12月/特別をあなたに
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Flower Dictionary
ヤドリギ/Mistletoe
ビャクダン科
花言葉…困難に打ち勝つ
樹木の枝や幹に鳥の巣のような形状で寄生して、水分、栄養分をもらって成長する常緑の多年生植物。
冬の間緑を絶やさない姿は永遠の象徴とされる。
ヨーロッパでは、ヤドリギの下にいる人にはキスをして良い、或いはヤドリギの下でキスを交わした恋人たちは永遠に幸せでいられるという言い伝えがある。
《特別をあなたに》
グリムは、監督生が編んでくれたところどころ編み目のずれたアラン模様のブランケットの中で伸びをした。
ウィンターホリデーも目前の今日。ここ数週間の中でも今朝は冷え込みが一段と厳しかった。
ぱちぱちと爆ぜる薪の傍、監督生と共に課題を片付けるのに早々に飽きて。一眠りから目覚めたところだ。
「あ、グリム起きた?も〜課題終わらせないと、ホリデー期間ゆっくりできないよ」
「オレ様にかかればこんな課題1日で終わらせられるんだゾ!」
「1時間ももたずに寝ちゃったのに、よく言うんだから」
「ふなっ……し、仕方ないんだゾ!冬はどうもすぐ眠たくなっちまう……」
「それは分かる。特にあったかい部屋にいるとね。ほら、ココア淹れたから一緒に飲も!」
くあ、と欠伸をおとしたグリムの鼻先に、湯気をあげたマグカップが差し出される。
チョコレート色の水面に浮かんで既に溶けはじめている真っ白いマシュマロ。その間に差し込まれた整えられた木の枝のような棒から漂う刺激的な香りに、グリムのヒゲが無意識に跳ねる。
これは12月に入ってから、妙に楽しそうに浮かれ気味の監督生がグリムに語った“特別”のひとつだ。
「丁寧にミルクを温めて淹れたココアにお塩ひとつまみ。茶色が隠れるくらいマシュマロを浮かべて、最後にシナモンスティック。クリスマスシーズンの飲み物はこれが一番」
「くりすま……ああ、子分の世界のお祭りのことか。白いヒゲのじいさんのためにでっかい木を飾り付けるとか、ご馳走を食べるとか……」
「微妙にずれてるけど、まあ正解かな。白いヒゲのおじいさんの名前はサンタクロース。良い子にしてると真夜中にプレゼントを持ってきてくれるの。でも課題をサボったグリムのところには来てくれないかもな〜」
「ふなっ……サボってなんかないんだゾ!これ飲んだら片付けちまうんだからな!」
クリスマス。監督生がここのところ浮かれ気味なのは、この季節のお祭りが原因らしい。
監督生の世界ではこの時期、偽物の木を飾り付けて家の中に飾ったり、街中いたるところにイルミネーションという電飾が施されたりして、このお祭りを盛り上げるとか。
グリムが興味を惹かれたのは、お祭り当日に食べるご馳走の話とサンタという老人が真夜中に忍び込んでプレゼントを置いていくという話だけだったが、クリスマスについて語る監督生の顔がとても楽しそうで。この世界にはない不思議なお祭りの風習をここでも取り入れようとする子分に、親分らしく付き合ってやろうと思ったのだった。
実際、二人が暮らすこのオンボロ寮も、監督生の手によって賑やかに飾り付けされていた。
二階に続く階段の手摺には常緑樹の葉と赤い木の葉が敷かれ、談話室の窓辺には松ぼっくりをビーズで飾った小物が並んでいる。
壊れかけた寮のポストに毎日届くカード。庭の痩せた木々は夜になると妖精のような光が煌めく。
元の世界のクリスマスの話と、それにまつわる“特別”を聞いた友人たちが、ホリデーシーズンにたった一人(と一匹)でこのオンボロ寮に留まる彼女を励まそうとこの世界にはない風習に戸惑いながらもささやかに贈ってきたものたち。
カードは先輩や同級生たちだけでなく教員からも届いたし、夜のイルミネーションも友人たちがかけてくれた魔法だ。
中には森から大きな樅の木を切って持って来ようと提案する者もいたが、それは監督生が丁重に断っていた。監督生も、本物の樅の木を飾り付けたことはないらしい。
