初陣
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その後夕食の時間になり、***はとにかくこれ以上不快にさせないようにビューガに問うた。
「あの……何か食べたいものある? なんでも用意するから……!」
「いらん」
「え」
「神にとって食事は必須じゃない。それに、腹が減ったら勝手に何か食ってくる」
「どうやって……?」
疑問をそのまま表した***に答えるように、ビューガは何もないところから釣竿を出現させた。
「わっ……!!」
「ちょっとした道具なら、こうやって出すことができる」
「すごいなぁ……」
──魚食べるってことは、あの耳は猫ちゃんのもの? 確かにヒゲも生えてるし……いやでも手触り的に猫っぽくはない気がするんだけどな……。──***はビューガの耳に対してそう考えたが、流石に今の空気感では口にすることはできなかった。
キッチンに立ち始める***を、ビューガは密かに観察する。明らかに普通とは言えないこの親方についてもっと知らねばならない。
***はフライパンを火にかけると、油を敷き、冷蔵庫から要る物を取り出した。解凍した味付きの鶏肉と、野菜ジュースだ。鶏肉をフライパンに並べ、火が通るのを待つ間に、コップ一杯分野菜ジュースを注ぐ。それをちびちび飲みながら、焼け加減を窺っている。鶏肉をひっくり返す頃になると、野菜ジュースのペットボトルをしまい、ついでにもやしを取り出してきた。それも一緒に炒めていく。そして丁度良い具合になると、そのまま菜箸の後ろ側を使って、キッチンで立ったまま食べ始めた。
「っ…………!」
ビューガは絶句する。こいつ、あまりにズボラだ。いやなんとなく覚悟はしていた。部屋に干したままの服、あまり綺麗とは言えない部屋。一人暮らしなんてこんなものかもしれないが、予想していたより酷かったのでショッキングだった。
(だが、俺には関係ない。こいつの神通力さえ強力であれば)
その後***は風呂に入り、胡座をかいているビューガに対して、テーブルの反対側で正座した。自宅でするには明らかに不自然な行動だ。安心感とは真逆の、強烈な緊張感を抱いているのがよく分かる。
「………………」
「どうした、普通に過ごせよ。これからは毎日一緒に暮らすんだぞ。お前が嫌なら俺は別に、カミズモウの時以外は離れてても構わんが」
「それはやだ! だって家の外は……これからは特に寒くなってくるし……」
こいつ、自分の欲じゃなくて俺への配慮で断った。さっきからの申し訳なさくる建前か、本心からの思い遣りか。どちらにせよ、ビューガの神経を逆撫でするものではなかった。
「じゃあ早く気を抜けるようになれ。でないと保たないぞ」
ビューガにそう言われて、おず……おず……と***が立ち上がる。そしてベッドに移動する途中、***がやおら言った。
「その辺の本とかマンガとか、勝手に読んでも大丈夫だからね。こっちの棚にはゲームもあるし。あっでもちょっとアレなのもあるから気を付けて……」
「わかったわかった。気が向いたら読む」
そうこうして、***はいつもするようにベッドに潜り込んだ。横を向いてタイコンに変わったスマホを構えて、アプリゲームを開く。イヤホンをして音楽ゲームをクリアしていくのだが……どうにもミスが多い。それもそのはず、小さな同居人が増えたどころか、その同居人(人ではないが)がじっと自分を見てくるのだ。観察しているのだろう。値踏みするようなものではなく、単に自分を知ろうとしていることは分かるのだが、どうしても気が散る。というか、二次元さながらのケモ耳ショタ神様が目の前にいるのだから、どう考えてもそっちを構うべきでは? 画面上のキャラクター達と見比べて、ビューガの質感は現実そのもの。しかし、彼本人から直々に『普段通りにしろ』と命を下されているので、努めてゲームに精を出す。
しばらくして、気付けば日付が変わる直前だった。***の中で眠気が勢力を増してきた。***はなんとか、『普段通り』をこなすことができたようだ。
「あっ……ビューガ、ベッドは、」
「いい。床で十分だ」
来客用に簡易な寝具はあるのに、と言いたかったが、ビューガがそんなものを望まないことは散々分からされたため、仕方なくそのまま寝る準備に入る。
「電気、消すよ」
「ああ」
仰向けに寝転んだ***が、リモコンのスイッチを押す。一度目で電燈はオレンジの薄明るいものに変わり、二度目で完全に光を失う。暗闇に包まれる前、***が最後に見たのは、自分に対してどこかぎこちなさそうなビューガの表情だった。
次の日の朝は、驚くほど普通に訪れた。***は目を覚まして、布団の中でもぞもぞと体の向きを変えると、既に起きていたビューガを見つけた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
一晩経ったが、ビューガの姿にまだ見慣れない。朝日を浴びて、銀色の毛の耳がよりふわふわして輝いて見える。
朝食を食べて、大学に行く準備をしようという段になって、問題が発生した。
(着替え、どうしよう)
ビューガが来る前なら、無論このワンルームでそのまま着替えていた。もし昨日言われた『普段通りに過ごす』がまだ続いているのなら、この場で着替えなければならない。だが自分の気持ちとしては、汚いものを見せたくないので脱衣所で着替えようと思った。判断に迷い、率直に訊いてみることにした。
