ただ日常的な贈り物
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クリスマスイブの夜。***は仕事を終わらせると、いつも通りルチアーノが用意したペット部屋に戻ってきた。その片手に、青い紙袋を持って。
戻るとルチアーノがつまらなさげに椅子に座っている。***はその姿を見て、手に持ったものに余計自信がなくなり、手が震え出す。しかしそれでも渡そうと、外の空気で冷えた腕を動かし、彼の目の前に差し出した。
「クリスマスプレゼント用意したんだ。もしよかったら、受け取ってほしい。大したものじゃないけど……」
「ふーん? まあもらってあげるよ」
ルチアーノの幼い手に、シンプルなブルーの紙袋が渡る。口の部分はこれまた青いリボンがついたシールで留めてある。ルチアーノがそれを開けると、中には、ヘアブラシとスプレーが入っていた。
「もう持ってるかもしれないけど……。ルチアーノたその髪って、ウィッグと同じ素材でできてそうだから、専用の保護スプレーも一緒に買ってみたんだ」
ヘアブラシはヘッドが大きく、柔らかい毛がたっぷり生えている。スプレーは洗練されたデザインで大量に使うことを想定していない。恐らくどちらも高価なものだ。それでもアクセサリーなどと比べれば安いだろうが、***のささやかな収入の中で奮発したのだろうと、ルチアーノは察する。
「ルチアーノたそは今の時代よりずっと良い素材でできてるだろうけど、どうしても消耗はしていくだろうから、それを防げたらいいなと思ってこれにしたんだ。指の方がそういうの顕著かなとも思ったんだけど、手袋は普段つけられないし……。でも髪なら一回スプレーしとけばしばらく効果続くから、いいかなって」
***の読みは当たっていた。全身が人工物でできている彼らは、人間のように活動していれば代謝して表皮が新しくなるということはない。定期的に素材そのものを交換する必要がある。そのため劣化を防ぐというのはかなり実用的な視点だ。特にルチアーノに関しては、その長い髪がたなびくことも多いため、摩擦で痛む可能性も高い。
「お前にしちゃ良いもの持ってきたじゃん。でもこれ、お前が僕の髪触りたいだけなんじゃないの? キャハハハハハハハ!」
「ちょ、違うよ……っ! ルチアーノたそが自分でケアするのに使えるかなって思っただけで……!」
「でもそこまで考えてるなら、使ってやらないのも野暮じゃない? 僕なんて髪長いから面倒なんだよ、お前がやればいいじゃん。えへへへへへ!」
「いっ……いいの?」
「いいって言ってるだろ」
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
***が椅子の後ろに回り、袋状の布で留めたルチアーノの髪を背もたれに持ってくる。長く、量も多い髪は、両手で持ってもずっしりと重い。
(ルチアーノたその髪の毛……)
今までも膝の上に座ってくる際に、不意に触れるようなことはあった。だがこんなにちゃんと触ったことなどない。当たり前だ、髪をわざわざ触るなど、よほど親密な関係でなければ許されない。
「…………」
緊張と歓喜で勝手に喉が鳴る。ルチアーノの髪。ルチアーノの最大の特徴。ワインレッドの滝のような毛髪。極めて遠慮した手つきで髪留めを外して、背もたれにゆっくり下ろすと、シルクの布がかかったように広がった。
「じゃあ……スプレーするね」
「ん」
脚をゆらゆらさせ始めたルチアーノが簡単に返事をする。体が揺れるのに合わせて、髪も少し動く。
とりあえず全体にスプレーを噴く。髪の保護を目的としているため、人間がするように痛みやすい毛先だけということはないだろう。それが終わると、ブラシでなじませていく。まずは毛先だけ手に取り、先の絡まりをほどく。
