ミキ誕2025

 作業の手を止めて、大きく息を吐き、時計を見ると零時をとっくに回っていた。
 零時を回っている。つまり日付を越えている。今日については、月も越えている。
「うばぁ…」
 神在月シンジは呻いた。
 まだ大丈夫。寝るまでは今日。幾度となく繰り返す言い訳。
 大丈夫。この作業は朝までの予定分。ちゃんと納まっている。…多少遅れてはいるけれど。
 それに大丈夫。月締めのものは確認した。なんなら月半ばのものも、もう一度確認した。毎月のバタバタに心がぐったりする。
 でも、大丈夫。今月は、五月になるこの月は嬉しい日で始まるから。

 神在月はスマホを手に取った。メッセージアプリを起動する。宛て先は三木カナエ。
 少しの間迷ってから、シンプルな文を売った。
「誕生日おめでとう」
 続けて誕生日ケーキのスタンプ。
 更に「おめでとう」の文字入りのヤギイラストのスタンプ。
 迷った割に、どれも同じことしか言っていない。「センスは?」と内なる自分が問うてくるが、伝えたいことを詰め込んだから、これでいいのだ。
 なんとなくそのままスマホを手で弄んでいると、すぐに返信がきた。
『ありがとう』
 こんなに早く返信が来るなんて、忙しい彼も今は仕事中ではないようだ。
 通話してみようかと思ったが、去年の終わりころから三木はマンションの隣人たちとすっかり仲良くなって、夕飯も一緒にとる生活だ。隣人の一人は吸血鬼だから、活動は夜型。三木が休みなら、もしかしたら今も一緒に過ごし、お祝いしてもらっているのかもしれない。
「パーティー中?」
『ああ』
予想した返事がきた。では会話は続けられない。少し空いた間に、向こうから続けてメッセージが来る。
『いつも、ありがとう』
 いつも。
 高校で知り合ってから、毎年誕生祝いの言葉は欠かしたことはない。生まれたばかりの子が成人するほどの長い年月。祝福を積み重ねてきた。零時にぴったり、なんてことはしなかったけど、いつだったか「お前が一番早かった」と言われた年もあった。
 ただ、三木が実家暮らしの時期も長かった。お互い、四月三十日に深夜の仕事を詰めているのも珍しくなかった。だから一番に祝えない方が通常だ。
 とはいうものの、今年はどことなく違う。
 このスマホの向こうで、親しい人たちにお祝いを受けている三木がいる。
『いつも、ありがとう』の文字を見ながら、神在月は自分の胸の内を静かに探る。
 寂しさがあるのは間違いない。それから誤魔化しがないか何度も確認して、嬉しさが勝っているという結果が出た。

 三木が、自分の誕生日に時間を空けて、親しい人たちに囲まれ祝われている。

 嬉しい。嬉しいことに安堵して、顔がにやついてしまう。
 そこに再び、三木からメッセージが来た。
『今日、行っていいか?』
『夕方くらい』
『顔見るだけ』
 神在月は軽く目を見開いて、すぐに「もちろん」と打ち返す。クラッカーのスタンプをつけたのは、歓迎のつもりだったが、三木には意味不明だったかもしれない。
『行く前に連絡する』
「うん、じゃ、また夕方」
『またな』
 神在月からの返事は止めて、そこで会話は終了した。
 またにやけそうになるのを、今度は自制する。
 顔を見るだけとは言っていたが、この日に二人だけの時間を持ったことなど数えるほどしかない。
 周囲に祝福されているのを喜ぶのとは、別の喜び。
「…参っちゃったなあ」
 口元を押さえながら、独り言。
 しばらくじっとそのままでいて、口角の上がりが落ち着くのを待つ。よし、と小さく呟いた。
 今日という日に、万全の体制で三木を迎えられるように、神在月は再び原稿に向かうのだった。
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