「着替えようと思うんだけど……」
「後ろ向いといてほしいのか?」
「あの、昨日普段通りにしろって言ってたからさ。お風呂場で着替えて来ようと思うんだけど」
「好きにしろ。目の前で着替えても気にはしない」
許可が降りたので、***は脱衣所で寝巻きから外に出られる服へと着替える。密室に一人になったことで、ほんの少し『なんで自分の家なのに遠慮しないといけないんだ』という気持ちが芽生えた。しかし、何もかもあけすけになるには、まだ時間が欲しいとも感じた。自分を選んでくれた神様なのだ、出来る限り丁寧に関係を進めていきたい。
タイコンを入れたカバンを背負った***に、ビューガが声をかける。
「準備できたか?」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
「いや俺も行くぞ」
「へ?」
「親方と神は基本的に一緒にいるものだ。だから大学にもついていくぞ」
「マジ……?」
なんということだ、かわいいケモ耳神様と一緒に登校できる日が来るとは。***の隣を、幼い体躯のビューガがとことこ歩いている。
(生きててよかった……)
この調子では授業に集中できないんじゃないかと***は思っていたが、案外始まってみるといつも通りの空気に馴染めた。
どちらかと言えば、ビューガの方が苦戦していた。***が座っている横に立って、講義のプリントを覗き込む。神 について議論しているのは分かる。だが、実際の神の特性とは違うことを、しかも専門的な概念を用いて話すので、ビューガは理解が及ばなかった。だが、理解できない事実がなんとなく許せず、ビューガは分かろうと内容を追った。
午前の授業が終わり、昼食にコンビニのおにぎりを食べながら***が問う。
「うちのゼミの話なんて、神様が聞いても面白くないでしょ?」
「ああ、そうだな」
その後の授業もビューガは***と共に出席したが、どれも彼が全く触れてこなかった分野ばかりだった。***の部屋にある本や過去の講義プリントを読んでみるのもいいかもしれない、と少し思った。
「それじゃ、帰ろうか」
その日最後の授業が終わり、筆箱などをカバンに仕舞って、***はビューガに言った。帰り道、夕焼けが空を包む中、***は改めて提案をする。
「タイコンですぐ連絡はできるんだよね? いやあの、ビューガと一緒にいられるの嬉しいんだけど、授業に付き合わせるのが申し訳なくて……」
「そんなことか。別に、気にする必要はない。俺としても、一緒にいた方がカミズモウをする時にすぐ始められて──」
話している最中、ビューガの耳が風を切る音を捉えた。
「伏せろ!!」
咄嗟に叫んで、ビューガは***の背中を押さえて頭を下げさせる。同時に自分も頭を下げ、襲いくる『何か』を回避する。
「ほう、避けたか」
***とビューガの背後から、何者かが声をかける。***が頭を上げ目の前を見ると、そこでは巨大な釘がアスファルトを突き刺していた。
「誰だ!?」
ビューガは即座に後ろを向き、釘を放ったであろう者と対峙する。その者はビューガが***と出会った日に着けていたようなマント──ジャリキシンマントを纏い、水色の角を覗かせていた。布で頭部全体が覆われていて、顔を描かれる前のてるてる坊主に似ていた。
「お前が噂の『親方を持つジャリキシン』だな?」
「先に俺の質問に答えろ」
「俺はジャークパワー純粋主義のジャリキシンだ。最近、どうやらジャリキシンの中で新たな派閥が生まれたようでな。神通力とジャークパワー、どちらも使うことで更なる強さを身につけるのだとか。しかし、そんなもの俺は認めん!」
のっぺらぼうのジャリキシンが、右手を横に挙げてマントを大きく翻す。
「神通力とジャークパワーの併用など、ジャオウ様への冒涜だ!! 俺とカミズモウで勝負をしろ!!」
ビューガは***を見上げて、様子を窺う。
「***、分かったか?」
「なんとなくは。要は、これからこういう感じで他の神様にも喧嘩売られるってことでしょ?」
「そういうことだ。……準備、できてるか?」
***はタイコンを取り出し、握りしめる。
「……がんばるよ」
ビューガは***の真剣な顔を見て、始まりの合図を告げた。
『カミズモウ!』
その言葉と共にフィールドが展開されていく。色とりどりの音楽の力から形成された囲いが伸び、その中に景色が投影される。それは見るからに寒そうな雪景色。白い大地の真ん中に、大きな土俵が現れた。
タイコンの画面から光が溢れ、***をカミズモウの場へと導いていく。だがその途中で、***は激しく不安に襲われた。
(うまくできなかったらどうしよう、期待に沿えなかったらどうしよう)
ビューガへの気持ちと、自分への自信の無さから、そう考えずにはいられなかった。だから、***は『仮面』を被ることにした。まるで自分とは正反対のような、実力と自信を持ち合わせた人物に、表面だけでも成っていたかった。そのために***は、ビューガと、ビューガと近い類型のキャラクターのイメージを借りることにした。
注連縄型のエネルギーが***を包み込み、カミズモウをするための正装である親方服へと変身させる。***のそれは黒を基調とした、貴族風かつどこかゴシックロックテイストのものになった。学ランの下半分を切り落としたような形の上着に、紫色のラインが入っている。さらにその内側は、ファーで覆われており、首元は浅葱色のリボンと一輪の赤い薔薇で飾られた。ぴっちりとしたインナー越しに腹部は露出し、白いズボンに黒いスカートのような腰布を重ねている。腰布には細長い三角形が上は浅葱色、下は赤色で互い違いに描かれ、まるで牙のようだ。後ろ側には、腰布の上に尻尾を模した長い毛のアクセサリーが付いていた。そして***の髪は軽く逆立てられ、大きくボリュームを出すように仕立てられた。