「みんな、グリムにもちゃんとメッセージ書いてくれてるね」
「当たり前なんだぞ!みんなオレ様が面倒見てやってるんだからな!」
今日届いた分のカードを眺めながら、監督生が微笑む。
彼女が元の世界について語るとき、ほんの少しだけさみしさが瞳に滲む。けれどこのクリスマスというお祭りの話に関しては、まるで小さな子供のようにただただ楽しそうに語っていた。
カードが楽しみで朝一番にポストを覗いたこと。
真夜中にトイレに起きると、いつもは暗闇の部屋にツリーの灯りが灯っていて怖くなかったこと。
初めて貰ったサンタからの贈り物のテディベアと、バレリーナがくるくる回るオルゴールはいつもベッドの脇に置いていたこと。
それはそれは愛おしげに語るものだから。
グリムも友人たちもこの世界でもその楽しいお祭りを再現してやろうと、NRC生には珍しいことにみんなで協力しながら監督生を喜ばせるために慣れないカードを書いたり、木の実や植物に魔法をかけたりしたのだった。
「嬉しいね。私ね、元の世界でもこのシーズンが一番楽しくて大好きだったの。家族や友達、大切な人たちにカードを送ったり、集まって美味しい料理やお菓子を食べたり、贈り物に悩んだり。寒くて暗い冬の夜も、この時期はなんとなくやさしくてあったかいんだよ。イルミネーションの光とか、スパイスやオレンジの香りに包まれて、本当に幸せなシーズンだったから。こうしてみんなが一緒に楽しんでくれて嬉しいなぁ」
「オレ様も、ご馳走とお菓子が食べれる祭りはなんでも好きだ!」
「ご馳走もお菓子もちゃあんと用意してますよ。オーブン見てくるから、ほら、グリムはその間に残り済ませちゃいな?」
キッチンの方から、香ばしい香りがふんわりと漂ってくる。
今夜は、監督生がこの日のために少しずつ貯めていたマドルで買った食材たちで“特別”なディナーを作る日だった。
本来のクリスマスはもう少し先だが、ホリデー前最後の週末に、元の世界でのクリスマスディナーを振舞うと夏から意気込んでいたのだ。
色とりどりのサラダに、クランベリーソースをのせたローストビーフ、スパイスたっぷりの骨付きチキン。朝から食材を並べ、庭のハーブを摘む監督生はとても楽しそうだった。
予算の関係でケーキを用意することができなかったのだが、食堂でグリムとの会話を聞いたトレイが、ケーキの差し入れを提案してくれた。
お茶の時間に、グリムがそのケーキを先にハーツラビュルへ受け取りに行く予定になっている。
「くそ〜、トレインのやつ。なんでこんなに沢山課題出すんだ……めんどくさすぎるんだぞ……」
文句を言いながら課題に向かっていると、キッチンから食欲をそそる香りとともにうきうきとした鼻歌が聞こえてくる。
今日、“特別”なのは料理だけじゃない。そのディナーに、監督生にとって“特別”な存在となったひとを招待しているのだ。
グリムにとっては“アイツ”以上でも以下でもないそのひとと、監督生が“特別”な“コイビト”とやらになったことは、どうもムズムズと落ち着かない。
頻繁にオンボロ寮を訪れる“アイツ”に最初は警戒の視線を送ることもしばしばだった。
けれど、グリムのその警戒態勢も少しずつ緩めざるを得なかった。
監督生と話す“アイツ”は、グリムも、きっと他の誰も見たことがないような優しい目をしていて、監督生もまた同じ目で笑っていた。
グリムと監督生は二人で一人と勘定されていたし、他の人よりも監督生と過ごす時間が長い。
だからグリムだけが知っていることが沢山ある。
星だけが照らす月のない夜、夢を見ながら涙を流す日があること。
疲れて熱を出したり、腹痛で伏せっているときに無意識のうわ言で寂しいと漏らすこと。
そんな時グリムは寝返りの振りをしながらそっと監督生に寄り添う。そうすると彼女の頼りない腕がグリムの身体を抱きしめて、背中の毛があたたかい雫で濡れること。
けれど、“アイツ”と“コイビト”になってから、監督生が涙を流すことが少なくなった。
