Wish upon a star
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夏の夜の空気は微かに甘い。
その匂いを嗅ぐと、なにかがオレから逃げ出していくような気がする。実際はなにも逃げていないし、失くしてもいないのに。落ち着かない焦燥感は喉に張り付いて、オレを急き立てる。
「クリオネちゃんすげー」
さっきまで降っていた雨でまだ湿った土の上。オレのお気に入りのヴァンプローファーは週末に磨いたばかり。滑らかな漆黒の革の表面に夜光虫みたいな青みがかった光がさっきから休む間もなく反射している。
オレたちの願い星を持って鈍色の幕に覆われていた空に向かって飛んだクリオネちゃんが雷雲を吹き飛ばしたらしい。意味わかんねぇ。でも面白い。願い星が空から、すごい速さでいくつもいくつも降ってくる。
空を見上げるオレたちの髪にも、肌にも、制服にも、目がチカチカするひかりが滲みていく。
重怠い抵抗感が鰭には心地よい海底から上がって二本の脚を生やして丁寧に靴下と靴まで穿いて地上で生きてるオレらもまぁすげーけど、地上から宇宙まで行っちゃうクリオネちゃんってもっとすごくね?ちょっと羨ましい。楽しそう。
沖に上がって見上げた空よりももっと近くなった空から、白い閃光が降り注ぐ光景は馬鹿みたいで、嘘みたいで、こんな光景が見られるんだからやっぱりアズールについて来て正解。やっぱりアズールは面白い。いつだってオレに、この星みたいにきらっきらした面白いものを見せてくれる。
「この天体ショー……無償とは惜しすぎる!」
「アハッ」
当の本人はその面白いものが常用利用できなかったことに落胆してるみたいだけど。薄い唇の向こうでブツブツと、もう手遅れだっていうのに得られたはずの利益の計算なんかしててオレは吹き出してしまった。こういうところも、面白い。
雨のせいですこし乱れた銀色の髪が、星のひかりを吸ってきらきらしながら眼鏡のフレームに一筋落ちた。
レンズで覆われた瞳の下に伸ばされたコンシーラーは、いつもの色より少し濃い。元々色素の薄い人魚のオレらだけど、アズールの頬がオレが知ってる色より透度を上げているのは、降り続ける星のひかりのせいじゃない。
オレとジェイド以外は気付かないだろうけど、アズールはまだ全快じゃないから。あんなにやわらかいタコちゃんだったのに、すっかり薄っぺらくなった身体は、魔力を暴走させたことのダメージを残している。意味のない浅い呼吸とか、ふと虚ろに逡巡する視線とか。そういう、アズールをよおく見てるオレらじゃなきゃ分かんないところに。
「笑ってなさい。次の機会があったら絶対に逃しませんから」
「クリオネちゃんとホタルイカ先輩に来年もやってーって頼んでみたら?」
「来年の気象条件が今夜と同様のものになることは、それこそ奇跡かも知れませんねえ」
オレとジェイドの声は無視されて、アズールは気を取り直すようにフレームに落ちた髪を耳にかける。
いつものアズール。適当なことを言うオレと、適当な相槌を打つジェイド。いつものオレたち。大丈夫、ちょっと疲れているだけ。もう数日もしたら、すっかり全快して、うるさくて面白くてがめついアズール百パーセントに戻るはず。
それなのに。
アズールは流星群を見上げて、眩しそうに、遠くを見た。空の遠いところ。星明かりのもっとその先、ずっと奥にあるなにかに呼ばれてるみたいに。空色の瞳孔の芯が弛んで、ぼんやりと膜を張ったみたいな色をもつ。ここは海じゃないのに。オレたちは溺れられない人魚なのに。誰にも知られず、静かにゆらりゆらりと昏い海の底に沈んでいく生きものみたいな目の色。
それを見たらまた、イライラと落ち着かない焦燥感がうまれて喉の奥がぐっとなった。
喉の粘膜が乾いていくみたいな。張りついたそれを飲み込みたいような、でも飲み込んだら胃から溢れ出して、オレまでそれに溺れてしまう気がするような。