土俵の上空に、櫓とも言うべきものが変形して展開し、***を迎え入れる。***の神太鼓がセットされており、ディスプレイに様々なCDジャケットのようなデザインが並んでいる。
(ここで曲を選ぶんだよね)
スワイプしていくと、選ぶべきものが感覚で分かった。ビューガがアップで描かれ、『Fearless』という文字が入ったものだ。タップすると、オフボーカルで曲が流れ始める。
音楽によって、ビューガの体にカミズモウをするための力が流れ込む。漲る精力でぐるりと縦に二度回転しながら、ビューガは口上を叫ぶ。
「来たぜ来たぜ! この音こそ神の音! 俺の神音 だぜ!」
そして一度青い炎で包まれると、小さな体が拡張され、長い手脚を持った戦うための姿へと変化する。
『カミズモード!』
土俵に降り立ったビューガは、地面を蹴り上げて一回転し、名乗りを上げた。
「スパイクの神、ビューガ!」
その瞬間、***は思わず声が出た。
「エッ」
初めて会った日、ジャリキシンは普段過ごす時に小さなスモードの姿になれないため、ビューガはカミズモウ中と同じカミズモードという形態だった。しかし、マントを被っていたため、***はビューガのカミズモードの全貌を知らなかった。
長く伸びた、注連縄のような形の髪としっぽ。纏っている物がスモードの時とまるで違う。手脚を装甲が覆い、生えている棘は長く、まさしく相手を傷付けるためのもの。足の爪先が露出していて、ヒトのようでいてヒトとは違う妙な違和感のある形の指が、凶悪な紫の爪を携えて地を踏みしめている。更にどうやら踵にも小さな棘が付いていて、ヒールの役割を担っているようだ。そして何よりも服装が、材質こそスモードの面影を残しているが、肌が出ている面積が大幅に増えた。袖は千切れたような切り口のノースリーブで、豊かな筋肉を持った肩と腕がよく見える。前側が大きく開いており、首が、胸が、腹部が、滑らかな緑の肌を主張している。上半身に拘束具じみて交差したベルトは、はちきれんばかりの肉体をこぼすまいとしているかのようだ。加えて黒く艶のある生地が、体に密着してボディラインを見せつける。浮いた肋骨に合わせて波打ち、腰の骨の盛り上がりを顕著にする。太腿は力強くも細く、一切の無駄が無い肢体だ。脚の駆動の邪魔にならないように、股間部をピンポイントに守る鎧が付いている。
***はビューガの美体に酔いしれた。それは永遠の刻のように思われたが、ほんの一瞬の出来事だった。親方としての本能が、今すべきことに意識を引き戻したのだ。
***は鮮やかな浅葱色のバチで神太鼓を打ち鳴らし、ドドン、という音と共に口上を述べた。
「聞かせてしまおう! 俺達の神音 !!」
一方、敵のジャリキシン側でも櫓が展開していく。だがそこに着地する人間はおらず、代わりに紫のエネルギーが燃え盛る。そして、最適解の曲が選出される。ジャリキシンはマントを脱ぎ去り、土俵に現れた。
白い布でくるまれた頭に、誰しも一度は見たことがある昔ながらの青い農作業着。その強靭な肉体は、藁で編まれて作られていた。そして、四本の手足にそれぞれ釘が刺さっている。
「釘の神、カンカンタ!」
カンカンタは手に刺さった釘をそれぞれ見せつけて、最後に麦藁帽子を被った。
遂にカミズモウが始まる。どこからか現れた行司を務める小さなゴウリキシンが、軍配を掲げた。
「見合って見合って~……カミズモウ!」
二柱の神が、睨み合う。
「はっけよ~い……のこった!」
開始の合図と共に、ビューガとカンカンタが雄叫びを上げ、互いにぶつかりに行く。***が選んだ音楽に歌声が入り始める。このフィールドの冬景色にまさしく合った、冷たさと孤独を歌った歌詞だ。
***の頭に、音楽ゲームのようなイメージが流れ込んでくる。これに合わせて神太鼓を叩けばいいと、すぐに理解ができた。
「うおおおおおおお!」
親方としての責任感、緊張、そして何よりも、ビューガへの想い。それらを乗せて、太鼓を響かせる。
「お゙ぉっ!?」
カンカンタから一時的に距離を取ったビューガが思わず声を上げる。重く、濃い、***の神通力が、ビューガの体を駆け巡る。
「やっぱり俺の見立ては間違ってなかったみたいだなあ!」
カンカンタが、手をかざして大量の釘を勢いよく放つ。それに対してビューガは跳んで回避する。まるで、羽が生えたように体が軽い。***の神通力が全身の動きを補助している。ビューガはそのまま後ろに回転し、着地した勢いのままカンカンタへと距離を詰める。
蹴りによる連撃、連撃、連撃。そしておまけに、ビューガは空中で体をねじって回し蹴りをした。
「スピニングニードル!!」
「ぐっ…………!」
カンカンタは大きく後退させられ、土俵の際目前でなんとか立ち止まった。
気持ち良い。ビューガはエネルギーが溢れる自分の体に、心底そう思った。ジャークパワーという土台が、***の神通力によって底上げされ、それだけでなく『自分専用』に組み替えられている感覚。強大な力が飲み込みやすく整えられ、血のようにビューガの中を循環している。
「ハァ!」
