10月/mention
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Flower Dictionary
金木犀/Osmanthus
モクセイ科
花言葉…初恋
庭園樹や街路樹として植栽に使われ、秋に橙黄色の花を咲かせて甘い香りを放つ。
花冠を乾燥させて白酒に漬けたり、茶に混ぜて花茶にしたり、蜜煮にして香味料に仕立てることもできる。
ジンチョウゲ、クチナシと並ぶ三香木のひとつ。
《mention》
世界を、灰色の空とそこからこぼれる生ぬるい水でゆっくりと閉じ込めるみたいに、朝からずっと淀みなく聞こえていた雨音。
それがいつの間にか聞こえなくなったことに気付いて、オレはほつれたカーテンを少しだけ引いた。
黴くさいカーテンの向こう、窓が切り取った空に浮かんでいた筈の鈍色の雲は遠くに押しやられて、高いところからやわらかな金色の光が差している。雨上がり。雨粒に濡れた木々の葉っぱが光を反射して、水晶みたいにきらきらと輝いていた。
そろそろタイムリミットかな。オレが寮内にいないことに、リドルくんやトレイくんが気付く頃。
いつも、ここにいる時間はどんなに長くても一時間とか、それくらいだったっけ。
笑ったり、喋ったり、みんながオレだと思っているオレでいることに疲れたとき。オレは一人で、オンボロ寮に来てた。小さい子供が、膝を抱えてベッドにつくった秘密基地でうずくまるみたいに。
監督生ちゃんは、言葉少なに突然訪れるオレになにも聞かず、ただ扉を開いて通してくれる。
オレは色んな人と分け隔てなく交流している方だけど、監督生ちゃんと特別親しいってわけじゃなかった。
もちろん、リドルくんのあの事件とか、かわいい後輩くんたちと仲が良いってこととか、その他大勢の生徒から一歩ずれたところにいる存在だったけど、だからと言って理由もなく彼女の部屋を訪れるような関係性じゃなかったのに。
一人になりたくて歩き出して、気付けばオンボロ寮の扉を叩いていたあの日は、もう随分前のことみたいに感じる。
監督生ちゃんは驚きもせず、理由を聞くでもなく、ただオレを談話室に招き入れて紅茶を淹れてくれた。
うちの寮のお茶会で飲む紅茶と違って香りもなにもないありふれたティーバッグの紅茶だったけど、素朴な味がその時のオレにはほっとする味だった。
オレに紅茶のカップを差し出した後、監督生ちゃんはソファに座って本を読み始めて。
静かな沈黙だけが横たわる空間。でも、重苦しい沈黙じゃなかった。オレがここにいることを許されている、そんな風に、自然な沈黙。
だからオレも、窓から見える自由な方向に伸びた木の枝や、カップの中で揺れる紅茶の小さなさざなみをただ眺めて過ごした。
サイレントモードにしたスマホの通知ランプの点滅をいい加減見て見ぬふりが出来なくなった頃に、オレは紅茶のお礼を言ってオンボロ寮を出た。監督生ちゃんはやっぱりなにも聞かずに、「またどうぞ」ってつぶやくみたいに言って、きしむ扉を閉めた。
それで。その日からオレは、時おり一人でオンボロ寮を訪れるようになった。
オンボロ寮にいる時は、いつだって手のひらに感じていないと落ち着かないスマホを触ることが殆ど無くて。ただぼんやりと監督生ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲んだり、窓の外を眺めたり、あまり座り心地が良いとは言えないソファに寝そべってみたり。
監督生ちゃんも本を読んだり、課題を片付けたり、お昼寝中のグリムくんのお腹を撫でたりする。微睡みみたいな沈黙の中で、同じ時間を共有する。ただそれだけ。
そんなオレたちの関係に、名前はなかった。
でも、オレたちの間にはなんとなく、ふつふつと静かに揺れるなにかが生まれていて。オレだけじゃなくて監督生ちゃんもその存在を感じていた筈だけど。
だからと言って、二人ともそれについて言葉にしたり確認したりすることはなかった。
ギイギイと軋む窓を力任せに開けると、金色の光がオンボロ寮の中にも降り注いだ。
鈍色の天気の中では気付かなかった埃が、光に照らされて宙を踊る。
主をなくした家は、散らかす人も汚す人もいないのに、どうしてこんなふうに荒んでいくんだろう。
監督生ちゃんは、数ヶ月前に、ここを去った。
時空の歪みとか、星の巡りとか、難しいことはオレにはよく分からないけど。とにかく、突然彼女の世界とここを繋ぐ道が現れたんだって。
鏡舎にはたくさんの生徒たちが集まって、思い思いの様相で監督生ちゃんを囲んでいた。
エースちゃんは怒ってるみたいに見えたし、デュースちゃんは隠すこともせず泣きに泣いて。そんなみんなに監督生ちゃんは穏やかな表情で一言ずつ声をかけてた。
オレの前に立った監督生ちゃんの目がほんのすこし逡巡して、小さい唇が言葉を落とす前に、オレは「元気でね!」って言った。バカみたいに明るい声で。
ダメだよ、なにも言わないで。オレたちの間に生まれたなにかについて、言葉にしないで。だってそれを置いて、君は行っちゃうんでしょ?