ルチアーノが痛くなってはいないか、不快になってはいないか、痛覚がないぐらい知っているのに考えてしまう。化学繊維でできた毛先は、軽くブラシを当てるだけで素直に元の直線に戻る。毛先の感触はこちらをくすぐってきているようで、まるで彼自身のように感じる。
続いて中ほどに進む。精巧にできた人工毛は、ほとんど人間の髪と見た目も触り心地も変わらない。しかし、なにか、コシのような部分が違うように感じる。人間の髪はダメージで表面に凸凹ができるが、神によって造られた髪は、付け根から先まで一定で、整った手触りが続く。だが傷まないわけではない。物理法則の中に存在している限り、どんなものでも擦れて摩耗していく。ライディングデュエルで細かな石や砂をかぶることもあるだろう。そうすれば途中で切れたり、絡まる原因になる。実際見ていると、真っ直ぐ伸びきった髪の中に、長さの違う髪が多少混ざっている。
彼の機械性だけが好きなわけではない。人間性だけが好きなわけではない。しかしこうして人間と同じような瑕疵があるのを見ていると、愛しさが増していく。
「……」
ふとルチアーノの動きが止まった。***はゆらゆらするのに飽きたのだろうと思ったが、ルチアーノの気持ちは違った。
(なんか落ち着く)
他者に髪を丁寧に触られることなど今まで一切なかった。まるで宝飾品に触れるかのように手入れされて、自然と落ち着いていく。
ブラシが通る場所が変わり、襟足から全体を流れていく。ゆったりした動きに、思わず目を閉じた。
────アポリアとしての記憶が蘇る。小さい頃から、パパかママに髪をといてもらうのが好きだった。優しく撫でられながらブラシが通ると、すごく安心した。
そうしている内にブラシが頭頂から毛先まで撫でるようになり、より動きの間隔が伸びる。丁寧にほどかれた髪を、大きなヘッドの毛が、滞りなく流れていく。柔らかな毛は頭皮に当たっても嫌な刺激がなく、ただただ、心地良さに集中させてくれる。大切にされているという感覚、それこそが、何よりも平穏な気持ちにさせる。
やたらと何度もといてくるのが***の私欲か、必要だからやっているのかは分からないが、どちらでもいいと思った。たまには────そう、良い子にはプレゼントがもらえる日ぐらいは、もうしばらくこのままがいいと思った。
「…………」
部屋には、ブラシが髪をとく、軽やかな音だけが響く。今この瞬間、***も、ルチアーノも、確かに幸福であると言えた。
「はい、終わったよ」
ルチアーノが存分に感触を享受できた頃、***の声が降った。
「髪留め戻しといてね」
「あっ、うん」
命令したルチアーノの声は、珍しく溌剌としたものではなく、掠れて穏やかなものだった。彼を知らない人が聞けば不機嫌なのだと判断したかもしれない。自分の後ろで***が恐る恐る髪留めに毛先を戻しているのを感じながら、ルチアーノは余韻を味わう。
「で……できた。ごめんうまく入ってないかも……」
「いや、できてるよ」
椅子から降りつつ、ルチアーノは一応髪先を確かめる。ちゃんと留まっている。そして、髪が動く時の滑らかさが違う。
「どう? スプレーの効果出てる?」
「確かに、保護できてる感じあるね」
彼のように髪を一つに束ねる髪型をしていると、大抵内側の髪が乱れて絡まり始める。だがその感覚がほとんどない。
「よかった……使えるもの渡せてよかった」
「じゃ、今度からお前の仕事にこれ追加な」
「えっ!?」
「お前が渡したんだから責任持って使えよ! やる時は言ってやるからさ! きゃっはははははははは!」
「あ、ありがとう……ルチアーノたそ……」
聖なる夜。大人になれない者たちに、ただ日常的な贈り物が届く。
「ケーキ買ってきた?」
「高いから買ってない……」
「買ってこいよ! あーんしてやるから」
「えっ?!」
「ほら、あーん!」
「うれしい…………ルチアーノたその髪の毛ケアさせてもらえた上にあーんしてもらえるなんて……死ぬ?」