カンカンタが一際大きな釘を放った。しかし、ビューガはそれを避けようとしない。自らに刺さる直前、横から蹴りを入れ、釘を粉砕して見せた。
「何っ!?」
「こんなもんか?」
ビューガは、技にもならない程度の小さな炎を、掌から断続的に放つ。カンカンタを煽るためだ。
「くっ……くそおおおおおお!」
カンカンタがビューガに向かってくる。藁で作られた太い腕が、何度もビューガを張り倒そうとする。しかしビューガは、カンカンタよりも細い腕で、それらを涼しい顔で受け止める。
「キメ技ァ!!」
追い詰められたカンカンタが、必殺のための舞を行う。カミズモーションだ。
「うおおおおおおおお!」
ビューガに向かい、カンカンタが決死の思いで体当たりをする。流石にビューガも僅かに体勢を崩す。
「呪打・丑の刻参!!」
カンカンタが叫ぶと、今までカンカンタが出したどの釘よりも巨大な釘が現れた。そして、カンカンタごとビューガを貫いた。
「ぐっ…………!!」
鋭い痛みが、衝撃と共にビューガを苛む。
「ビューガああああ!!!」
***が悲鳴を上げ、より力強く神太鼓を叩く。ビューガは後ろへ大きく引き摺られたが、まだその顔に余裕を湛えていた。ビューガの無事に***は胸を撫で下ろす。
「全ッ然、効いてねえなァ……!」
確かにダメージはあった。だがビューガの中には、それ以上に燃える力が漲っていた。それを示すように雄叫びを上げ、地面を蹴り上げる。
「爆足!!」
瞬間、ビューガが走る速度が更に増す。それは分身していると勘違いさせそうなほど、残像を作るほどに。そのままビューガはカンカンタの周りを囲み、無数の残像の中から奇襲を何度も行う。
「***!! もっとだ! もっと神通力を送れ!!」
ビューガは***を仰ぎ、口角をこれでもかと上げながら呼びかける。ビューガの喜色に満ちた表情を見て、***はビューガと同じぐらいに喜びの感情で溢れた。
(ちゃんとやれてる、欲してもらえてる!)
そして期待に応えるために、雄叫びを上げてより強く神太鼓を連打する。
「蕩かせ! 俺の、 神太鼓オオオオオオ!!」
「オオオオオオオ!!」
一層強い神通力で、電撃のようなパワーの奔流が走り抜け、改めてビューガを開眼させる。そして***に呼応するように咆哮した。
「キメ技!!」
ビューガがカミズモーションを行う。その動きは、まさにビューガの脚力を生かした戦法を表すものだった。そして指を鳴らすと、無数の蹴撃がカンカンタを取り囲むように現れた。
「幻炎猛蹴破ァ!!」
ビューガの叫びで、一斉に蹴撃がカンカンタを襲う。
「ウオアアアアアアアアアアア!!」
ビューガのキメ技を受け、そのままカンカンタは土俵外へと投げ出された。
ビューガは片手を腰に当て、満足げに笑む。
「勝者! ビューガ~~!」
行司のゴウリキシンが、勝った者の名を言った。
フィールドが消え去り、景色は元の帰り道に戻った。傷付いたカンカンタが、***とビューガを睨む。
「クッ……覚えていろ!!」
カンカンタはそう吐き捨て、消え去った。同時に、***が倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……。ちょっと疲れちゃって……」
「ったく……もう少し体力をつけろ」
「そうだね……あはは」
力なく笑った***に、ビューガは手を差し伸べる。
「立てるか?」
黄色と赤と白の目が、***を覗き込む。ビューガに見下ろされるアングルが新鮮で、***は思わず見蕩れた。
「かわいいね……」
「おい」
「ごめん」
ビューガの手を借り、***は起き上がる。
「お前、カミズモウ中はちょっと変わるんだな」
「あーあれは……なんというか、そういう気分だったのかな」
「随分他人事だな」
「緊張しちゃって……でも楽しかった。ビューガの力になれたし」
「そうか」
歩きながら、ビューガが返事をする。どこか穏やかさを含んだものだった。そしてビューガは***を真っ直ぐに見つめ、言った。
「お前の神通力、よかったぜ」
その言葉を聞いて、***ははにかんだ。
帰宅後、***はカバンを片付けて、ベッドに座り、気恥ずかしそうに言った。
「あ、あのさ、ビューガについて思ったこと言ってもいい?」
「いちいち遠慮しなくても、言いたいことがあるなら言えよ」
「うん……。え……えっちなの、先に言ってよ。カミズモード」
ビューガは頭に巨大な疑問符を浮かべた。
「だって! おへそとか出てるし服ピチピチだし、すごいスタイル良いっていうか肋とかすごいし!」
「これが?」
「あ゙ーーーーーー!!」
ビューガは指を鳴らすと、スモードからカミズモードへと変化してみせた。
「なん、なん、」
「ジャークパワーがあるから、一時的になら勝手になれるんだぜ」
ビューガは武器でもある長い脚で***に近付いていく。***は感情が混乱した表情をしている。そしてビューガはぐい、と顔を近付け、***を見下ろした。
「モチベーションが増えたならよかったな」
そしてくるりと反対を向き、また***と離れ、スモードに戻った。分かりやすく主導権を握れて、ビューガは少し満足だった。
「うう……。耳触っていい?!」
「少しだけだぞ。あと食うなよ」
感情の遣り場に困った***が、許可を取ってビューガの耳を撫で始めた。
「そうやっておっきくなったりちっちゃくなったりするからぁ……情緒が壊れるんだよ……」
「どうして大きくなったり小さくなったりしたら情緒が壊れるんだ?」
