8月/just look at…
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Flower Dictionary
ヒマワリ/Sun flower
キク科
花言葉…あなたを見つめる
太陽の下で明るい黄色やオレンジの色彩の大ぶりの花を咲かせる夏を代表する花。太陽の花という別名を持つ。ゴッホ、ゴーギャン、モネをはじめとした芸術家たちを魅了し、数多くの絵が描かれている。
《Just look at…》
「うげ、サイアク……」
ほんの数時間前までのオレはなんとなく今日は真面目にボーイ業をするか、という気分だった。
今日もラウンジは大盛況!アズールが目にマドルを浮かべてホールを見渡すのを大股で遮って、あっちへこっちへ注文された料理やドリンクを運ぶ。
でも途中から客の喋り声とか、食器が鳴らすカチカチ音が鬱陶しくて。唐突に。飽きた。
てんやわんやのキッチンの裏口からでっかいオレが抜け出しても誰もしばらくは気付かないくらい、忙しい放課後。
後でアズールに絞められるだろうなぁ。怒ったアズールはちょっとめんどくさい。
でも、仕方ない。気分がノらないことはしたくない。今の気分は、外の空気を吸うこと。
ラウンジはいつも薄暗い深海色で、いまいち時間の流れが分かりにくいけれど、多分もう日が暮れて、外はちょうどいい生ぬるい暗さになってるころだと思う。
そう踏んで、ラウンジを抜け出したけど。
一歩外に出た途端、目に痛いくらいの太陽の光が全身にあたって、オレはうんざりした。
あー、夏って日が長いんだっけ。
てっぺんからはだいぶ下がってきてるけど、太陽は赤っぽいオレンジ色をギラギラさせて、未練たらしく校舎を照らしている。
「…だりぃ」
蒸すような空気がまとわりついて、じっとしているのに服の下の皮膚がじっとり湿っていく。
じりじりと肌を焼く太陽の熱さも、動いても動かなくても吹き出す汗のべたついた感触も、海の暮らしには存在してなかった。
最初はその不快感も珍しくて、わざと走り回って大汗をかいてみたり、パンツ一枚で寝そべって肌を焼いてみたりしたけど。日焼けした肌はヤケドみたいに真っ赤になるし、気の済むまで冷水シャワーを浴びて汗を流したら風邪をひいたから、止めた。シャワーより冷たい海の水の中にいたときは風邪なんて引かなかったのに。
珍しいことも、面白いことも、最初だけ。
それを過ぎたら途端につまらなくなって、興味がなくなる。どうでもよくなる。
ポケットに手を突っ込んで、とりあえず日陰を探す。そういえば、裏庭になんだか知らないけどやたら背の高い植物が生えていてちょうどいい日陰になっていた気がする。
人いきれするラウンジに戻るのは萎えるから、とりあえず裏庭に向かうことにした。
かさり、とポケットの中でなにかが指に触れる。
指先で摘むと、いつ入れたか分からないミントキャンディーが出てきた。
この数分ですこし柔らかくなって、包み紙に貼り付くそれを引っ剥がして、ぽん、と口に放り投げる。
それにしても暑い。陸の夏ってこんなに長いんだ。いい加減飽きてくる。でも冬になればなったで、どんよりした色の空とかまつ毛を凍らせる雪とかに、やっぱり途中で飽きがくる。
オレをいつまでも飽きさせない面白いものって、今のところアズールと。
ガリッも音を立てて、ミントキャンディーを噛み砕く。
冷たい氷みたいな、ぴりっとした匂いと味が口の中を通り越して鼻まで広がる。
そう、いつまでも面白いのはきっと今頃ラウンジで怒ってるタコちゃんと。─あの子。いつも眩しそうに、ちょっとだけ怯えたようにオレを見上げて。それからそのあと、見てるとお腹んとこがムズムズしてくる、ふわふわした笑顔で笑う、小エビちゃんだけ。
***
「あれぇ?……アハッ、ラッキーじゃん」
裏庭に着いたら、さっきより高度を下げた太陽の赤色に照らされた巨大な植物の横に、小エビがいた。太くて長い茎をしならせた植物の根元はオレが思った通りちょうどよく太陽の光が遮られていて、小エビはオレにまだ気付いていない。
ひとりぼっちで、真っ白い顔を上に向けて立っている。小エビのことを考えてたら小エビに会えた。途端に、自分でも呆れるくらい楽しくなってくる。それだけオレは小エビのことがお気に入りってこと。