「キャパシティ小さすぎだろ! キャッハハハハハ!」
戻るとルチアーノがつまらなさげに椅子に座っている。***はその姿を見て、手に持ったものに余計自信がなくなり、手が震え出す。しかしそれでも渡そうと、外の空気で冷えた腕を動かし、彼の目の前に差し出した。
「クリスマスプレゼント用意したんだ。もしよかったら、受け取ってほしい。大したものじゃないけど……」
「ふーん? まあもらってあげるよ」
ルチアーノの幼い手に、シンプルなブルーの紙袋が渡る。口の部分はこれまた青いリボンがついたシールで留めてある。ルチアーノがそれを開けると、中には、ヘアブラシとスプレーが入っていた。
「もう持ってるかもしれないけど……。ルチアーノたその髪って、ウィッグと同じ素材でできてそうだから、専用の保護スプレーも一緒に買ってみたんだ」
ヘアブラシはヘッドが大きく、柔らかい毛がたっぷり生えている。スプレーは洗練されたデザインで大量に使うことを想定していない。恐らくどちらも高価なものだ。それでもアクセサリーなどと比べれば安いだろうが、***のささやかな収入の中で奮発したのだろうと、ルチアーノは察する。
「ルチアーノたそは今の時代よりずっと良い素材でできてるだろうけど、どうしても消耗はしていくだろうから、それを防げたらいいなと思ってこれにしたんだ。指の方がそういうの顕著かなとも思ったんだけど、手袋は普段つけられないし……。でも髪なら一回スプレーしとけばしばらく効果続くから、いいかなって」
***の読みは当たっていた。全身が人工物でできている彼らは、人間のように活動していれば代謝して表皮が新しくなるということはない。定期的に素材そのものを交換する必要がある。そのため劣化を防ぐというのはかなり実用的な視点だ。特にルチアーノに関しては、その長い髪がたなびくことも多いため、摩擦で痛む可能性も高い。
「お前にしちゃ良いもの持ってきたじゃん。でもこれ、お前が僕の髪触りたいだけなんじゃないの? キャハハハハハハハ!」
「ちょ、違うよ……っ! ルチアーノたそが自分でケアするのに使えるかなって思っただけで……!」
「でもそこまで考えてるなら、使ってやらないのも野暮じゃない? 僕なんて髪長いから面倒なんだよ、お前がやればいいじゃん。えへへへへへ!」
「いっ……いいの?」
「いいって言ってるだろ」
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
***が椅子の後ろに回り、袋状の布で留めたルチアーノの髪を背もたれに持ってくる。長く、量も多い髪は、両手で持ってもずっしりと重い。
(ルチアーノたその髪の毛……)
今までも膝の上に座ってくる際に、不意に触れるようなことはあった。だがこんなにちゃんと触ったことなどない。当たり前だ、髪をわざわざ触るなど、よほど親密な関係でなければ許されない。
「…………」
緊張と歓喜で勝手に喉が鳴る。ルチアーノの髪。ルチアーノの最大の特徴。ワインレッドの滝のような毛髪。極めて遠慮した手つきで髪留めを外して、背もたれにゆっくり下ろすと、シルクの布がかかったように広がった。
「じゃあ……スプレーするね」
「ん」
脚をゆらゆらさせ始めたルチアーノが簡単に返事をする。体が揺れるのに合わせて、髪も少し動く。
とりあえず全体にスプレーを噴く。髪の保護を目的としているため、人間がするように痛みやすい毛先だけということはないだろう。それが終わると、ブラシでなじませていく。まずは毛先だけ手に取り、先の絡まりをほどく。
ルチアーノが痛くなってはいないか、不快になってはいないか、痛覚がないぐらい知っているのに考えてしまう。化学繊維でできた毛先は、軽くブラシを当てるだけで素直に元の直線に戻る。毛先の感触はこちらをくすぐってきているようで、まるで彼自身のように感じる。
