ショートショート


 隣の席から、ふぅーと長く息を吐くのが聞こえた。
 ペンを置く音、引き出しを探る音、眼鏡を置く音。
 三木がそちらに目をやると、仰のいた神在月が、自分の顔の上に目薬を構えている。
 一滴、素早くもう一滴。
 何千回と繰り返された儀式。狙いをたがわない手つきは、鮮やかだ。
 仰のいたまま目を閉じて、目薬の蓋を締めて机に置くと、神在月は両手で目頭の辺りを押さえた。
 その姿を三木が眺めて三十秒ほど、再び長く息を吐き、神在月は両手を外して顔を下げた。ティッシュを取ると目の辺りを軽くふき取る。
 眼鏡を手にしたところで、三木は呼んだ。
「シンジ」
 潤ったばかりの瞳が三木を向いた。
——くそ、顔が良い
「…休憩にするか」
「いや、だいじょうぶ、続ける」
「ん、わかった」
 表情のない声。集中モードは途切れずに済んでいるようだ。眼鏡をかけて漫画家は再びペンを執る。
 この後、二十分もしたら、また口を動かさずにはいられないターンが来るだろう。
 そこに備えることにして、今はただきりっとした横顔を見つめ、三木も自分の作業に戻るのだった。

10/10ページ