「小エビちゃ〜ん、な〜にしてんの」
「フロイド先輩?あれ、今日はラウンジ勤務の日じゃないんですか?」
「ん、飽きた」
「また……アズール先輩に怒られますよ」
「そんときは小エビも来て一緒に怒られて」
「なんでですか……!」
「だってぇ、今小エビと一緒にサボってるから」
小エビは今日シフトに入ってないから関係ないけど。オレのムチャクチャな言葉に小エビはころころと笑って、また植物を見上げた。
オレもつられて、オレンジ色の空に向かって伸びる植物の先を見たら、先のほうにオレの顔より大きい花が咲いてることに、気付いた。
太陽の方に向かって真っ直ぐに咲いた、黄色の花。
「これ花咲くんだ」
「ヒマワリ、知らないですか?」
「知らねー。初めて見た」
「夏の代名詞のお花です。太陽を追いかけるみたいに、花の向きを変えながら咲くんですよ」
「へえ」
小エビの説明を聞きながら、もう一度花を見上げる。
オレンジの夕日に照らされた黄色い花びらが空で燃えてるみたいだった。重たそうな花は小エビが言うように確かに太陽の方向を向いている。
あんなに高いところで、太陽に近いところで咲いていて、暑くないんだろうか。
「この花、小エビちゃんに似てんね」
首を傾けて、少しだけ眩しそうに見上げる格好が。
オレのお気に入りの小エビの顔。後ろから飛び付けば、一瞬身を固めて、それからオレの顔を見て困ったように、呆れたように、でもちょっと嬉しそうに浮かべる笑顔。なんとなくそれを思い出させる花だと思った。
だから、オレの言葉に小エビの顔が曇ってちょっとイラついた。
「私……この花、好きじゃないんです」
水の精でありながら太陽の神アポロンに恋したバカなニンフが、恋を諦めず、太陽を見上げ続けて死んでしまった。それが花になったのがヒマワリらしい、という伝説を、小エビは遠くを見て、それから見ることを諦めたような陰った目をしながらオレに話した。
「絶対に手の届かないものに焦がれて、仲間の声も聞かず諦めないで、ただ求めて続けて死んでいく。すごく浅はかで自分勝手」
「ふーん?」
まるで私みたい、っていう小エビの声は無視した。
小エビの心のなかにある『元の世界』は気に食わない。応えないくせに、いつまでも小エビの中にこびりついて、オレのお気に入りの顔を台無しにするヤツ。
今だってほら、小エビを泣かせようとしてる。ふざけんなよ。勝手に放り出したくせに。
イラつくままポケットに手を突っ込んだら、さっきとは反対のポケットからミントキャンディーが今度は2つ、出てきた。
べたつくそれをフィルムから剥がして、1個はオレの口に、もう1個は小エビの口にぽん、と放り込む。
いきなり顎を掴まれた小エビはびっくりしたように目を閉じて、口に入ってきたキャンディーを確認したあと「ひやっとする」って言ってやっと笑った。
その笑顔を見てちょっとだけ、勝った気持ちになる。なにに勝ったのか、オレにも良く分からない
けど。
「あちぃ〜!ねえ、オレもう飽きた。中入ろうよ小エビちゃん」
「そうですね、ほんと暑い」
「ゆでエビになるよ」
小さい手を少し強く引っ張ってゴネたら、困ったように、呆れたように、小エビが笑う。
オレのお気に入りの、お腹んとこがムズムズするふわっとした笑顔。
手を繋いだまま、オレは走り出す。小エビは驚いた声を上げて、それでもついてくる。オレがしっかり手を握ってるから、半分引きずられてるみたいだけど。
じりじりと、赤みを増した太陽がオレたちの背中を照らす。
オレはもっとスピードを上げた。後ろから小エビの悲鳴が聞こえるけど、緩めてやんない。繋いだ手に力を込めて、ぐんぐんぐんぐん、地面を蹴って走り続ける。
自分を捨てた世界なんて忘れちゃえばいい。
オレだけ見上げてればいいじゃん。オレだけ見て、オレにだけ笑って、ずっと。オレは絶対泣かせないのに。
繋いだ手と反対の手を後ろに回して、小エビに見えない位置で太陽に中指を立てる。
追いかけてみろ、バーカ。声に出さないで心の中でそう言って、舌まで出した。
立てた中指を、うらめしそうにさっきより弱くなった太陽の光が舐める。
足元に伸びたヒマワリの影の背も高くなっていて。
─多分、もうすぐ日が暮れる。
End.