穏やかだったり、恥ずかしそうだったり、笑ったり、真っ赤になったり、いつも以上に表情が忙しい。
授業が終わって教科書をまとめる二人の後ろの方から、監督生が可愛くなったとささやくヒソヒソ声をグリムのぴんと立った耳が拾うこともあった。その度にグリムは、やっぱりムズムズと落ち着かない気持ちになってぶるりと身体を震わせていた。
「あ、ちゃんと終わらせた!偉いね、グリム」
「当たり前なんだぞ!そろそろ、ハーツに行く時間だしな」
「もうお茶の時間か!お使いありがとうね、グリム。でも早く帰ってきてね、ハーツでお菓子食べすぎないように!ちゃんと私のお料理の分のお腹、空けとくんだよ」
「ふんっ、オレ様を甘く見てるな。お菓子食べたって料理くらい余裕で入るんだぞ」
「ふふ、そうでした。でも、グリムに食べてもらうために頑張ったんだから!」
「よく言う。どーせオレ様はオマケだろ」
「グリム」
軽口のつもりで言った言葉に、監督生は動きを止めて真剣な表情でグリムを見つめた。
そして突然、グリムを羽交い締めにする。
「ふなっ?!」
「グリムのバカ〜!!グリムは私の親分でしょ!どんなときも二人で一人でしょ?グリムは私の大切な特別なんだよ!!」
叫びながら、グリムのお腹に顔をぐりぐりと擦り付けてくるから、くすぐったくてかなわない。
暴れても離してもらえず、ぐりぐりが余計にひどくなる。笑いすぎて、息も絶え絶えだ。
「子分っ!わかっ……分かったから!くすぐってーから離すんだぞ!!」
「分かってもらえて良かった。グリム、大好き」
「ふんっ、当たり前なんだぞ。オマエはオレ様の子分だからな!」
「うん!親分!」
「オマエのせいで毛がぐちゃぐちゃになっちまったんだぞ……こんなんでハーツに行ってリドルのヤツにだらしがないね!って首跳ねられたらどーすんだ」
「えへへ、ごめんね」
柔らかな手のひらが伸びてきてグリムの身体を撫でて毛羽立った毛を整える。
ブランケットの余り毛糸で編んだマフラーを巻いて、曲がったリボンを直し、完璧!と微笑む監督生に見送られて、グリムはオンボロ寮を出た。
外の世界は、鈍色の雲に覆われて、今にも雪が降り出しそうだった。
冷たく澄んだ空気に、グリムの鼻がしっとりと湿る。息を吐き出すと、マグカップのココアの湯気のようにふわりと白い色が宙に浮かんで消えた。
「まったく子分のヤツ……オレ様はネコじゃねえんだぞ」
直しきれず、くるんと妙な方向に捻れてしまっているお腹の端の毛を撫でつけながら文句を言う。けれど、本当はグリムは監督生にもふもふと抱き締められることは嫌いじゃなかった。
弱くて泣き虫の子分が元気になるなら、思う存分もふもふもぐりぐりもさせてやろうと思っていたから。
“アイツ”と“コイビト”になってから、泣くことが少なくなった子分。それは良いことのはずだけど、少し寂しい。監督生に泣いてほしいわけじゃない。
もし、これからまた泣くことがあったときに、グリムの背中に顔を埋めて声をころして泣くのではなくて。“アイツ”の指が涙を拭いてやるんだってことがなんとなく気に食わない。
でもグリムを“特別”だと言ってくれたから、今日のところは許してやろうと、寛大な鼻息をひとつ吐いて、歩き始める。
それにもし、“アイツ”に泣かされることがあったら、もふもふのお腹をいつもより長く貸してやるつもりだし、“アイツ”には特大の炎を浴びせてやると決めていた。
「ん?なんだこれ……」
歩き出したグリムの足先に、小さな丸いものがいくつか転がっている。
蜂蜜を薄く溶いたような半透明の球体を拾うと、かすかに甘いような、緑っぽい植物の香りが鼻をくすぐった。木の実のようだ。転々と転がる木の実を辿って歩くと、門の脇に悠然と立つ巨木にぶつかった。
見上げた木の枝に、鳥の巣のように丸く絡まった緑の葉の塊。そこからまたひとつ、半透明の木の実が降ってくる。
「子分が言ってたヤドリギか。コイツ、実もつけるのか」