「綺麗ですね、本当に」
小さくつぶやいた言葉は、アズールらしくない輪郭の曖昧な音色で、泥濘んだ土に滲みるように消えたから。
どっかに行っちゃいそう。またアズール一人で。
そう思った途端、オレの焦燥感とイライラは限界を越えた。
また一人で遠くに行っちゃうくらいなら、いまここで締めて、齧って、どこにも行けないようにしてやろうか。不安と苛立ちは流星群の下でぐちゃぐちゃに混ざって、本能的な衝動に変わる。
靴底にぬめりを感じて、爪先が弾いた泥濘の一雫が磨いたばかりのローファーを汚した。
一歩、アズールに近付く。アズールはまだ気付かない。いつもなら、人一倍殺気に敏感なタコちゃんなのに。
もう一歩、踏み出そうとした。でもオレの視界の端に、オレの意識を削ぐ奇妙なものが映って。
「……ジェイド、なにしてんのぉ?」
「ひえ、ほれあへほひへひは」
「なんて?」
片割れは、星を降らせる空に向かって大きく口を開けていた。すんげえ間抜けなツラ。Aの字に開いたまま喋るから、なに言ってるのか全く分からない。なに、ほんと。まさか星に求愛でもしてんの。
「失礼しました。いえ、あれだけたくさん降っているので、ひとつくらい落ちてこないかと」
「……いや、それでなんで口?」
「どんな味か、気になりませんか?」
「……腹減ってんの?さっき食ったばっかじゃん」
オレの呆れた声なんて気にした様子もなく、片割れはまた空に向かってでっかく口を開ける。
パチパチ弾けたら面白いですよね、とか訳わかんねーこと言うアホみたいな横顔を見ていたら、さっきまで沸き立っていた苛立ちも焦燥もしゅるしゅると萎えてきた。ジェイドはやべーやつでアズールと同じくらい面白いやつだけど、空腹のときはちょっと馬鹿になる。
アズールもいつの間にかオレらに顔を向けて、オレ以上に呆れた顔してため息をはいていた。
レンズの向こうの瞳は、流星群の光も弾くはっきりとした輪郭の空。いつものアズールだ。
みっともないから口を閉じろ、とアホ面の長身に冷たく言い放つ。
……なんかオレ一人でイライラしてんのがバカみたい、つーか、飽きた。
「ねえージェイド。落ちてきたらオレにも分けてよ」
「やはりフロイドも味が気になりますか?」
「食わねーって。オレはねぇ、新しい靴の飾りにすんの」
「おや、願い星に書いた……」
「そっ」
流星の勢いが、さっきより少し鈍くなっている。
もうすぐこの儀式が終わるみたいだ。まだ星は落ちてこない。また口を開けるジェイドの顎を掴んで、有無を言わせず強引に閉じさせたアズールが大きく肩を落としてわざとらしい呆れたため息をもうひとつ。
「お前たち子供みたいな会話を」
「これだって子供だましのお祭りでしょー」
「まあそうですが。でもなんで靴なんだ?」
「だってぇ」
海のふかいところみたいな青と黒の革靴に、白くひかる六芒星はきっと似合う。歩くたびにひかりが革に染み込んで、馴染む頃にはきっと。
「星の飾りがついた靴なら宇宙まで行けそーじゃん。そしたらアズール、宇宙でモストロラウンジ2号店だしなよ」
「は?」
「珍しいからきっと客たくさんくるよ」
「……ふっ、はは、ははは……!!」
オレの言葉にぽかんとしたのは一瞬で。アズールは肩を震わせながら笑った。
「人魚が宇宙でやる飲食店なんて…ふっふふ…なんだそれは……ふふっ、ははは……」
なんかよく分かんないけど、ツボに入ったらしい。目尻から涙まで流して、ひたすら笑っている。
えー、そんなの反則じゃね?さっきとは違う、もっと甘くて熱っぽい衝動がオレの喉に張り付く。アズールはそんなオレの気も知らないで、指先で涙を拭いながら笑い続ける。楽しそう。
─あー、かわいいだめだもう。
また本能がオレの爪先を動かした瞬間。
ぐーーーーーーぎゅるるるるるるる
とバカでかい間抜けな音が、オレたち三人の間に響いた。