ヒマワリ/Sun flower
キク科
花言葉…あなたを見つめる
太陽の下で明るい黄色やオレンジの色彩の大ぶりの花を咲かせる夏を代表する花。太陽の花という別名を持つ。ゴッホ、ゴーギャン、モネをはじめとした芸術家たちを魅了し、数多くの絵が描かれている。
《Just look at…》
「うげ、サイアク……」
ほんの数時間前までのオレはなんとなく今日は真面目にボーイ業をするか、という気分だった。
今日もラウンジは大盛況!アズールが目にマドルを浮かべてホールを見渡すのを大股で遮って、あっちへこっちへ注文された料理やドリンクを運ぶ。
でも途中から客の喋り声とか、食器が鳴らすカチカチ音が鬱陶しくて。唐突に。飽きた。
てんやわんやのキッチンの裏口からでっかいオレが抜け出しても誰もしばらくは気付かないくらい、忙しい放課後。
後でアズールに絞められるだろうなぁ。怒ったアズールはちょっとめんどくさい。
でも、仕方ない。気分がノらないことはしたくない。今の気分は、外の空気を吸うこと。
ラウンジはいつも薄暗い深海色で、いまいち時間の流れが分かりにくいけれど、多分もう日が暮れて、外はちょうどいい生ぬるい暗さになってるころだと思う。
そう踏んで、ラウンジを抜け出したけど。
一歩外に出た途端、目に痛いくらいの太陽の光が全身にあたって、オレはうんざりした。
あー、夏って日が長いんだっけ。
てっぺんからはだいぶ下がってきてるけど、太陽は赤っぽいオレンジ色をギラギラさせて、未練たらしく校舎を照らしている。
「…だりぃ」
蒸すような空気がまとわりついて、じっとしているのに服の下の皮膚がじっとり湿っていく。
じりじりと肌を焼く太陽の熱さも、動いても動かなくても吹き出す汗のべたついた感触も、海の暮らしには存在してなかった。
最初はその不快感も珍しくて、わざと走り回って大汗をかいてみたり、パンツ一枚で寝そべって肌を焼いてみたりしたけど。日焼けした肌はヤケドみたいに真っ赤になるし、気の済むまで冷水シャワーを浴びて汗を流したら風邪をひいたから、止めた。シャワーより冷たい海の水の中にいたときは風邪なんて引かなかったのに。
珍しいことも、面白いことも、最初だけ。
それを過ぎたら途端につまらなくなって、興味がなくなる。どうでもよくなる。
ポケットに手を突っ込んで、とりあえず日陰を探す。そういえば、裏庭になんだか知らないけどやたら背の高い植物が生えていてちょうどいい日陰になっていた気がする。
人いきれするラウンジに戻るのは萎えるから、とりあえず裏庭に向かうことにした。
かさり、とポケットの中でなにかが指に触れる。
指先で摘むと、いつ入れたか分からないミントキャンディーが出てきた。
この数分ですこし柔らかくなって、包み紙に貼り付くそれを引っ剥がして、ぽん、と口に放り投げる。
それにしても暑い。陸の夏ってこんなに長いんだ。いい加減飽きてくる。でも冬になればなったで、どんよりした色の空とかまつ毛を凍らせる雪とかに、やっぱり途中で飽きがくる。
オレをいつまでも飽きさせない面白いものって、今のところアズールと。
ガリッも音を立てて、ミントキャンディーを噛み砕く。
冷たい氷みたいな、ぴりっとした匂いと味が口の中を通り越して鼻まで広がる。
そう、いつまでも面白いのはきっと今頃ラウンジで怒ってるタコちゃんと。─あの子。いつも眩しそうに、ちょっとだけ怯えたようにオレを見上げて。それからそのあと、見てるとお腹んとこがムズムズしてくる、ふわふわした笑顔で笑う、小エビちゃんだけ。
***
「あれぇ?……アハッ、ラッキーじゃん」
裏庭に着いたら、さっきより高度を下げた太陽の赤色に照らされた巨大な植物の横に、小エビがいた。太くて長い茎をしならせた植物の根元はオレが思った通りちょうどよく太陽の光が遮られていて、小エビはオレにまだ気付いていない。
ひとりぼっちで、真っ白い顔を上に向けて立っている。小エビのことを考えてたら小エビに会えた。途端に、自分でも呆れるくらい楽しくなってくる。それだけオレは小エビのことがお気に入りってこと。
「小エビちゃ〜ん、な〜にしてんの」