ひょいと口の中に放り込んでぷちんと噛み砕くと、甘い汁が広がる。なかなかいける味だった。ひとつ、またひとつと噛み砕くうちに、口の中にねばねばしたものが広がって歯や舌にくっつくのが楽しい。ガムのようにしばらくその食感を楽しみながら、グリムは今朝庭で監督生と交わした会話を思い返した。
ハーブを摘みながらヤドリギを見つけた監督生が語ったのは、ヤドリギはクリスマスのお祭りによく使われる植物で。ヤドリギの下でキスした恋人同士は幸せになれるという言い伝えがある。
ほんの少し頰を赤く染める監督生にグリムは「ならオマエたちにぴったりじゃねーか」と言ったが、監督生はさらに頰を赤くしてぶんぶんと勢いよく首を振り、ヤドリギを切ろうとするグリムを必死になって止めたのだった。
「私たちまだ……」とか「そういうのは全然……」とかモゴモゴつぶやく監督生に強引に部屋に戻されて、話はそこでおしまいになった。
「まったく、世話の焼ける子分なんだぞ!」
グリムはマフラーをぐいと引っ張り降ろしてリボンについた魔法石に触れる。
小さく呪文を唱えると、鳥の巣のかたちをした緑の塊がもぞもぞと動いて、一枝、また一枝とヤドリギが宙を舞った。
びゅうと吹き付ける北風がグリムの集中を邪魔してくるが、しぱしぱする目をヤドリギから離さないようにぎっと歯を食いしばった。もう一度呪文を唱えれば、枝たちが少ししなって丸い円をつくっていく。
「よっしゃー!オレ様、天才魔法士グリム様!」
ゆらゆらと宙からグリムの手のひらに落ちたヤドリギは、丸いリースの形に変化していた。
きれいな円形ではなく、ところどころ不格好に折れてはいたけれど、よく見なければ分からない。
グリムは上機嫌に来た道を戻り、もう一度魔法石に触れてオンボロ寮の玄関の高いところにそのリースを引っ掛けた。
魔法の残滓で半透明の木の実がきらきらと光る。
「ふんっ、これはオレ様からの“特別”なんだぞ!」
監督生の言うことが本当なら、サンタという老人は良い子にプレゼントを持ってくる。
もだもだと一歩進んでは二歩下がるようなことを繰り返している二人にヤドリギをプレゼントしたグリムは、きっとサンタの良い子基準を満たしたに違いない筈だ。
「おーい、サンタのジジイ!ちゃんと見てるかー?!」
鈍色の空に向かって叫ぶと、応えるようにふわりふわりと粉雪が舞い始めた。
粉雪はグリムが見つめるうちにどんどん大きくなり、世界が白く染まっていく。
ぶるりと全身を震わせて、毛先に落ちた粉雪を払った。
監督生は早く帰ってきてと言っていたけれど、やっぱりハーツラビュルのお茶会で少し時間つぶしをしようとグリムは思った。
ヤドリギは監督生への、時間つぶしは“アイツ”への“特別”。まだ完全に警戒をやめたわけではないけれど、今日は“特別”な日だから。ほんの少しだけ気を遣ってやろうと。グリムは再び寛大な鼻息を吐いて、歩き出す。
骨付きチキンを残しておかなかったら、やっぱり“アイツ”の尻を燃やしてやろうと考えながら。
あたたかく香りをあげる紅茶に、バラの花びらを散らして焼いたクッキー、色とりどりのマカロン。ハーツラビュルのお茶会で用意されているであろうお菓子をひとつひとつ思い浮かべて歩くグリムの身体に、粉雪がやさしく舞い落ちる。ひらひら、ふわふわ。くしゅん、とくしゃみがひとつ。
この分だと、オンボロ寮に帰る頃には積もっているかもしれない。
そうしたら、ご馳走でぱんぱんになったお腹を抱えて。グリムのヤドリギのお陰で顔を真赤にしてるであろう子分と一緒に毛布にくるまってやろう。
食べすぎてなかなか寝付けなかったら、クリスマスの日に膨らんだ靴下になにが入っているか二人で予想するのもいい。
グリムと監督生は、きっとたくさんプレゼントを貰えるに決まっている。親分と子分、二人で一人。問題児だらけのNRCの中で、互いを“特別”だと思い合う二人が良い子じゃないわけがないから。
天使の羽根のような粉雪はますます勢いを増して。
静かに、優しく。オンボロ寮の屋根や庭、そしてグリムが歩く小道を白く染めていく。それは天からの“特別”な贈り物のようだった。
End.