「あ……最初から説明する?」
ビューガは『いい』と答えそうになったが、大学でのことも思い出した。もっとこいつについて知りたい。
「ああ、聞かせろ」
この後ビューガは、人間の嗜好の難解さに頭を悩ますことになる……。
「あの……何か食べたいものある? なんでも用意するから……!」
「いらん」
「え」
「神にとって食事は必須じゃない。それに、腹が減ったら勝手に何か食ってくる」
「どうやって……?」
疑問をそのまま表した***に答えるように、ビューガは何もないところから釣竿を出現させた。
「わっ……!!」
「ちょっとした道具なら、こうやって出すことができる」
「すごいなぁ……」
──魚食べるってことは、あの耳は猫ちゃんのもの? 確かにヒゲも生えてるし……いやでも手触り的に猫っぽくはない気がするんだけどな……。──***はビューガの耳に対してそう考えたが、流石に今の空気感では口にすることはできなかった。
キッチンに立ち始める***を、ビューガは密かに観察する。明らかに普通とは言えないこの親方についてもっと知らねばならない。
***はフライパンを火にかけると、油を敷き、冷蔵庫から要る物を取り出した。解凍した味付きの鶏肉と、野菜ジュースだ。鶏肉をフライパンに並べ、火が通るのを待つ間に、コップ一杯分野菜ジュースを注ぐ。それをちびちび飲みながら、焼け加減を窺っている。鶏肉をひっくり返す頃になると、野菜ジュースのペットボトルをしまい、ついでにもやしを取り出してきた。それも一緒に炒めていく。そして丁度良い具合になると、そのまま菜箸の後ろ側を使って、キッチンで立ったまま食べ始めた。
「っ…………!」
ビューガは絶句する。こいつ、あまりにズボラだ。いやなんとなく覚悟はしていた。部屋に干したままの服、あまり綺麗とは言えない部屋。一人暮らしなんてこんなものかもしれないが、予想していたより酷かったのでショッキングだった。
(だが、俺には関係ない。こいつの神通力さえ強力であれば)
その後***は風呂に入り、胡座をかいているビューガに対して、テーブルの反対側で正座した。自宅でするには明らかに不自然な行動だ。安心感とは真逆の、強烈な緊張感を抱いているのがよく分かる。
「………………」
「どうした、普通に過ごせよ。これからは毎日一緒に暮らすんだぞ。お前が嫌なら俺は別に、カミズモウの時以外は離れてても構わんが」
「それはやだ! だって家の外は……これからは特に寒くなってくるし……」
こいつ、自分の欲じゃなくて俺への配慮で断った。さっきからの申し訳なさくる建前か、本心からの思い遣りか。どちらにせよ、ビューガの神経を逆撫でするものではなかった。
「じゃあ早く気を抜けるようになれ。でないと保たないぞ」
ビューガにそう言われて、おず……おず……と***が立ち上がる。そしてベッドに移動する途中、***がやおら言った。
「その辺の本とかマンガとか、勝手に読んでも大丈夫だからね。こっちの棚にはゲームもあるし。あっでもちょっとアレなのもあるから気を付けて……」
「わかったわかった。気が向いたら読む」
そうこうして、***はいつもするようにベッドに潜り込んだ。横を向いてタイコンに変わったスマホを構えて、アプリゲームを開く。イヤホンをして音楽ゲームをクリアしていくのだが……どうにもミスが多い。それもそのはず、小さな同居人が増えたどころか、その同居人(人ではないが)がじっと自分を見てくるのだ。観察しているのだろう。値踏みするようなものではなく、単に自分を知ろうとしていることは分かるのだが、どうしても気が散る。というか、二次元さながらのケモ耳ショタ神様が目の前にいるのだから、どう考えてもそっちを構うべきでは? 画面上のキャラクター達と見比べて、ビューガの質感は現実そのもの。しかし、彼本人から直々に『普段通りにしろ』と命を下されているので、努めてゲームに精を出す。
しばらくして、気付けば日付が変わる直前だった。***の中で眠気が勢力を増してきた。***はなんとか、『普段通り』をこなすことができたようだ。
「あっ……ビューガ、ベッドは、」
「いい。床で十分だ」
来客用に簡易な寝具はあるのに、と言いたかったが、ビューガがそんなものを望まないことは散々分からされたため、仕方なくそのまま寝る準備に入る。
「電気、消すよ」
「ああ」
仰向けに寝転んだ***が、リモコンのスイッチを押す。一度目で電燈はオレンジの薄明るいものに変わり、二度目で完全に光を失う。暗闇に包まれる前、***が最後に見たのは、自分に対してどこかぎこちなさそうなビューガの表情だった。
次の日の朝は、驚くほど普通に訪れた。***は目を覚まして、布団の中でもぞもぞと体の向きを変えると、既に起きていたビューガを見つけた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
一晩経ったが、ビューガの姿にまだ見慣れない。朝日を浴びて、銀色の毛の耳がよりふわふわして輝いて見える。
朝食を食べて、大学に行く準備をしようという段になって、問題が発生した。
(着替え、どうしよう)
ビューガが来る前なら、無論このワンルームでそのまま着替えていた。もし昨日言われた『普段通りに過ごす』がまだ続いているのなら、この場で着替えなければならない。だが自分の気持ちとしては、汚いものを見せたくないので脱衣所で着替えようと思った。判断に迷い、率直に訊いてみることにした。
