神ミ真ん中BD
サカサカとしたペンの音が止まる。
神在月は原稿用紙上に描いた自分の描いた線をじろりと追い、別のページの原稿を手に取ってベタの塗りを確認すると、長めの息を吐いた。チラリと時計を見てから、隣の席に体ごと向く。
「はい、じゃあ今日はここまでです。ありがとうございました」
「はい、お疲れ様でした」
「ふーーー、ミッキー今日もありがとー」
堅苦しく挨拶を交わした後に、一気に気が緩んで神在月はもう一度アシスタントに入った三木に礼を言った。感謝の万歳のような体勢から、そのまま伸びをして「あ、今日の分」と引き出しから封筒を取り出して三木に渡す。予定時間で終わらせたので、あらかじめ用意してあったまま渡せた。
中を確認して軽く捧げるように持ち上げた三木の表情はどこか浮かない。
「また後で作業するんだろ? 俺もそのまま入れるけど」
「んー、まあそうなんだけど」
神在月は迷うような声を出しながら、三木を見つめた。白めの肌が、今日は日中の仕事の影響でうっすら赤くなっている。
「ミッキー、前の仕事からそのままうち入ってくれただろ? まずメシ食べてからにしよう。食べてくよね?」
声かけに、三木はまだ納得してなさそうだが頷いた。
神在月も頷き、冷凍ご飯とレトルト丼かなと呟くと、三木が先にキッチンに立ってしまう。慣れた動きで冷蔵庫から冷凍保存した飯を取り出すと、電子レンジにかけた。温めている間に片手鍋に水をいれると、こちらは火にかける。
並んで作業するには狭いので、神在月は部屋の入り口辺りから手持ち無沙汰の状態で三木を見ていた。
日に焼けているのは、顔や腕だけではない。傷跡の残るうなじも赤い。
今日の日中は、プールの監視員の仕事だったと聞いている。その言葉に神在月の記憶が刺激された。
ずいぶん昔のことだ。やはり暑い季節だった。
神在月はデビューにほど遠い状況で、自分でもできそうなバイトを探していた。
短期の仕事をいくつもかけもちしている三木も、慌てる必要はなくとも次の目星をつけるべくバイト情報を見ていた。
二人で並んでそれぞれに情報誌をチェックしながら、神在月は目についたものをなんとなく声に出した。
「ミッキー、今だったらプールの監視員とかいいんじゃない?体力はあるんだし、時給いいよ」
いつもならすぐ来る反応がなくて、神在月は紙面から顔を上げて三木を見た。
何かをこらえるようにかすかに寄せられた眉間。神在月の視線に気付いた途端、そのしわは解かれたが、返事は「そうだな」と気乗りしないものだった。
「あれ、えっと、泳げなかったっけ?」
高校でプールの授業はなかった。一緒に海やプールに遊びに行ったこともない。ただ三木なら体を動かすことは何でもできるだろうという思い込みがあった。だから、まさかの可能性が思わず口をついてしまったのだが、それに対して三木は「いや…」と曖昧に返事をして軽く目をそらす。
「外のプールだと、日焼けきついし」
「…そっか、ミッキー色白いもんね」
反射的に、嘘の理由だと思った。だが神在月は重ねて追求せず、誤魔化されたままにしておいたのだった。
今日の三木のアシスタントは三木からの打診だった。昼間に仕事があるので、夜に多少入れるからと。まだ締め切りまで間があり神在月の作業があまり進んでおらず、手伝ってもらうことは多くないのだが、神在月は喜んで迎え入れた。
そして現れた三木は日焼けしていて、今日の仕事がプールの監視員だったと明かしたのだった。
昔のことを思い出し神在月は驚いた。三木の何かが解消できたのだろうかと想像する。
今日の作業中は、特にせき立てられることはなかった。余裕のある日に来てくれたのも、作業の前後に物思わしげな様子なのも、何か話したいことがあるのかもしれないと期待する。
神在月はそわついて、三木の隣に寄った。
三木はほかほかのご飯を器に移して、丼の具のレトルトパウチを電子レンジに入れた。それから椀にフリーズドライの味噌汁を入れて沸いた湯をそそぐ。その傍らで神在月はグラスを二つ取って水を注いだ。
「ミッキー」
呼んで振り向いた顔を覗き込む。
「…今日はもうのんびりしよっか」
何か打ち明けてくれるのでも、語らずともただ過ごしてもらうのでも、三木の心が安まるのであればいい。
そう考えて告げたのに、三木の瞳が捨てられたように怯えたのに気づき、神在月は目を見開いた。