オレは笑ってたけど、気を抜いたらそんな言葉たちが溢れてしまいそうで、いつも以上にテンションを上げないとって必死だった。目敏いトレイくんに見抜かれたらやだなって思ってたけど、しんみりした空気を変えるためのオレの気遣いだって、トレイくんらしい解釈をしてくれたみたいでホッとした。
監督生ちゃんはオレの言葉を飲み込むみたいに大きく息を吸った。それから、「ケイト先輩も、お元気で」それだけ言って、鏡の向こうに消えた。
オレは、華奢な背中をただ黙って見送って。
監督生ちゃんが帰った後、しばらくは彼女の不在が波紋みたいにまだ学園に残っていた。
エーデュースちゃんたちは事ある毎に「な、監督生?」なんて言って、その度に答える声がないことに傷付いた顔をしていたし、リドルくんですら「寂しくなるね」って監督生ちゃんが好きだった紅茶を淹れてため息をついていた。
ぽっかり空いた穴みたいな彼女の不在。でも時が流れれば、それが段々当たり前になって。監督生ちゃんがいない世界の日常が出来上がっていって。そんな中でオレだけが監督生ちゃんが消えた世界の小さな窪みに、子供みたいにひっそりと膝を抱えてうずくまってる。
こうして、やっぱり疲れたときに今でもオンボロ寮を訪れる。ここにある沈黙は、今ではすっかり埃っぽくなってしまったけれど。
ねえ、もしあの時。行かないでって言ったら、オレの傍にいてくれた?
なんて、考えたってしょうがない。
窓から、雨上がりの湿度と秋が深まる前の冷たさが混ざりあった風が吹いてくる。オンボロ寮の裏手にある山の上の方は、もう葉っぱが暖色に染まり始めてる。
ほら、世界はいつだって綺麗。君がいなくても。ほら、世界はなにも変わらない。君がいなくても。そうだよね?そうじゃないと、オレ、すこし困っちゃうかも。
数分前に、トレイくんから着信があった。いい加減戻らないと。
開閉の回数が減ったことでますますきしむ音が強くなった気がするオンボロ寮の玄関ドアを押して外に出たら、金色の世界には甘い香りが満ちていた。
甘くて、懐かしくて、輪郭を確かめようとすると遠退いてしまう、そんな匂い。
あたりを見回して、見つけたのはオンボロ寮の門の近くに伸びた太い木。緑の葉っぱを生い茂らせて、その葉っぱの中で黄色い花が散りばめられたみたいに咲いてる。金木犀だ。
オレは写真を撮ろうとして、止めた。かわりに検索窓にキンモクセイ、と打ち込む。
─キンモクセイはモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹で、モクセイの変種。
庭園樹や街路樹として植栽に使われます。秋に橙黄色の花を咲かせて甘い香りを放ち、─
ウェブ上のフリー百科事典サイトに並んだ言葉をなんとなく流し見しながらスクロールして、また別のサイトをタップする。
─花冠は四深裂し、厚みがあります。おしべは2本で短く、─
四深裂、なんて難しい言葉使わなくても。花びらが四枚でいいじゃんね。
顔も名前も知らない誰かが書いたものに心の中でツッコミを入れていたら、一陣の強い風が吹いて、ちょうどオレのスマホのスクリーンの上に金木犀の花がひとつ、降ってきた。
指先でそっと摘んで見てみたら、確かに四枚の花びらに見えるそれは全部繋がっていて。
足元で絨毯みたいになっている、散った花びらも試しに何個か拾って確かめる。やっぱり全部同じかたちだった。
うちの寮の庭に咲いてるバラみたいに、花びらが一枚ずつ剥がれて、ひらひら散っていくことはないらしい。
─キンモクセイの花は十字の形を保ったまま、花を支える軸と一緒に散ります。木には、花が咲いていた跡形すら残りません。
キンモクセイは蕾も殆ど姿を見せず、花が咲いたあとに実が実ることもありません。
