夢は夢のままでどうか
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真夜中にふと、目が覚める。
窓の外の空気の気配を辿ると、夜というよりもう朝に近い時間だった。けれど、目覚めるにはまだ早い。久しぶりに、深い眠りについていた。
微睡みの中に溶けるように。沈むように。夢を見ていたけれど、その内容はもう思い出せない。
なんとなく、気分が悪い夢だった気がする。手のひらですくい上げた水がひたひたとこぼれていくような。そんな夢。けれど夢の残滓はこうしてシーツの中でゆるりと瞬きを繰り返すうちに薄れて消えていった。
「まあ別に、どうでもいいですけど」
ミスラが小さく呟いた吐息で、ちょうど顎のあたりに在ったやわらかなチョコレート色の髪がふわりと揺れる。
「みす、ら……?」
「はい」
「ん……起きちゃったんですか?」
ミスラの腕と胸の中で規則正しい寝息をたてていた小さい生き物がもぞもぞと動いて身を起こそうとした。絡めた足に力を込めて、それを制す。まだ覚醒しきっていないらしい生き物はそのまま大人しくミスラの胸に頬を擦りつけた。
「まだ寝たいので起きないでください」
「ふふ、わたしもまだ、寝たいです」
「寝ぼけてる時のあなたは静かでいいですね」
「……ミスラの心臓の音がします」
「はぁ、生きてるので」
ミスラの言葉に、小さな寝息が返ってくる。
再び眠りに落ちた晶の呼吸の音を聞きながら、胸に置かれた彼女の手のひらを持ち上げる。
ミスラの手のひらより、ひと回りふた回りも小さな手。関節に添って、指を一本一本眺めていく。
あまりにも細く、あまりにも頼りないそれは軽く握っただけでバラバラに壊れてしまいそうだった。ほんのりと白い爪の先まで辿って、今度は手首までおりてくる。
とくとくと、一定の速度で刻まれる脈が、ミスラの指の腹をあたためる。
ほんの数時間前、シーツに縫い止めていた手首。
ミスラの手のひらで押し付けた脈は、一拍ごとに彼女の体温を高めて、血液を送り出す心臓はミスラの胸の下でうるさいくらいに鳴っていた。
チョコレート色の瞳が滲んで透明の液体を零して、それに濡れた頬は赤く染まり、はくはくと浅い呼吸の合間に、爛れたような甘ったるい音でミスラの名前を呼ぶ。
いまはその時の身体の熱とは違う、もっと穏やかな血流によってあたためられている指先。
まるで何事もなかったかのように、安心しきって寝息をたてる彼女を見ていると、なんだか置いていかれたような苛立ちを感じてもう一度その白い肌に噛みつきたくなる。
いっそぐちゃぐちゃに、切り刻んで引き裂いて殺してしまったら落ち着くのだろうかと考えたこともある。
けど彼女は人間なのでマナ石にはならない。
このひとのマナ石はどんな硬さで、どんなふうに自分の舌を、喉を、食道を通っていくのだろうと想像すると、苛つきは多少おさまったけれど。人間を殺して残るのはただ朽ちて腐敗していくだけの肉体のみでそれはあまりにもつまらないからやめた。
壊してしまったらもとに戻らないのだ。弱くて、脆くて、儚くて。
「み、すら」
どんな夢を見ているのか。彼女がかすれた声で名前を呼ぶ。
その口元は柔らかく微笑んでいて、あまりにも呑気な寝顔に結局苛立っていることにも飽きてきた。
もしかしたら、夢の中でこのひとを殺していたのかもしれない。遠のいた夢の残滓がふと蘇る。
ぬるりとした血の匂い、やわらかな肉、まだあたたかい指先。
夢の中の自分は、彼女を殺して満足したのだろうか。それとも。
「まあ別に、どうでもいいですけど」
彼女がここにいて、自分の手を握って眠ってくれて、自分の名前を呼んでくれて、自分を愛してると言ってくれている限りは。
夢の中だけで留めておこうと。ミスラは胸の中の彼女を抱き寄せる。
重ねた肌から感じる鼓動の音は、ミスラをそっと包むように眠りへと導いてくれるから。その眠りの先の夢が、けだものの深層のようなものだったとしても。
今はまだ、この鼓動をできるだけ長く聞いていたい。
End.