ヤドリギ/Mistletoe
ビャクダン科
花言葉…困難に打ち勝つ
樹木の枝や幹に鳥の巣のような形状で寄生して、水分、栄養分をもらって成長する常緑の多年生植物。
冬の間緑を絶やさない姿は永遠の象徴とされる。
ヨーロッパでは、ヤドリギの下にいる人にはキスをして良い、或いはヤドリギの下でキスを交わした恋人たちは永遠に幸せでいられるという言い伝えがある。
《特別をあなたに》
グリムは、監督生が編んでくれたところどころ編み目のずれたアラン模様のブランケットの中で伸びをした。
ウィンターホリデーも目前の今日。ここ数週間の中でも今朝は冷え込みが一段と厳しかった。
ぱちぱちと爆ぜる薪の傍、監督生と共に課題を片付けるのに早々に飽きて。一眠りから目覚めたところだ。
「あ、グリム起きた?も〜課題終わらせないと、ホリデー期間ゆっくりできないよ」
「オレ様にかかればこんな課題1日で終わらせられるんだゾ!」
「1時間ももたずに寝ちゃったのに、よく言うんだから」
「ふなっ……し、仕方ないんだゾ!冬はどうもすぐ眠たくなっちまう……」
「それは分かる。特にあったかい部屋にいるとね。ほら、ココア淹れたから一緒に飲も!」
くあ、と欠伸をおとしたグリムの鼻先に、湯気をあげたマグカップが差し出される。
チョコレート色の水面に浮かんで既に溶けはじめている真っ白いマシュマロ。その間に差し込まれた整えられた木の枝のような棒から漂う刺激的な香りに、グリムのヒゲが無意識に跳ねる。
これは12月に入ってから、妙に楽しそうに浮かれ気味の監督生がグリムに語った“特別”のひとつだ。
「丁寧にミルクを温めて淹れたココアにお塩ひとつまみ。茶色が隠れるくらいマシュマロを浮かべて、最後にシナモンスティック。クリスマスシーズンの飲み物はこれが一番」
「くりすま……ああ、子分の世界のお祭りのことか。白いヒゲのじいさんのためにでっかい木を飾り付けるとか、ご馳走を食べるとか……」
「微妙にずれてるけど、まあ正解かな。白いヒゲのおじいさんの名前はサンタクロース。良い子にしてると真夜中にプレゼントを持ってきてくれるの。でも課題をサボったグリムのところには来てくれないかもな〜」
「ふなっ……サボってなんかないんだゾ!これ飲んだら片付けちまうんだからな!」
クリスマス。監督生がここのところ浮かれ気味なのは、この季節のお祭りが原因らしい。
監督生の世界ではこの時期、偽物の木を飾り付けて家の中に飾ったり、街中いたるところにイルミネーションという電飾が施されたりして、このお祭りを盛り上げるとか。
グリムが興味を惹かれたのは、お祭り当日に食べるご馳走の話とサンタという老人が真夜中に忍び込んでプレゼントを置いていくという話だけだったが、クリスマスについて語る監督生の顔がとても楽しそうで。この世界にはない不思議なお祭りの風習をここでも取り入れようとする子分に、親分らしく付き合ってやろうと思ったのだった。
実際、二人が暮らすこのオンボロ寮も、監督生の手によって賑やかに飾り付けされていた。
二階に続く階段の手摺には常緑樹の葉と赤い木の葉が敷かれ、談話室の窓辺には松ぼっくりをビーズで飾った小物が並んでいる。
壊れかけた寮のポストに毎日届くカード。庭の痩せた木々は夜になると妖精のような光が煌めく。
元の世界のクリスマスの話と、それにまつわる“特別”を聞いた友人たちが、ホリデーシーズンにたった一人(と一匹)でこのオンボロ寮に留まる彼女を励まそうとこの世界にはない風習に戸惑いながらもささやかに贈ってきたものたち。
カードは先輩や同級生たちだけでなく教員からも届いたし、夜のイルミネーションも友人たちがかけてくれた魔法だ。
中には森から大きな樅の木を切って持って来ようと提案する者もいたが、それは監督生が丁重に断っていた。監督生も、本物の樅の木を飾り付けたことはないらしい。
「みんな、グリムにもちゃんとメッセージ書いてくれてるね」
「当たり前なんだぞ!みんなオレ様が面倒見てやってるんだからな!」