誰もが立ち止まり、振り返るような香りをあたりに漂わせて。
そして、幻のように消えてしまうのです─
スクリーンの文字の上に、ぽたりぽたりと落ちた滴が、自分の涙だって気付くまでほんのすこし時間がかかった。
「あーあ、困っちゃうな……ほんとに」
自分の意思とは関係なく流れ出すそれを、自分の意思で止めるのは難しい。
金色の絨毯の上にしゃがみこんで、オレは涙を流しながら、とりあえず笑ってみる。
甘い香りがオレを包むみたいに漂って、その匂いがすごく優しくて、あの子みたいで。
足元で散らばってる花に、カメラのレンズを向ける。カシャリという聞き慣れたシャッター音はいつもより乾いた響きで金色の光の中に溶けていった。
雨風に飛ばされた花びらはところどころ茶色く変色し始めてるものとか、土がついちゃってるものもあったけど、それが絶妙な雰囲気のある陰影をつくって、思いの外綺麗に撮れた。
「けーくん、やっぱ天才かも」
でもこれはどこにも載せない、誰にも送らない。
行ってしまったあの子の、まだかすかに残ってる余韻。それをフレームの中に閉じ込めて。
心の中で、届かないどこかに向けて投稿する。
#バイバイ監督生ちゃん
#オレはきっと君のことが好きでした
End.
金木犀/Osmanthus
モクセイ科
花言葉…初恋
庭園樹や街路樹として植栽に使われ、秋に橙黄色の花を咲かせて甘い香りを放つ。
花冠を乾燥させて白酒に漬けたり、茶に混ぜて花茶にしたり、蜜煮にして香味料に仕立てることもできる。
ジンチョウゲ、クチナシと並ぶ三香木のひとつ。
《mention》
世界を、灰色の空とそこからこぼれる生ぬるい水でゆっくりと閉じ込めるみたいに、朝からずっと淀みなく聞こえていた雨音。
それがいつの間にか聞こえなくなったことに気付いて、オレはほつれたカーテンを少しだけ引いた。
黴くさいカーテンの向こう、窓が切り取った空に浮かんでいた筈の鈍色の雲は遠くに押しやられて、高いところからやわらかな金色の光が差している。雨上がり。雨粒に濡れた木々の葉っぱが光を反射して、水晶みたいにきらきらと輝いていた。
そろそろタイムリミットかな。オレが寮内にいないことに、リドルくんやトレイくんが気付く頃。
いつも、ここにいる時間はどんなに長くても一時間とか、それくらいだったっけ。
笑ったり、喋ったり、みんながオレだと思っているオレでいることに疲れたとき。オレは一人で、オンボロ寮に来てた。小さい子供が、膝を抱えてベッドにつくった秘密基地でうずくまるみたいに。
監督生ちゃんは、言葉少なに突然訪れるオレになにも聞かず、ただ扉を開いて通してくれる。
オレは色んな人と分け隔てなく交流している方だけど、監督生ちゃんと特別親しいってわけじゃなかった。
もちろん、リドルくんのあの事件とか、かわいい後輩くんたちと仲が良いってこととか、その他大勢の生徒から一歩ずれたところにいる存在だったけど、だからと言って理由もなく彼女の部屋を訪れるような関係性じゃなかったのに。
一人になりたくて歩き出して、気付けばオンボロ寮の扉を叩いていたあの日は、もう随分前のことみたいに感じる。
監督生ちゃんは驚きもせず、理由を聞くでもなく、ただオレを談話室に招き入れて紅茶を淹れてくれた。
うちの寮のお茶会で飲む紅茶と違って香りもなにもないありふれたティーバッグの紅茶だったけど、素朴な味がその時のオレにはほっとする味だった。
オレに紅茶のカップを差し出した後、監督生ちゃんはソファに座って本を読み始めて。
静かな沈黙だけが横たわる空間。でも、重苦しい沈黙じゃなかった。オレがここにいることを許されている、そんな風に、自然な沈黙。
だからオレも、窓から見える自由な方向に伸びた木の枝や、カップの中で揺れる紅茶の小さなさざなみをただ眺めて過ごした。