「すみません、限界です」
ジェイドが片手で腹を、もう片手で口を押さえながら、ぺこりと頭を下げる。
お前、食べたばかりだろう、とオレと同じセリフを言って呆れるアズールに、照れたように微笑むジェイド。降り注ぐ流星群に、ぎゅる、ぎゅる、と色気も情緒もないバックグランドノイズ。
オレの甘怠い衝動は、まーたしゅるしゅると萎えていく。
「あはっ」
オレはなんか分からないけど無性に楽しい気分になってきた。腹の虫を鳴かせ続ける片割れと、呆れを通り越してちょっと引いてるアズールの肩に一本ずつ腕を乗せて、ぎゅっと締めた。
アズールがぐえ、と情けない声を出したけど、聞こえないフリ。
「やっぱジェイドとアズールってサイコー!!」
オレの声に、他の生徒のわっという歓声と拍手がかぶる。
クリオネちゃんの天体ショーが終わったみたいだった。
夜の色を取り戻した空を見上げると、さっきまでの流星の名残りのような白っぽい光の輪が視界に滲む。
もうすぐ、アズールはアズールを取り戻す。
うるさくて面白くてがめついアズール百パーセントに戻る。
そうしたらまたいつもみたいに、三人でたくさん楽しいことをしよう。
丁寧に靴下と靴を履いた六本で、たまに八本の脚と二つの鰭に戻ったりしながら、どこまでも、気ままに。
そしていつか宇宙まで行って、ジェイドは好きなだけ星を味見して、オレは星飾りをつけた靴で踊って、アズールは人魚初の宇宙への出店を成し遂げたりなんかして。
「いってぇ!」
アズールがオレの腕をものすごい力で握った。
お前がいつまでも離さないからだ、と両手をパンパンと払うアズールの顔色はいつもより白いし、時間が経ってよれたコンシーラーの向こうに薄灰の隈が滲んでいたけど。その表情は、可愛くて可愛くなくて、憎らしくて、愛しくて、やっぱり面白いアズールだったから。
今夜はアズールの部屋で眠ろうと決めて、汚れた革靴で鏡舎への道を踏み出しだ。
星を降りつくした夜の海の底は、きっとよく眠れるから。
その匂いを嗅ぐと、なにかがオレから逃げ出していくような気がする。実際はなにも逃げていないし、失くしてもいないのに。落ち着かない焦燥感は喉に張り付いて、オレを急き立てる。
「クリオネちゃんすげー」
さっきまで降っていた雨でまだ湿った土の上。オレのお気に入りのヴァンプローファーは週末に磨いたばかり。滑らかな漆黒の革の表面に夜光虫みたいな青みがかった光がさっきから休む間もなく反射している。
オレたちの願い星を持って鈍色の幕に覆われていた空に向かって飛んだクリオネちゃんが雷雲を吹き飛ばしたらしい。意味わかんねぇ。でも面白い。願い星が空から、すごい速さでいくつもいくつも降ってくる。
空を見上げるオレたちの髪にも、肌にも、制服にも、目がチカチカするひかりが滲みていく。
重怠い抵抗感が鰭には心地よい海底から上がって二本の脚を生やして丁寧に靴下と靴まで穿いて地上で生きてるオレらもまぁすげーけど、地上から宇宙まで行っちゃうクリオネちゃんってもっとすごくね?ちょっと羨ましい。楽しそう。
沖に上がって見上げた空よりももっと近くなった空から、白い閃光が降り注ぐ光景は馬鹿みたいで、嘘みたいで、こんな光景が見られるんだからやっぱりアズールについて来て正解。やっぱりアズールは面白い。いつだってオレに、この星みたいにきらっきらした面白いものを見せてくれる。
「この天体ショー……無償とは惜しすぎる!」
「アハッ」
当の本人はその面白いものが常用利用できなかったことに落胆してるみたいだけど。薄い唇の向こうでブツブツと、もう手遅れだっていうのに得られたはずの利益の計算なんかしててオレは吹き出してしまった。こういうところも、面白い。
雨のせいですこし乱れた銀色の髪が、星のひかりを吸ってきらきらしながら眼鏡のフレームに一筋落ちた。