「着替えようと思うんだけど……」
「後ろ向いといてほしいのか?」
「あの、昨日普段通りにしろって言ってたからさ。お風呂場で着替えて来ようと思うんだけど」
「好きにしろ。目の前で着替えても気にはしない」
許可が降りたので、***は脱衣所で寝巻きから外に出られる服へと着替える。密室に一人になったことで、ほんの少し『なんで自分の家なのに遠慮しないといけないんだ』という気持ちが芽生えた。しかし、何もかもあけすけになるには、まだ時間が欲しいとも感じた。自分を選んでくれた神様なのだ、出来る限り丁寧に関係を進めていきたい。
タイコンを入れたカバンを背負った***に、ビューガが声をかける。
「準備できたか?」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
「いや俺も行くぞ」
「へ?」
「親方と神は基本的に一緒にいるものだ。だから大学にもついていくぞ」
「マジ……?」
なんということだ、かわいいケモ耳神様と一緒に登校できる日が来るとは。***の隣を、幼い体躯のビューガがとことこ歩いている。
(生きててよかった……)
この調子では授業に集中できないんじゃないかと***は思っていたが、案外始まってみるといつも通りの空気に馴染めた。
どちらかと言えば、ビューガの方が苦戦していた。***が座っている横に立って、講義のプリントを覗き込む。
午前の授業が終わり、昼食にコンビニのおにぎりを食べながら***が問う。
「うちのゼミの話なんて、神様が聞いても面白くないでしょ?」
「ああ、そうだな」
その後の授業もビューガは***と共に出席したが、どれも彼が全く触れてこなかった分野ばかりだった。***の部屋にある本や過去の講義プリントを読んでみるのもいいかもしれない、と少し思った。
「それじゃ、帰ろうか」
その日最後の授業が終わり、筆箱などをカバンに仕舞って、***はビューガに言った。帰り道、夕焼けが空を包む中、***は改めて提案をする。
「タイコンですぐ連絡はできるんだよね? いやあの、ビューガと一緒にいられるの嬉しいんだけど、授業に付き合わせるのが申し訳なくて……」
「そんなことか。別に、気にする必要はない。俺としても、一緒にいた方がカミズモウをする時にすぐ始められて──」
話している最中、ビューガの耳が風を切る音を捉えた。
「伏せろ!!」
咄嗟に叫んで、ビューガは***の背中を押さえて頭を下げさせる。同時に自分も頭を下げ、襲いくる『何か』を回避する。
「ほう、避けたか」
***とビューガの背後から、何者かが声をかける。***が頭を上げ目の前を見ると、そこでは巨大な釘がアスファルトを突き刺していた。
「誰だ!?」
ビューガは即座に後ろを向き、釘を放ったであろう者と対峙する。その者はビューガが***と出会った日に着けていたようなマント──ジャリキシンマントを纏い、水色の角を覗かせていた。布で頭部全体が覆われていて、顔を描かれる前のてるてる坊主に似ていた。
「お前が噂の『親方を持つジャリキシン』だな?」
「先に俺の質問に答えろ」
「俺はジャークパワー純粋主義のジャリキシンだ。最近、どうやらジャリキシンの中で新たな派閥が生まれたようでな。神通力とジャークパワー、どちらも使うことで更なる強さを身につけるのだとか。しかし、そんなもの俺は認めん!」
のっぺらぼうのジャリキシンが、右手を横に挙げてマントを大きく翻す。
「神通力とジャークパワーの併用など、ジャオウ様への冒涜だ!! 俺とカミズモウで勝負をしろ!!」
ビューガは***を見上げて、様子を窺う。
「***、分かったか?」
「なんとなくは。要は、これからこういう感じで他の神様にも喧嘩売られるってことでしょ?」
「そういうことだ。……準備、できてるか?」
***はタイコンを取り出し、握りしめる。
「……がんばるよ」
ビューガは***の真剣な顔を見て、始まりの合図を告げた。
『カミズモウ!』
その言葉と共にフィールドが展開されていく。色とりどりの音楽の力から形成された囲いが伸び、その中に景色が投影される。それは見るからに寒そうな雪景色。白い大地の真ん中に、大きな土俵が現れた。
タイコンの画面から光が溢れ、***をカミズモウの場へと導いていく。だがその途中で、***は激しく不安に襲われた。
(うまくできなかったらどうしよう、期待に沿えなかったらどうしよう)
ビューガへの気持ちと、自分への自信の無さから、そう考えずにはいられなかった。だから、***は『仮面』を被ることにした。まるで自分とは正反対のような、実力と自信を持ち合わせた人物に、表面だけでも成っていたかった。そのために***は、ビューガと、ビューガと近い類型のキャラクターのイメージを借りることにした。
注連縄型のエネルギーが***を包み込み、カミズモウをするための正装である親方服へと変身させる。***のそれは黒を基調とした、貴族風かつどこかゴシックロックテイストのものになった。学ランの下半分を切り落としたような形の上着に、紫色のラインが入っている。さらにその内側は、ファーで覆われており、首元は浅葱色のリボンと一輪の赤い薔薇で飾られた。ぴっちりとしたインナー越しに腹部は露出し、白いズボンに黒いスカートのような腰布を重ねている。腰布には細長い三角形が上は浅葱色、下は赤色で互い違いに描かれ、まるで牙のようだ。後ろ側には、腰布の上に尻尾を模した長い毛のアクセサリーが付いていた。そして***の髪は軽く逆立てられ、大きくボリュームを出すように仕立てられた。