サイレントモードにしたスマホの通知ランプの点滅をいい加減見て見ぬふりが出来なくなった頃に、オレは紅茶のお礼を言ってオンボロ寮を出た。監督生ちゃんはやっぱりなにも聞かずに、「またどうぞ」ってつぶやくみたいに言って、きしむ扉を閉めた。
それで。その日からオレは、時おり一人でオンボロ寮を訪れるようになった。
オンボロ寮にいる時は、いつだって手のひらに感じていないと落ち着かないスマホを触ることが殆ど無くて。ただぼんやりと監督生ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲んだり、窓の外を眺めたり、あまり座り心地が良いとは言えないソファに寝そべってみたり。
監督生ちゃんも本を読んだり、課題を片付けたり、お昼寝中のグリムくんのお腹を撫でたりする。微睡みみたいな沈黙の中で、同じ時間を共有する。ただそれだけ。
そんなオレたちの関係に、名前はなかった。
でも、オレたちの間にはなんとなく、ふつふつと静かに揺れるなにかが生まれていて。オレだけじゃなくて監督生ちゃんもその存在を感じていた筈だけど。
だからと言って、二人ともそれについて言葉にしたり確認したりすることはなかった。
ギイギイと軋む窓を力任せに開けると、金色の光がオンボロ寮の中にも降り注いだ。
鈍色の天気の中では気付かなかった埃が、光に照らされて宙を踊る。
主をなくした家は、散らかす人も汚す人もいないのに、どうしてこんなふうに荒んでいくんだろう。
監督生ちゃんは、数ヶ月前に、ここを去った。
時空の歪みとか、星の巡りとか、難しいことはオレにはよく分からないけど。とにかく、突然彼女の世界とここを繋ぐ道が現れたんだって。
鏡舎にはたくさんの生徒たちが集まって、思い思いの様相で監督生ちゃんを囲んでいた。
エースちゃんは怒ってるみたいに見えたし、デュースちゃんは隠すこともせず泣きに泣いて。そんなみんなに監督生ちゃんは穏やかな表情で一言ずつ声をかけてた。
オレの前に立った監督生ちゃんの目がほんのすこし逡巡して、小さい唇が言葉を落とす前に、オレは「元気でね!」って言った。バカみたいに明るい声で。
ダメだよ、なにも言わないで。オレたちの間に生まれたなにかについて、言葉にしないで。だってそれを置いて、君は行っちゃうんでしょ?
オレは笑ってたけど、気を抜いたらそんな言葉たちが溢れてしまいそうで、いつも以上にテンションを上げないとって必死だった。目敏いトレイくんに見抜かれたらやだなって思ってたけど、しんみりした空気を変えるためのオレの気遣いだって、トレイくんらしい解釈をしてくれたみたいでホッとした。
監督生ちゃんはオレの言葉を飲み込むみたいに大きく息を吸った。それから、「ケイト先輩も、お元気で」それだけ言って、鏡の向こうに消えた。
オレは、華奢な背中をただ黙って見送って。
監督生ちゃんが帰った後、しばらくは彼女の不在が波紋みたいにまだ学園に残っていた。
エーデュースちゃんたちは事ある毎に「な、監督生?」なんて言って、その度に答える声がないことに傷付いた顔をしていたし、リドルくんですら「寂しくなるね」って監督生ちゃんが好きだった紅茶を淹れてため息をついていた。
ぽっかり空いた穴みたいな彼女の不在。でも時が流れれば、それが段々当たり前になって。監督生ちゃんがいない世界の日常が出来上がっていって。そんな中でオレだけが監督生ちゃんが消えた世界の小さな窪みに、子供みたいにひっそりと膝を抱えてうずくまってる。
こうして、やっぱり疲れたときに今でもオンボロ寮を訪れる。ここにある沈黙は、今ではすっかり埃っぽくなってしまったけれど。
ねえ、もしあの時。行かないでって言ったら、オレの傍にいてくれた?
