金属低温の貴方に
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──いつものように怒声が飛び交う。リビングルームに相応しい柔らかな橙の照明は、何の気休めにもならない。耳にがんがんと響く両親の叫ぶ声。その裏で流しっぱなしにされているテレビの、お気楽な司会者の声。下準備が終わった食材の匂い。この後に待ち構えている黙食の気配。奇妙に強くなる行き場のない手の触覚。服の布地、手触り、肌触り。口の中が乾く、そんな些末な事象さえ拭えない。足元が軽くなる。感じる全てが自分の存在を浮き彫りにする。そして覚える、自らの生存への謝罪、謝罪、謝罪。
「っは⁉」
身を起こせば、過ごしやすい春だというのに汗をびっしょりかいていた。熱のなごりすら引いていき、今度は体の中心から急激に冷えていく。まるで心臓に氷を詰められたように。
「…………」
念願の一人暮らしを始めたというのに、かつての日々を夢に見ては元も子もない。手を置いた布団のカバーはさらさらとしている。
この部屋は窓の位置の関係で、夜でも真っ暗闇ではない。カーテン越しに入る外からの光で、薄ぼんやりと青く闇が溶けている。新生活始まりたてで物が少ない部屋。最低限必要なものが揃った、殺風景気味な私の部屋の隅に、『もう一人』は身を収めている。人、という字を使って数えるのは、間違っている存在だけれど。
私は正確には『一人暮らし』ではない。生活用具が絡み合った体。それは幾つもの棘で彼の気質を表している。皮も肉もない顔。眼窩の奥の光が見えないことから、『目を閉じている』ことが分かる。顎にたくわえた髭は、彼が経てきた年月を示しているのだろう。
この新しい土地に来た時、私は彼と出会った。私のことを誰も知らない、私もこの町を何も知らない中で、初めての邂逅だった。
……嫌な寒気が止まらない。目の前には、甘えてもいい……そう思いたい存在がいる。いいのだろうか。いや、彼は私を選んで、私を認めてくれた。胸を張って、彼自身のように、私が望むよう行動すべきだろう。
寝具から抜け出す。温かい布団も、柔らかいマットレスもない、フローリングの床へ。薄い寝間着を越して、床の冷やかさが伝わってくる。それでも、彼の隣へ。
あまり寄り添うと、脆いこの人間の体では傷が付くかもしれない。それでも構わない。眠っている彼に、軽く体を預ける。彼の両手は、左右で異なっている。私はその、フックの形をしている右手を、そっと私の手で包む。冷たい。体温が虚空に消えていくみたいに、奪われていく。彼のフックは戦いのためのものだ。そしてその鋭さと冷たさが、どうしようもなく頼もしかった。
安心感で、穏やかに瞼が重くなっていく。
ああ、誰かに寄り添って眠るだなんて、いつぶりだろう。
「おやすみ、ハングニル」
暗い部屋の中に、細く眼窩の光が差し、そしてまた暗くなる。
「おやすみ、***」
「っは⁉」
身を起こせば、過ごしやすい春だというのに汗をびっしょりかいていた。熱のなごりすら引いていき、今度は体の中心から急激に冷えていく。まるで心臓に氷を詰められたように。
「…………」
念願の一人暮らしを始めたというのに、かつての日々を夢に見ては元も子もない。手を置いた布団のカバーはさらさらとしている。
この部屋は窓の位置の関係で、夜でも真っ暗闇ではない。カーテン越しに入る外からの光で、薄ぼんやりと青く闇が溶けている。新生活始まりたてで物が少ない部屋。最低限必要なものが揃った、殺風景気味な私の部屋の隅に、『もう一人』は身を収めている。人、という字を使って数えるのは、間違っている存在だけれど。
私は正確には『一人暮らし』ではない。生活用具が絡み合った体。それは幾つもの棘で彼の気質を表している。皮も肉もない顔。眼窩の奥の光が見えないことから、『目を閉じている』ことが分かる。顎にたくわえた髭は、彼が経てきた年月を示しているのだろう。
この新しい土地に来た時、私は彼と出会った。私のことを誰も知らない、私もこの町を何も知らない中で、初めての邂逅だった。
……嫌な寒気が止まらない。目の前には、甘えてもいい……そう思いたい存在がいる。いいのだろうか。いや、彼は私を選んで、私を認めてくれた。胸を張って、彼自身のように、私が望むよう行動すべきだろう。
寝具から抜け出す。温かい布団も、柔らかいマットレスもない、フローリングの床へ。薄い寝間着を越して、床の冷やかさが伝わってくる。それでも、彼の隣へ。
あまり寄り添うと、脆いこの人間の体では傷が付くかもしれない。それでも構わない。眠っている彼に、軽く体を預ける。彼の両手は、左右で異なっている。私はその、フックの形をしている右手を、そっと私の手で包む。冷たい。体温が虚空に消えていくみたいに、奪われていく。彼のフックは戦いのためのものだ。そしてその鋭さと冷たさが、どうしようもなく頼もしかった。
安心感で、穏やかに瞼が重くなっていく。
ああ、誰かに寄り添って眠るだなんて、いつぶりだろう。
「おやすみ、ハングニル」
暗い部屋の中に、細く眼窩の光が差し、そしてまた暗くなる。
「おやすみ、***」