今日届いた分のカードを眺めながら、監督生が微笑む。
彼女が元の世界について語るとき、ほんの少しだけさみしさが瞳に滲む。けれどこのクリスマスというお祭りの話に関しては、まるで小さな子供のようにただただ楽しそうに語っていた。
カードが楽しみで朝一番にポストを覗いたこと。
真夜中にトイレに起きると、いつもは暗闇の部屋にツリーの灯りが灯っていて怖くなかったこと。
初めて貰ったサンタからの贈り物のテディベアと、バレリーナがくるくる回るオルゴールはいつもベッドの脇に置いていたこと。
それはそれは愛おしげに語るものだから。
グリムも友人たちもこの世界でもその楽しいお祭りを再現してやろうと、NRC生には珍しいことにみんなで協力しながら監督生を喜ばせるために慣れないカードを書いたり、木の実や植物に魔法をかけたりしたのだった。
「嬉しいね。私ね、元の世界でもこのシーズンが一番楽しくて大好きだったの。家族や友達、大切な人たちにカードを送ったり、集まって美味しい料理やお菓子を食べたり、贈り物に悩んだり。寒くて暗い冬の夜も、この時期はなんとなくやさしくてあったかいんだよ。イルミネーションの光とか、スパイスやオレンジの香りに包まれて、本当に幸せなシーズンだったから。こうしてみんなが一緒に楽しんでくれて嬉しいなぁ」
「オレ様も、ご馳走とお菓子が食べれる祭りはなんでも好きだ!」
「ご馳走もお菓子もちゃあんと用意してますよ。オーブン見てくるから、ほら、グリムはその間に残り済ませちゃいな?」
キッチンの方から、香ばしい香りがふんわりと漂ってくる。
今夜は、監督生がこの日のために少しずつ貯めていたマドルで買った食材たちで“特別”なディナーを作る日だった。
本来のクリスマスはもう少し先だが、ホリデー前最後の週末に、元の世界でのクリスマスディナーを振舞うと夏から意気込んでいたのだ。
色とりどりのサラダに、クランベリーソースをのせたローストビーフ、スパイスたっぷりの骨付きチキン。朝から食材を並べ、庭のハーブを摘む監督生はとても楽しそうだった。
予算の関係でケーキを用意することができなかったのだが、食堂でグリムとの会話を聞いたトレイが、ケーキの差し入れを提案してくれた。
お茶の時間に、グリムがそのケーキを先にハーツラビュルへ受け取りに行く予定になっている。
「くそ〜、トレインのやつ。なんでこんなに沢山課題出すんだ……めんどくさすぎるんだぞ……」
文句を言いながら課題に向かっていると、キッチンから食欲をそそる香りとともにうきうきとした鼻歌が聞こえてくる。
今日、“特別”なのは料理だけじゃない。そのディナーに、監督生にとって“特別”な存在となったひとを招待しているのだ。
グリムにとっては“アイツ”以上でも以下でもないそのひとと、監督生が“特別”な“コイビト”とやらになったことは、どうもムズムズと落ち着かない。
頻繁にオンボロ寮を訪れる“アイツ”に最初は警戒の視線を送ることもしばしばだった。
けれど、グリムのその警戒態勢も少しずつ緩めざるを得なかった。
監督生と話す“アイツ”は、グリムも、きっと他の誰も見たことがないような優しい目をしていて、監督生もまた同じ目で笑っていた。
グリムと監督生は二人で一人と勘定されていたし、他の人よりも監督生と過ごす時間が長い。
だからグリムだけが知っていることが沢山ある。
星だけが照らす月のない夜、夢を見ながら涙を流す日があること。
疲れて熱を出したり、腹痛で伏せっているときに無意識のうわ言で寂しいと漏らすこと。
そんな時グリムは寝返りの振りをしながらそっと監督生に寄り添う。そうすると彼女の頼りない腕がグリムの身体を抱きしめて、背中の毛があたたかい雫で濡れること。
けれど、“アイツ”と“コイビト”になってから、監督生が涙を流すことが少なくなった。
穏やかだったり、恥ずかしそうだったり、笑ったり、真っ赤になったり、いつも以上に表情が忙しい。