土俵の上空に、櫓とも言うべきものが変形して展開し、***を迎え入れる。***の神太鼓がセットされており、ディスプレイに様々なCDジャケットのようなデザインが並んでいる。
(ここで曲を選ぶんだよね)
スワイプしていくと、選ぶべきものが感覚で分かった。ビューガがアップで描かれ、『Fearless』という文字が入ったものだ。タップすると、オフボーカルで曲が流れ始める。
音楽によって、ビューガの体にカミズモウをするための力が流れ込む。漲る精力でぐるりと縦に二度回転しながら、ビューガは口上を叫ぶ。
「来たぜ来たぜ! この音こそ神の音! 俺の
そして一度青い炎で包まれると、小さな体が拡張され、長い手脚を持った戦うための姿へと変化する。
『カミズモード!』
土俵に降り立ったビューガは、地面を蹴り上げて一回転し、名乗りを上げた。
「スパイクの神、ビューガ!」
その瞬間、***は思わず声が出た。
「エッ」
初めて会った日、ジャリキシンは普段過ごす時に小さなスモードの姿になれないため、ビューガはカミズモウ中と同じカミズモードという形態だった。しかし、マントを被っていたため、***はビューガのカミズモードの全貌を知らなかった。
長く伸びた、注連縄のような形の髪としっぽ。纏っている物がスモードの時とまるで違う。手脚を装甲が覆い、生えている棘は長く、まさしく相手を傷付けるためのもの。足の爪先が露出していて、ヒトのようでいてヒトとは違う妙な違和感のある形の指が、凶悪な紫の爪を携えて地を踏みしめている。更にどうやら踵にも小さな棘が付いていて、ヒールの役割を担っているようだ。そして何よりも服装が、材質こそスモードの面影を残しているが、肌が出ている面積が大幅に増えた。袖は千切れたような切り口のノースリーブで、豊かな筋肉を持った肩と腕がよく見える。前側が大きく開いており、首が、胸が、腹部が、滑らかな緑の肌を主張している。上半身に拘束具じみて交差したベルトは、はちきれんばかりの肉体をこぼすまいとしているかのようだ。加えて黒く艶のある生地が、体に密着してボディラインを見せつける。浮いた肋骨に合わせて波打ち、腰の骨の盛り上がりを顕著にする。太腿は力強くも細く、一切の無駄が無い肢体だ。脚の駆動の邪魔にならないように、股間部をピンポイントに守る鎧が付いている。
***はビューガの美体に酔いしれた。それは永遠の刻のように思われたが、ほんの一瞬の出来事だった。親方としての本能が、今すべきことに意識を引き戻したのだ。
***は鮮やかな浅葱色のバチで神太鼓を打ち鳴らし、ドドン、という音と共に口上を述べた。
「聞かせてしまおう! 俺達の
一方、敵のジャリキシン側でも櫓が展開していく。だがそこに着地する人間はおらず、代わりに紫のエネルギーが燃え盛る。そして、最適解の曲が選出される。ジャリキシンはマントを脱ぎ去り、土俵に現れた。
白い布でくるまれた頭に、誰しも一度は見たことがある昔ながらの青い農作業着。その強靭な肉体は、藁で編まれて作られていた。そして、四本の手足にそれぞれ釘が刺さっている。
「釘の神、カンカンタ!」
カンカンタは手に刺さった釘をそれぞれ見せつけて、最後に麦藁帽子を被った。
遂にカミズモウが始まる。どこからか現れた行司を務める小さなゴウリキシンが、軍配を掲げた。
「見合って見合って~……カミズモウ!」
二柱の神が、睨み合う。
「はっけよ~い……のこった!」
開始の合図と共に、ビューガとカンカンタが雄叫びを上げ、互いにぶつかりに行く。***が選んだ音楽に歌声が入り始める。このフィールドの冬景色にまさしく合った、冷たさと孤独を歌った歌詞だ。
***の頭に、音楽ゲームのようなイメージが流れ込んでくる。これに合わせて神太鼓を叩けばいいと、すぐに理解ができた。
「うおおおおおおお!」
親方としての責任感、緊張、そして何よりも、ビューガへの想い。それらを乗せて、太鼓を響かせる。
「お゙ぉっ!?」
カンカンタから一時的に距離を取ったビューガが思わず声を上げる。重く、濃い、***の神通力が、ビューガの体を駆け巡る。
「やっぱり俺の見立ては間違ってなかったみたいだなあ!」
カンカンタが、手をかざして大量の釘を勢いよく放つ。それに対してビューガは跳んで回避する。まるで、羽が生えたように体が軽い。***の神通力が全身の動きを補助している。ビューガはそのまま後ろに回転し、着地した勢いのままカンカンタへと距離を詰める。
蹴りによる連撃、連撃、連撃。そしておまけに、ビューガは空中で体をねじって回し蹴りをした。
「スピニングニードル!!」
「ぐっ…………!」
カンカンタは大きく後退させられ、土俵の際目前でなんとか立ち止まった。
気持ち良い。ビューガはエネルギーが溢れる自分の体に、心底そう思った。ジャークパワーという土台が、***の神通力によって底上げされ、それだけでなく『自分専用』に組み替えられている感覚。強大な力が飲み込みやすく整えられ、血のようにビューガの中を循環している。
「ハァ!」
カンカンタが一際大きな釘を放った。しかし、ビューガはそれを避けようとしない。自らに刺さる直前、横から蹴りを入れ、釘を粉砕して見せた。
「何っ!?」
「こんなもんか?」
ビューガは、技にもならない程度の小さな炎を、掌から断続的に放つ。カンカンタを煽るためだ。