続いて中ほどに進む。精巧にできた人工毛は、ほとんど人間の髪と見た目も触り心地も変わらない。しかし、なにか、コシのような部分が違うように感じる。人間の髪はダメージで表面に凸凹ができるが、神によって造られた髪は、付け根から先まで一定で、整った手触りが続く。だが傷まないわけではない。物理法則の中に存在している限り、どんなものでも擦れて摩耗していく。ライディングデュエルで細かな石や砂をかぶることもあるだろう。そうすれば途中で切れたり、絡まる原因になる。実際見ていると、真っ直ぐ伸びきった髪の中に、長さの違う髪が多少混ざっている。
彼の機械性だけが好きなわけではない。人間性だけが好きなわけではない。しかしこうして人間と同じような瑕疵があるのを見ていると、愛しさが増していく。
「……」
ふとルチアーノの動きが止まった。***はゆらゆらするのに飽きたのだろうと思ったが、ルチアーノの気持ちは違った。
(なんか落ち着く)
他者に髪を丁寧に触られることなど今まで一切なかった。まるで宝飾品に触れるかのように手入れされて、自然と落ち着いていく。
ブラシが通る場所が変わり、襟足から全体を流れていく。ゆったりした動きに、思わず目を閉じた。
────アポリアとしての記憶が蘇る。小さい頃から、パパかママに髪をといてもらうのが好きだった。優しく撫でられながらブラシが通ると、すごく安心した。
そうしている内にブラシが頭頂から毛先まで撫でるようになり、より動きの間隔が伸びる。丁寧にほどかれた髪を、大きなヘッドの毛が、滞りなく流れていく。柔らかな毛は頭皮に当たっても嫌な刺激がなく、ただただ、心地良さに集中させてくれる。大切にされているという感覚、それこそが、何よりも平穏な気持ちにさせる。
やたらと何度もといてくるのが***の私欲か、必要だからやっているのかは分からないが、どちらでもいいと思った。たまには────そう、良い子にはプレゼントがもらえる日ぐらいは、もうしばらくこのままがいいと思った。
「…………」
部屋には、ブラシが髪をとく、軽やかな音だけが響く。今この瞬間、***も、ルチアーノも、確かに幸福であると言えた。
「はい、終わったよ」
ルチアーノが存分に感触を享受できた頃、***の声が降った。
「髪留め戻しといてね」
「あっ、うん」
命令したルチアーノの声は、珍しく溌剌としたものではなく、掠れて穏やかなものだった。彼を知らない人が聞けば不機嫌なのだと判断したかもしれない。自分の後ろで***が恐る恐る髪留めに毛先を戻しているのを感じながら、ルチアーノは余韻を味わう。
「で……できた。ごめんうまく入ってないかも……」
「いや、できてるよ」
椅子から降りつつ、ルチアーノは一応髪先を確かめる。ちゃんと留まっている。そして、髪が動く時の滑らかさが違う。
「どう? スプレーの効果出てる?」
「確かに、保護できてる感じあるね」
彼のように髪を一つに束ねる髪型をしていると、大抵内側の髪が乱れて絡まり始める。だがその感覚がほとんどない。
「よかった……使えるもの渡せてよかった」
「じゃ、今度からお前の仕事にこれ追加な」
「えっ!?」
「お前が渡したんだから責任持って使えよ! やる時は言ってやるからさ! きゃっはははははははは!」
「あ、ありがとう……ルチアーノたそ……」
聖なる夜。大人になれない者たちに、ただ日常的な贈り物が届く。
「ケーキ買ってきた?」
「高いから買ってない……」
「買ってこいよ! あーんしてやるから」
「えっ?!」
「ほら、あーん!」
「うれしい…………ルチアーノたその髪の毛ケアさせてもらえた上にあーんしてもらえるなんて……死ぬ?」
「キャパシティ小さすぎだろ! キャッハハハハハ!」
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