なんて、考えたってしょうがない。
窓から、雨上がりの湿度と秋が深まる前の冷たさが混ざりあった風が吹いてくる。オンボロ寮の裏手にある山の上の方は、もう葉っぱが暖色に染まり始めてる。
ほら、世界はいつだって綺麗。君がいなくても。ほら、世界はなにも変わらない。君がいなくても。そうだよね?そうじゃないと、オレ、すこし困っちゃうかも。
数分前に、トレイくんから着信があった。いい加減戻らないと。
開閉の回数が減ったことでますますきしむ音が強くなった気がするオンボロ寮の玄関ドアを押して外に出たら、金色の世界には甘い香りが満ちていた。
甘くて、懐かしくて、輪郭を確かめようとすると遠退いてしまう、そんな匂い。
あたりを見回して、見つけたのはオンボロ寮の門の近くに伸びた太い木。緑の葉っぱを生い茂らせて、その葉っぱの中で黄色い花が散りばめられたみたいに咲いてる。金木犀だ。
オレは写真を撮ろうとして、止めた。かわりに検索窓にキンモクセイ、と打ち込む。
─キンモクセイはモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹で、モクセイの変種。
庭園樹や街路樹として植栽に使われます。秋に橙黄色の花を咲かせて甘い香りを放ち、─
ウェブ上のフリー百科事典サイトに並んだ言葉をなんとなく流し見しながらスクロールして、また別のサイトをタップする。
─花冠は四深裂し、厚みがあります。おしべは2本で短く、─
四深裂、なんて難しい言葉使わなくても。花びらが四枚でいいじゃんね。
顔も名前も知らない誰かが書いたものに心の中でツッコミを入れていたら、一陣の強い風が吹いて、ちょうどオレのスマホのスクリーンの上に金木犀の花がひとつ、降ってきた。
指先でそっと摘んで見てみたら、確かに四枚の花びらに見えるそれは全部繋がっていて。
足元で絨毯みたいになっている、散った花びらも試しに何個か拾って確かめる。やっぱり全部同じかたちだった。
うちの寮の庭に咲いてるバラみたいに、花びらが一枚ずつ剥がれて、ひらひら散っていくことはないらしい。
─キンモクセイの花は十字の形を保ったまま、花を支える軸と一緒に散ります。木には、花が咲いていた跡形すら残りません。
キンモクセイは蕾も殆ど姿を見せず、花が咲いたあとに実が実ることもありません。
誰もが立ち止まり、振り返るような香りをあたりに漂わせて。
そして、幻のように消えてしまうのです─
スクリーンの文字の上に、ぽたりぽたりと落ちた滴が、自分の涙だって気付くまでほんのすこし時間がかかった。
「あーあ、困っちゃうな……ほんとに」
自分の意思とは関係なく流れ出すそれを、自分の意思で止めるのは難しい。
金色の絨毯の上にしゃがみこんで、オレは涙を流しながら、とりあえず笑ってみる。
甘い香りがオレを包むみたいに漂って、その匂いがすごく優しくて、あの子みたいで。
足元で散らばってる花に、カメラのレンズを向ける。カシャリという聞き慣れたシャッター音はいつもより乾いた響きで金色の光の中に溶けていった。
雨風に飛ばされた花びらはところどころ茶色く変色し始めてるものとか、土がついちゃってるものもあったけど、それが絶妙な雰囲気のある陰影をつくって、思いの外綺麗に撮れた。
「けーくん、やっぱ天才かも」
でもこれはどこにも載せない、誰にも送らない。
行ってしまったあの子の、まだかすかに残ってる余韻。それをフレームの中に閉じ込めて。
心の中で、届かないどこかに向けて投稿する。
#バイバイ監督生ちゃん
#オレはきっと君のことが好きでした
End.