「くっ……くそおおおおおお!」
カンカンタがビューガに向かってくる。藁で作られた太い腕が、何度もビューガを張り倒そうとする。しかしビューガは、カンカンタよりも細い腕で、それらを涼しい顔で受け止める。
「キメ技ァ!!」
追い詰められたカンカンタが、必殺のための舞を行う。カミズモーションだ。
「うおおおおおおおお!」
ビューガに向かい、カンカンタが決死の思いで体当たりをする。流石にビューガも僅かに体勢を崩す。
「呪打・丑の刻参!!」
カンカンタが叫ぶと、今までカンカンタが出したどの釘よりも巨大な釘が現れた。そして、カンカンタごとビューガを貫いた。
「ぐっ…………!!」
鋭い痛みが、衝撃と共にビューガを苛む。
「ビューガああああ!!!」
***が悲鳴を上げ、より力強く神太鼓を叩く。ビューガは後ろへ大きく引き摺られたが、まだその顔に余裕を湛えていた。ビューガの無事に***は胸を撫で下ろす。
「全ッ然、効いてねえなァ……!」
確かにダメージはあった。だがビューガの中には、それ以上に燃える力が漲っていた。それを示すように雄叫びを上げ、地面を蹴り上げる。
「爆足!!」
瞬間、ビューガが走る速度が更に増す。それは分身していると勘違いさせそうなほど、残像を作るほどに。そのままビューガはカンカンタの周りを囲み、無数の残像の中から奇襲を何度も行う。
「***!! もっとだ! もっと神通力を送れ!!」
ビューガは***を仰ぎ、口角をこれでもかと上げながら呼びかける。ビューガの喜色に満ちた表情を見て、***はビューガと同じぐらいに喜びの感情で溢れた。
(ちゃんとやれてる、欲してもらえてる!)
そして期待に応えるために、雄叫びを上げてより強く神太鼓を連打する。
「蕩かせ! 俺の、 神太鼓オオオオオオ!!」
「オオオオオオオ!!」
一層強い神通力で、電撃のようなパワーの奔流が走り抜け、改めてビューガを開眼させる。そして***に呼応するように咆哮した。
「キメ技!!」
ビューガがカミズモーションを行う。その動きは、まさにビューガの脚力を生かした戦法を表すものだった。そして指を鳴らすと、無数の蹴撃がカンカンタを取り囲むように現れた。
「幻炎猛蹴破ァ!!」
ビューガの叫びで、一斉に蹴撃がカンカンタを襲う。
「ウオアアアアアアアアアアア!!」
ビューガのキメ技を受け、そのままカンカンタは土俵外へと投げ出された。
ビューガは片手を腰に当て、満足げに笑む。
「勝者! ビューガ~~!」
行司のゴウリキシンが、勝った者の名を言った。
フィールドが消え去り、景色は元の帰り道に戻った。傷付いたカンカンタが、***とビューガを睨む。
「クッ……覚えていろ!!」
カンカンタはそう吐き捨て、消え去った。同時に、***が倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……。ちょっと疲れちゃって……」
「ったく……もう少し体力をつけろ」
「そうだね……あはは」
力なく笑った***に、ビューガは手を差し伸べる。
「立てるか?」
黄色と赤と白の目が、***を覗き込む。ビューガに見下ろされるアングルが新鮮で、***は思わず見蕩れた。
「かわいいね……」
「おい」
「ごめん」
ビューガの手を借り、***は起き上がる。
「お前、カミズモウ中はちょっと変わるんだな」
「あーあれは……なんというか、そういう気分だったのかな」
「随分他人事だな」
「緊張しちゃって……でも楽しかった。ビューガの力になれたし」
「そうか」
歩きながら、ビューガが返事をする。どこか穏やかさを含んだものだった。そしてビューガは***を真っ直ぐに見つめ、言った。
「お前の神通力、よかったぜ」
その言葉を聞いて、***ははにかんだ。
帰宅後、***はカバンを片付けて、ベッドに座り、気恥ずかしそうに言った。
「あ、あのさ、ビューガについて思ったこと言ってもいい?」
「いちいち遠慮しなくても、言いたいことがあるなら言えよ」
「うん……。え……えっちなの、先に言ってよ。カミズモード」
ビューガは頭に巨大な疑問符を浮かべた。
「だって! おへそとか出てるし服ピチピチだし、すごいスタイル良いっていうか肋とかすごいし!」
「これが?」
「あ゙ーーーーーー!!」
ビューガは指を鳴らすと、スモードからカミズモードへと変化してみせた。
「なん、なん、」
「ジャークパワーがあるから、一時的になら勝手になれるんだぜ」
ビューガは武器でもある長い脚で***に近付いていく。***は感情が混乱した表情をしている。そしてビューガはぐい、と顔を近付け、***を見下ろした。
「モチベーションが増えたならよかったな」
そしてくるりと反対を向き、また***と離れ、スモードに戻った。分かりやすく主導権を握れて、ビューガは少し満足だった。
「うう……。耳触っていい?!」
「少しだけだぞ。あと食うなよ」
感情の遣り場に困った***が、許可を取ってビューガの耳を撫で始めた。
「そうやっておっきくなったりちっちゃくなったりするからぁ……情緒が壊れるんだよ……」
「どうして大きくなったり小さくなったりしたら情緒が壊れるんだ?」
「あ……最初から説明する?」
ビューガは『いい』と答えそうになったが、大学でのことも思い出した。もっとこいつについて知りたい。
「ああ、聞かせろ」
この後ビューガは、人間の嗜好の難解さに頭を悩ますことになる……。