神ミ真ん中BD
『相棒キャラとかいると、話の盛り上げ方や説明パートで表現の選択が増えていいと思います。女の子キャラは普段描いてないんですか?』
まただった。
原稿を持ち込んだ先では、全体的に冷たい対応ではないが、決め手に欠けるような反応で、アドバイスだけもらってくる。
神在月の漫画は、読者を掴むには何かが足りていない。でもその何かがわからない。
今回提出したのも、話の流れを繋いだり主人公をサポートするキャラは側にいたのだが、どうもそういうことではないらしい。どうしたらいいかわからない。
女性キャラを描くのは、確かに苦手意識があって避けているところはあった。メインレギュラーで女性キャラを置いた方がウケがいい気はする。
「いや、どっちだって面白い関係性は作れるって」
できるなら描かずに済ませたい気持ちが表に出てしまう。言い訳の独り言が声に出た。
一人の部屋の空気に消えていった声に、むなしさが増した。動かなきゃと思っても、何の気力も湧かずに座り込む。
携帯電話がティロンと鳴った。三木からのメールだった。
『花火しないか?』
神在月は思わずその文字列をじっと見つめた。今はそんな季節ではない。
本当は、返信する気力もない。でも家にいると自分の机が目に入ってしまう。ペンやインクや資料本が置かれた机が。
『する』
最小限の返事をして、神在月はのそりと立ち上がった。
待ち合わせが初めての場所だったので、少し迷った。途中で三木に電話をかけて、案内されるまま歩いて行くと公園があった。
「こっちこっち」
招かれて、お互いに通話を切る。
「すまん、迷った」
「いや、こっちこそ花火OKの場所がわからなくて、慣れないところにしちまったから」
バケツは用意されていた。花火はよくある手持ちのセットが一袋。
「おもちゃ屋の在庫整理の仕事に入ったら、何年も売れ残っていた花火があってさ、使用期限も近いし、今シーズンも売れ残ったから、どう?ってタダみたいな値段で買えた」
「そうなんだ…」
受け答えの気力もなく、ぼそぼそとした声になる。
差し出された袋から、何も考えずに触れた花火を一本取る。三木も一本取り出して、神在月の分から順にライターで火を付けてくれた。
先端のひらひらした部分がじわりと燃え、小さく火花が出始め、そこから急速に激しさを増した。
夜目が利く目にはまぶしい燃焼。じっと見ていたら、目に焼き付いてしまいそうだ。
花火が花火である時間は、ごく短かった。火花が減り、ただの炎となって、持ち手の軸だけになるあたりで燃え尽きる。
神在月は無言で次の一本を取り出す。三木は何も言わずにまた火を付けてくれた。
まだ遅くない時間で、たまに近くを人が通っていく。夏でもなく、無言の男二人が花火をしている様は、奇異に映っていることだろう。だが、今の神在月にはどうでもよかった。
手持ち花火の、力強くまっすぐに炎と火花が出る時間が好きだった。
宇宙空間の飛行体でもロボットでも、重力制御装置など外観に影響しない飛び方もいいものだが、ロケット噴射は理屈ではない興奮がかき立てられる。花火は、そうした発射や加速時のわくわくした気持ちを思い起こさせる。
今でも好きなはずだ。しかし、花火を見つめる中で、わくわくした感情は湧いてこなかった。好きという感情も、そうだと自覚しているのに、どこか人ごとのように感じる。
感情の表現を見失っているうちに、存在そのものがあやしくなってきてしまった。
三木もずっと無言のままだ。原稿を手伝ってもらったので、そろそろ持ち込みにいったことは予想がついてるだろう。その結果も。
花火を点けて消えてはまた次を点けて、と繰り返していたら、あっという間に残りは線香花火だけとなった。
二人でしゃがんで、線香花火を灯す。
ずっと無言でいるので、夜の公園の静けさに細かな火花の咲く音は、耳をそばだてずともよく聞こえた。
ロケット噴射を思わせる激しさはないが、核とも言うべき燃えさかる火薬の玉は、剥き出しにされた魂を思わせる。
筋力の足りなさで神在月の手元は安定しないのだろう。まだ松葉のような火花が散り散りと舞う途中で、ぽとり、と赤い玉が落ちた。
まぶたの内側が熱くなる。視界がぼやける。
自分はこんな、線香花火もまともに持てない存在だ。
火種の落ちた線香花火を持ったままじっとしていたら、自分の分が終わった三木が、神在月のも取り去って水につけると、新たな一本を神在月に持たせた。
再び灯された線香花火が、激しく花のように咲き始める。
だが、さきほどよりも手が震えてしまう。きっとまた、途中で落下してしまう。
じわりと目元が濡れていく。
「シンジ」
呼び声にびくりとした途端に、火種が落ちた。
唇が震える。しゃがんでいられなくなって、尻餅をついた。
再び手元の軸を取られて、新しい花火を持たされる。
「もう」とか「また」とか文章にはならない声を吐いて、首を横に振る。それでも火は灯された。
怯える視線の先に、三木の線香花火が近づけられる。
かすかに細かな振動をしている火種同士が近づいて、触れた途端に溶け合った。
「シンジが落ちるなら、俺もついてって守るから」
神在月は顔を上げて三木を見た。
笑いもせず無表情で見つめ返す視線にぶつかる。
溶け合って一つになった火種は、重さに耐えきれずに先ほどより早く落ちた。