授業が終わって教科書をまとめる二人の後ろの方から、監督生が可愛くなったとささやくヒソヒソ声をグリムのぴんと立った耳が拾うこともあった。その度にグリムは、やっぱりムズムズと落ち着かない気持ちになってぶるりと身体を震わせていた。
「あ、ちゃんと終わらせた!偉いね、グリム」
「当たり前なんだぞ!そろそろ、ハーツに行く時間だしな」
「もうお茶の時間か!お使いありがとうね、グリム。でも早く帰ってきてね、ハーツでお菓子食べすぎないように!ちゃんと私のお料理の分のお腹、空けとくんだよ」
「ふんっ、オレ様を甘く見てるな。お菓子食べたって料理くらい余裕で入るんだぞ」
「ふふ、そうでした。でも、グリムに食べてもらうために頑張ったんだから!」
「よく言う。どーせオレ様はオマケだろ」
「グリム」
軽口のつもりで言った言葉に、監督生は動きを止めて真剣な表情でグリムを見つめた。
そして突然、グリムを羽交い締めにする。
「ふなっ?!」
「グリムのバカ〜!!グリムは私の親分でしょ!どんなときも二人で一人でしょ?グリムは私の大切な特別なんだよ!!」
叫びながら、グリムのお腹に顔をぐりぐりと擦り付けてくるから、くすぐったくてかなわない。
暴れても離してもらえず、ぐりぐりが余計にひどくなる。笑いすぎて、息も絶え絶えだ。
「子分っ!わかっ……分かったから!くすぐってーから離すんだぞ!!」
「分かってもらえて良かった。グリム、大好き」
「ふんっ、当たり前なんだぞ。オマエはオレ様の子分だからな!」
「うん!親分!」
「オマエのせいで毛がぐちゃぐちゃになっちまったんだぞ……こんなんでハーツに行ってリドルのヤツにだらしがないね!って首跳ねられたらどーすんだ」
「えへへ、ごめんね」
柔らかな手のひらが伸びてきてグリムの身体を撫でて毛羽立った毛を整える。
ブランケットの余り毛糸で編んだマフラーを巻いて、曲がったリボンを直し、完璧!と微笑む監督生に見送られて、グリムはオンボロ寮を出た。
外の世界は、鈍色の雲に覆われて、今にも雪が降り出しそうだった。
冷たく澄んだ空気に、グリムの鼻がしっとりと湿る。息を吐き出すと、マグカップのココアの湯気のようにふわりと白い色が宙に浮かんで消えた。
「まったく子分のヤツ……オレ様はネコじゃねえんだぞ」
直しきれず、くるんと妙な方向に捻れてしまっているお腹の端の毛を撫でつけながら文句を言う。けれど、本当はグリムは監督生にもふもふと抱き締められることは嫌いじゃなかった。
弱くて泣き虫の子分が元気になるなら、思う存分もふもふもぐりぐりもさせてやろうと思っていたから。
“アイツ”と“コイビト”になってから、泣くことが少なくなった子分。それは良いことのはずだけど、少し寂しい。監督生に泣いてほしいわけじゃない。
もし、これからまた泣くことがあったときに、グリムの背中に顔を埋めて声をころして泣くのではなくて。“アイツ”の指が涙を拭いてやるんだってことがなんとなく気に食わない。
でもグリムを“特別”だと言ってくれたから、今日のところは許してやろうと、寛大な鼻息をひとつ吐いて、歩き始める。
それにもし、“アイツ”に泣かされることがあったら、もふもふのお腹をいつもより長く貸してやるつもりだし、“アイツ”には特大の炎を浴びせてやると決めていた。
「ん?なんだこれ……」
歩き出したグリムの足先に、小さな丸いものがいくつか転がっている。
蜂蜜を薄く溶いたような半透明の球体を拾うと、かすかに甘いような、緑っぽい植物の香りが鼻をくすぐった。木の実のようだ。転々と転がる木の実を辿って歩くと、門の脇に悠然と立つ巨木にぶつかった。
見上げた木の枝に、鳥の巣のように丸く絡まった緑の葉の塊。そこからまたひとつ、半透明の木の実が降ってくる。
「子分が言ってたヤドリギか。コイツ、実もつけるのか」