レンズで覆われた瞳の下に伸ばされたコンシーラーは、いつもの色より少し濃い。元々色素の薄い人魚のオレらだけど、アズールの頬がオレが知ってる色より透度を上げているのは、降り続ける星のひかりのせいじゃない。
オレとジェイド以外は気付かないだろうけど、アズールはまだ全快じゃないから。あんなにやわらかいタコちゃんだったのに、すっかり薄っぺらくなった身体は、魔力を暴走させたことのダメージを残している。意味のない浅い呼吸とか、ふと虚ろに逡巡する視線とか。そういう、アズールをよおく見てるオレらじゃなきゃ分かんないところに。
「笑ってなさい。次の機会があったら絶対に逃しませんから」
「クリオネちゃんとホタルイカ先輩に来年もやってーって頼んでみたら?」
「来年の気象条件が今夜と同様のものになることは、それこそ奇跡かも知れませんねえ」
オレとジェイドの声は無視されて、アズールは気を取り直すようにフレームに落ちた髪を耳にかける。
いつものアズール。適当なことを言うオレと、適当な相槌を打つジェイド。いつものオレたち。大丈夫、ちょっと疲れているだけ。もう数日もしたら、すっかり全快して、うるさくて面白くてがめついアズール百パーセントに戻るはず。
それなのに。
アズールは流星群を見上げて、眩しそうに、遠くを見た。空の遠いところ。星明かりのもっとその先、ずっと奥にあるなにかに呼ばれてるみたいに。空色の瞳孔の芯が弛んで、ぼんやりと膜を張ったみたいな色をもつ。ここは海じゃないのに。オレたちは溺れられない人魚なのに。誰にも知られず、静かにゆらりゆらりと昏い海の底に沈んでいく生きものみたいな目の色。
それを見たらまた、イライラと落ち着かない焦燥感がうまれて喉の奥がぐっとなった。
喉の粘膜が乾いていくみたいな。張りついたそれを飲み込みたいような、でも飲み込んだら胃から溢れ出して、オレまでそれに溺れてしまう気がするような。
「綺麗ですね、本当に」
小さくつぶやいた言葉は、アズールらしくない輪郭の曖昧な音色で、泥濘んだ土に滲みるように消えたから。
どっかに行っちゃいそう。またアズール一人で。
そう思った途端、オレの焦燥感とイライラは限界を越えた。
また一人で遠くに行っちゃうくらいなら、いまここで締めて、齧って、どこにも行けないようにしてやろうか。不安と苛立ちは流星群の下でぐちゃぐちゃに混ざって、本能的な衝動に変わる。
靴底にぬめりを感じて、爪先が弾いた泥濘の一雫が磨いたばかりのローファーを汚した。
一歩、アズールに近付く。アズールはまだ気付かない。いつもなら、人一倍殺気に敏感なタコちゃんなのに。
もう一歩、踏み出そうとした。でもオレの視界の端に、オレの意識を削ぐ奇妙なものが映って。
「……ジェイド、なにしてんのぉ?」
「ひえ、ほれあへほひへひは」
「なんて?」
片割れは、星を降らせる空に向かって大きく口を開けていた。すんげえ間抜けなツラ。Aの字に開いたまま喋るから、なに言ってるのか全く分からない。なに、ほんと。まさか星に求愛でもしてんの。
「失礼しました。いえ、あれだけたくさん降っているので、ひとつくらい落ちてこないかと」
「……いや、それでなんで口?」
「どんな味か、気になりませんか?」
「……腹減ってんの?さっき食ったばっかじゃん」
オレの呆れた声なんて気にした様子もなく、片割れはまた空に向かってでっかく口を開ける。
パチパチ弾けたら面白いですよね、とか訳わかんねーこと言うアホみたいな横顔を見ていたら、さっきまで沸き立っていた苛立ちも焦燥もしゅるしゅると萎えてきた。ジェイドはやべーやつでアズールと同じくらい面白いやつだけど、空腹のときはちょっと馬鹿になる。
アズールもいつの間にかオレらに顔を向けて、オレ以上に呆れた顔してため息をはいていた。
レンズの向こうの瞳は、流星群の光も弾くはっきりとした輪郭の空。いつものアズールだ。
みっともないから口を閉じろ、とアホ面の長身に冷たく言い放つ。