神在月は原稿用紙上に描いた自分の描いた線をじろりと追い、別のページの原稿を手に取ってベタの塗りを確認すると、長めの息を吐いた。チラリと時計を見てから、隣の席に体ごと向く。
「はい、じゃあ今日はここまでです。ありがとうございました」
「はい、お疲れ様でした」
「ふーーー、ミッキー今日もありがとー」
堅苦しく挨拶を交わした後に、一気に気が緩んで神在月はもう一度アシスタントに入った三木に礼を言った。感謝の万歳のような体勢から、そのまま伸びをして「あ、今日の分」と引き出しから封筒を取り出して三木に渡す。予定時間で終わらせたので、あらかじめ用意してあったまま渡せた。
中を確認して軽く捧げるように持ち上げた三木の表情はどこか浮かない。
「また後で作業するんだろ? 俺もそのまま入れるけど」
「んー、まあそうなんだけど」
神在月は迷うような声を出しながら、三木を見つめた。白めの肌が、今日は日中の仕事の影響でうっすら赤くなっている。
「ミッキー、前の仕事からそのままうち入ってくれただろ? まずメシ食べてからにしよう。食べてくよね?」
声かけに、三木はまだ納得してなさそうだが頷いた。
神在月も頷き、冷凍ご飯とレトルト丼かなと呟くと、三木が先にキッチンに立ってしまう。慣れた動きで冷蔵庫から冷凍保存した飯を取り出すと、電子レンジにかけた。温めている間に片手鍋に水をいれると、こちらは火にかける。
並んで作業するには狭いので、神在月は部屋の入り口辺りから手持ち無沙汰の状態で三木を見ていた。
日に焼けているのは、顔や腕だけではない。傷跡の残るうなじも赤い。
今日の日中は、プールの監視員の仕事だったと聞いている。その言葉に神在月の記憶が刺激された。
ずいぶん昔のことだ。やはり暑い季節だった。
神在月はデビューにほど遠い状況で、自分でもできそうなバイトを探していた。
短期の仕事をいくつもかけもちしている三木も、慌てる必要はなくとも次の目星をつけるべくバイト情報を見ていた。
二人で並んでそれぞれに情報誌をチェックしながら、神在月は目についたものをなんとなく声に出した。
「ミッキー、今だったらプールの監視員とかいいんじゃない?体力はあるんだし、時給いいよ」
いつもならすぐ来る反応がなくて、神在月は紙面から顔を上げて三木を見た。
何かをこらえるようにかすかに寄せられた眉間。神在月の視線に気付いた途端、そのしわは解かれたが、返事は「そうだな」と気乗りしないものだった。
「あれ、えっと、泳げなかったっけ?」
高校でプールの授業はなかった。一緒に海やプールに遊びに行ったこともない。ただ三木なら体を動かすことは何でもできるだろうという思い込みがあった。だから、まさかの可能性が思わず口をついてしまったのだが、それに対して三木は「いや…」と曖昧に返事をして軽く目をそらす。
「外のプールだと、日焼けきついし」
「…そっか、ミッキー色白いもんね」
反射的に、嘘の理由だと思った。だが神在月は重ねて追求せず、誤魔化されたままにしておいたのだった。
今日の三木のアシスタントは三木からの打診だった。昼間に仕事があるので、夜に多少入れるからと。まだ締め切りまで間があり神在月の作業があまり進んでおらず、手伝ってもらうことは多くないのだが、神在月は喜んで迎え入れた。
そして現れた三木は日焼けしていて、今日の仕事がプールの監視員だったと明かしたのだった。
昔のことを思い出し神在月は驚いた。三木の何かが解消できたのだろうかと想像する。
今日の作業中は、特にせき立てられることはなかった。余裕のある日に来てくれたのも、作業の前後に物思わしげな様子なのも、何か話したいことがあるのかもしれないと期待する。
神在月はそわついて、三木の隣に寄った。
三木はほかほかのご飯を器に移して、丼の具のレトルトパウチを電子レンジに入れた。それから椀にフリーズドライの味噌汁を入れて沸いた湯をそそぐ。その傍らで神在月はグラスを二つ取って水を注いだ。
「ミッキー」
呼んで振り向いた顔を覗き込む。
「…今日はもうのんびりしよっか」
何か打ち明けてくれるのでも、語らずともただ過ごしてもらうのでも、三木の心が安まるのであればいい。
そう考えて告げたのに、三木の瞳が捨てられたように怯えたのに気づき、神在月は目を見開いた。
