘味に塗り替えられる。
「…………」
口付けたまま、十分に甘い汁を飲み干す。気付けば彼は私の手を、長い指で絡めて握っていた。
ゆっくりと時間を忘れ、ほんの少しの残滓も残っていないか、口内を探り合う。甘さの残像に惑わされ、粘膜に甘美が宿る。いつまでも離そうとしない舌に掬い取られて、私の短い舌は痺れていく。
もういくつの時を刻んだか分からない頃、色の違う口腔は離れていった。吐く息は熱く、湿っている。
「これはもう一つあるのに」
一応の抗議として、私は事実を述べた。
「いいだろ、別に」
激しく顔を青く染めた彼が、悪びれもせず言う。
「じゃあ、開けようか」
常温で、日の当たらない棚の中に隠されていた、一つの平たい箱。それはリボンで飾り立てられ、その姿は目の前の神に似ていた。
「ああ」
仮面の奥の、人にない色をした瞳が穏やかに細められる。
するすると、たやすく包装を取り去ってしまえば、技巧を凝らした甘味が行儀良く並んでいた。
「おお……」
低い感嘆の声が彼の喉から漏れる。
隣に座った彼は、私が手にした説明書きに目を遣りながらも、紫の爪をすぐにダークブラウンの粒に伸ばした。
戦うための、頑強な肉体の彼と対比してしまえば、チョコレートの小ささは憐れなほどに見えた。
「これは?」
「オランジェ」
私の答えが届く前に、彼はそれを口に運んだ。表面には、橙で繊細な模様が描かれている。私も同じものを口にする。心地良い歯応えののち、中からソースが溢れ出てくる。甘味よりも苦味。オレンジの現実を残酷に美しく描き出すような、容赦のない味わい。奥の方から酸味と、チョコと交わった甘味が舌を楽しませる。
「これ一つしかないよな?」
「うん」
数種類の極みが詰まったチョコの箱。中には二粒ずつでなく、一粒しか入っていないものがある。
「じゃあ分け合わないとな」
そう言いながら、彼は悪戯な顔をして、青い舌にチョコを乗せる。
「、あ」
そのまま器用に口付けられて、私の口に甘味と長い舌を押し込まれる。
ドーム状の、ベージュ色をしていたそれが、口腔に晒される。二つの舌が撫で回せば、濃厚な甘みが広がっていく。段々と融け出す外皮の下には、柔らかなプラリネがあった。互いに押し潰し合う舌に巻き込まれて、高度で複雑な味のそれは、即座に形を無くした。香り高いヘーゼルナッツのフレーバー。浅い呼吸の中で、優美に意識を奪っていく。
「は……」
口を離せば、どこまでも深い余韻があった。舌先には、濃厚な熱が残る。
ごくりと、どちらのものかも分からない嚥下の音が鳴る。
私は次のものに手を伸ばして、何事もなく口に運ぶ。砕いたドライフルーツを被った粒。同じものがもう一つ鎮座している。
そうして隙を見せたのが悪いのか、気付けば彼の唇が降ってきた。歯が衝突しかねない勢いだというのに、彼の唇の厚さに殺されて、後には柔らかな感触だけが残った。
子供のように好き勝手な舌はチョコレートを私の口蓋に押し付けて、薄い壁を軽快に叩き割る。一瞬熱さに見紛うような、酸いと甘いのベリーソースが溢れ出す。それは生き物の血潮にも似ている。共にそのシャワーを浴びて、二つの舌は同じ味を纏った。酸味が喉を震わす。舌が縺れ合うことで、茶色の破片が融けていく。果実が持つ爽やかさと、どこか引っかかるような感触。それを覆うように、ねっとりとした甘さが絡んでいく。混ぜ合う唾液さえも、甘味に塗り替えられる。
「…………」
口付けたまま、十分に甘い汁を飲み干す。気付けば彼は私の手を、長い指で絡めて握っていた。
ゆっくりと時間を忘れ、ほんの少しの残滓も残っていないか、口内を探り合う。甘さの残像に惑わされ、粘膜に甘美が宿る。いつまでも離そうとしない舌に掬い取られて、私の短い舌は痺れていく。
もういくつの時を刻んだか分からない頃、色の違う口腔は離れていった。吐く息は熱く、湿っている。
「これはもう一つあるのに」
一応の抗議として、私は事実を述べた。
「いいだろ、別に」
激しく顔を青く染めた彼が、悪びれもせず言う。