土の上でしばらく熱を湛えたまま赤く光っていたのだった。
まただった。
原稿を持ち込んだ先では、全体的に冷たい対応ではないが、決め手に欠けるような反応で、アドバイスだけもらってくる。
神在月の漫画は、読者を掴むには何かが足りていない。でもその何かがわからない。
今回提出したのも、話の流れを繋いだり主人公をサポートするキャラは側にいたのだが、どうもそういうことではないらしい。どうしたらいいかわからない。
女性キャラを描くのは、確かに苦手意識があって避けているところはあった。メインレギュラーで女性キャラを置いた方がウケがいい気はする。
「いや、どっちだって面白い関係性は作れるって」
できるなら描かずに済ませたい気持ちが表に出てしまう。言い訳の独り言が声に出た。
一人の部屋の空気に消えていった声に、むなしさが増した。動かなきゃと思っても、何の気力も湧かずに座り込む。
携帯電話がティロンと鳴った。三木からのメールだった。
『花火しないか?』
神在月は思わずその文字列をじっと見つめた。今はそんな季節ではない。
本当は、返信する気力もない。でも家にいると自分の机が目に入ってしまう。ペンやインクや資料本が置かれた机が。
『する』
最小限の返事をして、神在月はのそりと立ち上がった。
待ち合わせが初めての場所だったので、少し迷った。途中で三木に電話をかけて、案内されるまま歩いて行くと公園があった。
「こっちこっち」
招かれて、お互いに通話を切る。
「すまん、迷った」
「いや、こっちこそ花火OKの場所がわからなくて、慣れないところにしちまったから」
バケツは用意されていた。花火はよくある手持ちのセットが一袋。
「おもちゃ屋の在庫整理の仕事に入ったら、何年も売れ残っていた花火があってさ、使用期限も近いし、今シーズンも売れ残ったから、どう?ってタダみたいな値段で買えた」
「そうなんだ…」
受け答えの気力もなく、ぼそぼそとした声になる。
差し出された袋から、何も考えずに触れた花火を一本取る。三木も一本取り出して、神在月の分から順にライターで火を付けてくれた。
先端のひらひらした部分がじわりと燃え、小さく火花が出始め、そこから急速に激しさを増した。
夜目が利く目にはまぶしい燃焼。じっと見ていたら、目に焼き付いてしまいそうだ。
花火が花火である時間は、ごく短かった。火花が減り、ただの炎となって、持ち手の軸だけになるあたりで燃え尽きる。
神在月は無言で次の一本を取り出す。三木は何も言わずにまた火を付けてくれた。
まだ遅くない時間で、たまに近くを人が通っていく。夏でもなく、無言の男二人が花火をしている様は、奇異に映っていることだろう。だが、今の神在月にはどうでもよかった。
手持ち花火の、力強くまっすぐに炎と火花が出る時間が好きだった。
宇宙空間の飛行体でもロボットでも、重力制御装置など外観に影響しない飛び方もいいものだが、ロケット噴射は理屈ではない興奮がかき立てられる。花火は、そうした発射や加速時のわくわくした気持ちを思い起こさせる。
今でも好きなはずだ。しかし、花火を見つめる中で、わくわくした感情は湧いてこなかった。好きという感情も、そうだと自覚しているのに、どこか人ごとのように感じる。
感情の表現を見失っているうちに、存在そのものがあやしくなってきてしまった。
三木もずっと無言のままだ。原稿を手伝ってもらったので、そろそろ持ち込みにいったことは予想がついてるだろう。その結果も。
花火を点けて消えてはまた次を点けて、と繰り返していたら、あっという間に残りは線香花火だけとなった。
二人でしゃがんで、線香花火を灯す。
ずっと無言でいるので、夜の公園の静けさに細かな火花の咲く音は、耳をそばだてずともよく聞こえた。
ロケット噴射を思わせる激しさはないが、核とも言うべき燃えさかる火薬の玉は、剥き出しにされた魂を思わせる。
筋力の足りなさで神在月の手元は安定しないのだろう。まだ松葉のような火花が散り散りと舞う途中で、ぽとり、と赤い玉が落ちた。
まぶたの内側が熱くなる。視界がぼやける。
自分はこんな、線香花火もまともに持てない存在だ。
火種の落ちた線香花火を持ったままじっとしていたら、自分の分が終わった三木が、神在月のも取り去って水につけると、新たな一本を神在月に持たせた。
再び灯された線香花火が、激しく花のように咲き始める。
だが、さきほどよりも手が震えてしまう。きっとまた、途中で落下してしまう。
じわりと目元が濡れていく。
「シンジ」
呼び声にびくりとした途端に、火種が落ちた。
唇が震える。しゃがんでいられなくなって、尻餅をついた。
再び手元の軸を取られて、新しい花火を持たされる。
「もう」とか「また」とか文章にはならない声を吐いて、首を横に振る。それでも火は灯された。
怯える視線の先に、三木の線香花火が近づけられる。
かすかに細かな振動をしている火種同士が近づいて、触れた途端に溶け合った。
「シンジが落ちるなら、俺もついてって守るから」
神在月は顔を上げて三木を見た。
笑いもせず無表情で見つめ返す視線にぶつかる。
溶け合って一つになった火種は、重さに耐えきれずに先ほどより早く落ちた。
土の上でしばらく熱を湛えたまま赤く光っていたのだった。