窓の外の空気の気配を辿ると、夜というよりもう朝に近い時間だった。けれど、目覚めるにはまだ早い。久しぶりに、深い眠りについていた。
微睡みの中に溶けるように。沈むように。夢を見ていたけれど、その内容はもう思い出せない。
なんとなく、気分が悪い夢だった気がする。手のひらですくい上げた水がひたひたとこぼれていくような。そんな夢。けれど夢の残滓はこうしてシーツの中でゆるりと瞬きを繰り返すうちに薄れて消えていった。
「まあ別に、どうでもいいですけど」
ミスラが小さく呟いた吐息で、ちょうど顎のあたりに在ったやわらかなチョコレート色の髪がふわりと揺れる。
「みす、ら……?」
「はい」
「ん……起きちゃったんですか?」
ミスラの腕と胸の中で規則正しい寝息をたてていた小さい生き物がもぞもぞと動いて身を起こそうとした。絡めた足に力を込めて、それを制す。まだ覚醒しきっていないらしい生き物はそのまま大人しくミスラの胸に頬を擦りつけた。
「まだ寝たいので起きないでください」
「ふふ、わたしもまだ、寝たいです」
「寝ぼけてる時のあなたは静かでいいですね」
「……ミスラの心臓の音がします」
「はぁ、生きてるので」
ミスラの言葉に、小さな寝息が返ってくる。
再び眠りに落ちた晶の呼吸の音を聞きながら、胸に置かれた彼女の手のひらを持ち上げる。
ミスラの手のひらより、ひと回りふた回りも小さな手。関節に添って、指を一本一本眺めていく。
あまりにも細く、あまりにも頼りないそれは軽く握っただけでバラバラに壊れてしまいそうだった。ほんのりと白い爪の先まで辿って、今度は手首までおりてくる。
とくとくと、一定の速度で刻まれる脈が、ミスラの指の腹をあたためる。
ほんの数時間前、シーツに縫い止めていた手首。
ミスラの手のひらで押し付けた脈は、一拍ごとに彼女の体温を高めて、血液を送り出す心臓はミスラの胸の下でうるさいくらいに鳴っていた。
チョコレート色の瞳が滲んで透明の液体を零して、それに濡れた頬は赤く染まり、はくはくと浅い呼吸の合間に、爛れたような甘ったるい音でミスラの名前を呼ぶ。
いまはその時の身体の熱とは違う、もっと穏やかな血流によってあたためられている指先。
まるで何事もなかったかのように、安心しきって寝息をたてる彼女を見ていると、なんだか置いていかれたような苛立ちを感じてもう一度その白い肌に噛みつきたくなる。
いっそぐちゃぐちゃに、切り刻んで引き裂いて殺してしまったら落ち着くのだろうかと考えたこともある。
けど彼女は人間なのでマナ石にはならない。
このひとのマナ石はどんな硬さで、どんなふうに自分の舌を、喉を、食道を通っていくのだろうと想像すると、苛つきは多少おさまったけれど。人間を殺して残るのはただ朽ちて腐敗していくだけの肉体のみでそれはあまりにもつまらないからやめた。
壊してしまったらもとに戻らないのだ。弱くて、脆くて、儚くて。
「み、すら」
どんな夢を見ているのか。彼女がかすれた声で名前を呼ぶ。
その口元は柔らかく微笑んでいて、あまりにも呑気な寝顔に結局苛立っていることにも飽きてきた。
もしかしたら、夢の中でこのひとを殺していたのかもしれない。遠のいた夢の残滓がふと蘇る。
ぬるりとした血の匂い、やわらかな肉、まだあたたかい指先。
夢の中の自分は、彼女を殺して満足したのだろうか。それとも。
「まあ別に、どうでもいいですけど」
彼女がここにいて、自分の手を握って眠ってくれて、自分の名前を呼んでくれて、自分を愛してると言ってくれている限りは。
夢の中だけで留めておこうと。ミスラは胸の中の彼女を抱き寄せる。
重ねた肌から感じる鼓動の音は、ミスラをそっと包むように眠りへと導いてくれるから。その眠りの先の夢が、けだものの深層のようなものだったとしても。
今はまだ、この鼓動をできるだけ長く聞いていたい。
End.
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