……なんかオレ一人でイライラしてんのがバカみたい、つーか、飽きた。
「ねえージェイド。落ちてきたらオレにも分けてよ」
「やはりフロイドも味が気になりますか?」
「食わねーって。オレはねぇ、新しい靴の飾りにすんの」
「おや、願い星に書いた……」
「そっ」
流星の勢いが、さっきより少し鈍くなっている。
もうすぐこの儀式が終わるみたいだ。まだ星は落ちてこない。また口を開けるジェイドの顎を掴んで、有無を言わせず強引に閉じさせたアズールが大きく肩を落としてわざとらしい呆れたため息をもうひとつ。
「お前たち子供みたいな会話を」
「これだって子供だましのお祭りでしょー」
「まあそうですが。でもなんで靴なんだ?」
「だってぇ」
海のふかいところみたいな青と黒の革靴に、白くひかる六芒星はきっと似合う。歩くたびにひかりが革に染み込んで、馴染む頃にはきっと。
「星の飾りがついた靴なら宇宙まで行けそーじゃん。そしたらアズール、宇宙でモストロラウンジ2号店だしなよ」
「は?」
「珍しいからきっと客たくさんくるよ」
「……ふっ、はは、ははは……!!」
オレの言葉にぽかんとしたのは一瞬で。アズールは肩を震わせながら笑った。
「人魚が宇宙でやる飲食店なんて…ふっふふ…なんだそれは……ふふっ、ははは……」
なんかよく分かんないけど、ツボに入ったらしい。目尻から涙まで流して、ひたすら笑っている。
えー、そんなの反則じゃね?さっきとは違う、もっと甘くて熱っぽい衝動がオレの喉に張り付く。アズールはそんなオレの気も知らないで、指先で涙を拭いながら笑い続ける。楽しそう。
─あー、かわいいだめだもう。
また本能がオレの爪先を動かした瞬間。
ぐーーーーーーぎゅるるるるるるる
とバカでかい間抜けな音が、オレたち三人の間に響いた。
「すみません、限界です」
ジェイドが片手で腹を、もう片手で口を押さえながら、ぺこりと頭を下げる。
お前、食べたばかりだろう、とオレと同じセリフを言って呆れるアズールに、照れたように微笑むジェイド。降り注ぐ流星群に、ぎゅる、ぎゅる、と色気も情緒もないバックグランドノイズ。
オレの甘怠い衝動は、まーたしゅるしゅると萎えていく。
「あはっ」
オレはなんか分からないけど無性に楽しい気分になってきた。腹の虫を鳴かせ続ける片割れと、呆れを通り越してちょっと引いてるアズールの肩に一本ずつ腕を乗せて、ぎゅっと締めた。
アズールがぐえ、と情けない声を出したけど、聞こえないフリ。
「やっぱジェイドとアズールってサイコー!!」
オレの声に、他の生徒のわっという歓声と拍手がかぶる。
クリオネちゃんの天体ショーが終わったみたいだった。
夜の色を取り戻した空を見上げると、さっきまでの流星の名残りのような白っぽい光の輪が視界に滲む。
もうすぐ、アズールはアズールを取り戻す。
うるさくて面白くてがめついアズール百パーセントに戻る。
そうしたらまたいつもみたいに、三人でたくさん楽しいことをしよう。
丁寧に靴下と靴を履いた六本で、たまに八本の脚と二つの鰭に戻ったりしながら、どこまでも、気ままに。
そしていつか宇宙まで行って、ジェイドは好きなだけ星を味見して、オレは星飾りをつけた靴で踊って、アズールは人魚初の宇宙への出店を成し遂げたりなんかして。
「いってぇ!」
アズールがオレの腕をものすごい力で握った。
お前がいつまでも離さないからだ、と両手をパンパンと払うアズールの顔色はいつもより白いし、時間が経ってよれたコンシーラーの向こうに薄灰の隈が滲んでいたけど。その表情は、可愛くて可愛くなくて、憎らしくて、愛しくて、やっぱり面白いアズールだったから。
今夜はアズールの部屋で眠ろうと決めて、汚れた革靴で鏡舎への道を踏み出しだ。
星を降りつくした夜の海の底は、きっとよく眠れるから。
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