「フロイド先輩?あれ、今日はラウンジ勤務の日じゃないんですか?」
「ん、飽きた」
「また……アズール先輩に怒られますよ」
「そんときは小エビも来て一緒に怒られて」
「なんでですか……!」
「だってぇ、今小エビと一緒にサボってるから」
小エビは今日シフトに入ってないから関係ないけど。オレのムチャクチャな言葉に小エビはころころと笑って、また植物を見上げた。
オレもつられて、オレンジ色の空に向かって伸びる植物の先を見たら、先のほうにオレの顔より大きい花が咲いてることに、気付いた。
太陽の方に向かって真っ直ぐに咲いた、黄色の花。
「これ花咲くんだ」
「ヒマワリ、知らないですか?」
「知らねー。初めて見た」
「夏の代名詞のお花です。太陽を追いかけるみたいに、花の向きを変えながら咲くんですよ」
「へえ」
小エビの説明を聞きながら、もう一度花を見上げる。
オレンジの夕日に照らされた黄色い花びらが空で燃えてるみたいだった。重たそうな花は小エビが言うように確かに太陽の方向を向いている。
あんなに高いところで、太陽に近いところで咲いていて、暑くないんだろうか。
「この花、小エビちゃんに似てんね」
首を傾けて、少しだけ眩しそうに見上げる格好が。
オレのお気に入りの小エビの顔。後ろから飛び付けば、一瞬身を固めて、それからオレの顔を見て困ったように、呆れたように、でもちょっと嬉しそうに浮かべる笑顔。なんとなくそれを思い出させる花だと思った。
だから、オレの言葉に小エビの顔が曇ってちょっとイラついた。
「私……この花、好きじゃないんです」
水の精でありながら太陽の神アポロンに恋したバカなニンフが、恋を諦めず、太陽を見上げ続けて死んでしまった。それが花になったのがヒマワリらしい、という伝説を、小エビは遠くを見て、それから見ることを諦めたような陰った目をしながらオレに話した。
「絶対に手の届かないものに焦がれて、仲間の声も聞かず諦めないで、ただ求めて続けて死んでいく。すごく浅はかで自分勝手」
「ふーん?」
まるで私みたい、っていう小エビの声は無視した。
小エビの心のなかにある『元の世界』は気に食わない。応えないくせに、いつまでも小エビの中にこびりついて、オレのお気に入りの顔を台無しにするヤツ。
今だってほら、小エビを泣かせようとしてる。ふざけんなよ。勝手に放り出したくせに。
イラつくままポケットに手を突っ込んだら、さっきとは反対のポケットからミントキャンディーが今度は2つ、出てきた。
べたつくそれをフィルムから剥がして、1個はオレの口に、もう1個は小エビの口にぽん、と放り込む。
いきなり顎を掴まれた小エビはびっくりしたように目を閉じて、口に入ってきたキャンディーを確認したあと「ひやっとする」って言ってやっと笑った。
その笑顔を見てちょっとだけ、勝った気持ちになる。なにに勝ったのか、オレにも良く分からない
けど。
「あちぃ〜!ねえ、オレもう飽きた。中入ろうよ小エビちゃん」
「そうですね、ほんと暑い」
「ゆでエビになるよ」
小さい手を少し強く引っ張ってゴネたら、困ったように、呆れたように、小エビが笑う。
オレのお気に入りの、お腹んとこがムズムズするふわっとした笑顔。
手を繋いだまま、オレは走り出す。小エビは驚いた声を上げて、それでもついてくる。オレがしっかり手を握ってるから、半分引きずられてるみたいだけど。
じりじりと、赤みを増した太陽がオレたちの背中を照らす。
オレはもっとスピードを上げた。後ろから小エビの悲鳴が聞こえるけど、緩めてやんない。繋いだ手に力を込めて、ぐんぐんぐんぐん、地面を蹴って走り続ける。
自分を捨てた世界なんて忘れちゃえばいい。
オレだけ見上げてればいいじゃん。オレだけ見て、オレにだけ笑って、ずっと。オレは絶対泣かせないのに。
繋いだ手と反対の手を後ろに回して、小エビに見えない位置で太陽に中指を立てる。
追いかけてみろ、バーカ。声に出さないで心の中でそう言って、舌まで出した。
立てた中指を、うらめしそうにさっきより弱くなった太陽の光が舐める。
足元に伸びたヒマワリの影の背も高くなっていて。
─多分、もうすぐ日が暮れる。
End.