ひょいと口の中に放り込んでぷちんと噛み砕くと、甘い汁が広がる。なかなかいける味だった。ひとつ、またひとつと噛み砕くうちに、口の中にねばねばしたものが広がって歯や舌にくっつくのが楽しい。ガムのようにしばらくその食感を楽しみながら、グリムは今朝庭で監督生と交わした会話を思い返した。
ハーブを摘みながらヤドリギを見つけた監督生が語ったのは、ヤドリギはクリスマスのお祭りによく使われる植物で。ヤドリギの下でキスした恋人同士は幸せになれるという言い伝えがある。
ほんの少し頰を赤く染める監督生にグリムは「ならオマエたちにぴったりじゃねーか」と言ったが、監督生はさらに頰を赤くしてぶんぶんと勢いよく首を振り、ヤドリギを切ろうとするグリムを必死になって止めたのだった。
「私たちまだ……」とか「そういうのは全然……」とかモゴモゴつぶやく監督生に強引に部屋に戻されて、話はそこでおしまいになった。
「まったく、世話の焼ける子分なんだぞ!」
グリムはマフラーをぐいと引っ張り降ろしてリボンについた魔法石に触れる。
小さく呪文を唱えると、鳥の巣のかたちをした緑の塊がもぞもぞと動いて、一枝、また一枝とヤドリギが宙を舞った。
びゅうと吹き付ける北風がグリムの集中を邪魔してくるが、しぱしぱする目をヤドリギから離さないようにぎっと歯を食いしばった。もう一度呪文を唱えれば、枝たちが少ししなって丸い円をつくっていく。
「よっしゃー!オレ様、天才魔法士グリム様!」
ゆらゆらと宙からグリムの手のひらに落ちたヤドリギは、丸いリースの形に変化していた。
きれいな円形ではなく、ところどころ不格好に折れてはいたけれど、よく見なければ分からない。
グリムは上機嫌に来た道を戻り、もう一度魔法石に触れてオンボロ寮の玄関の高いところにそのリースを引っ掛けた。
魔法の残滓で半透明の木の実がきらきらと光る。
「ふんっ、これはオレ様からの“特別”なんだぞ!」
監督生の言うことが本当なら、サンタという老人は良い子にプレゼントを持ってくる。
もだもだと一歩進んでは二歩下がるようなことを繰り返している二人にヤドリギをプレゼントしたグリムは、きっとサンタの良い子基準を満たしたに違いない筈だ。
「おーい、サンタのジジイ!ちゃんと見てるかー?!」
鈍色の空に向かって叫ぶと、応えるようにふわりふわりと粉雪が舞い始めた。
粉雪はグリムが見つめるうちにどんどん大きくなり、世界が白く染まっていく。
ぶるりと全身を震わせて、毛先に落ちた粉雪を払った。
監督生は早く帰ってきてと言っていたけれど、やっぱりハーツラビュルのお茶会で少し時間つぶしをしようとグリムは思った。
ヤドリギは監督生への、時間つぶしは“アイツ”への“特別”。まだ完全に警戒をやめたわけではないけれど、今日は“特別”な日だから。ほんの少しだけ気を遣ってやろうと。グリムは再び寛大な鼻息を吐いて、歩き出す。
骨付きチキンを残しておかなかったら、やっぱり“アイツ”の尻を燃やしてやろうと考えながら。
あたたかく香りをあげる紅茶に、バラの花びらを散らして焼いたクッキー、色とりどりのマカロン。ハーツラビュルのお茶会で用意されているであろうお菓子をひとつひとつ思い浮かべて歩くグリムの身体に、粉雪がやさしく舞い落ちる。ひらひら、ふわふわ。くしゅん、とくしゃみがひとつ。
この分だと、オンボロ寮に帰る頃には積もっているかもしれない。
そうしたら、ご馳走でぱんぱんになったお腹を抱えて。グリムのヤドリギのお陰で顔を真赤にしてるであろう子分と一緒に毛布にくるまってやろう。
食べすぎてなかなか寝付けなかったら、クリスマスの日に膨らんだ靴下になにが入っているか二人で予想するのもいい。
グリムと監督生は、きっとたくさんプレゼントを貰えるに決まっている。親分と子分、二人で一人。問題児だらけのNRCの中で、互いを“特別”だと思い合う二人が良い子じゃないわけがないから。
天使の羽根のような粉雪はますます勢いを増して。
静かに、優しく。オンボロ寮の屋根や庭、そしてグリムが歩く小道を白く染めていく。それは天からの“特別”な贈り物のようだった。
End.
1/1ページ