9章 狭間の女
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KC特別医療センターのICUは、もはや静謐な病室ではなかった。
そこは、死という敗北を認めることを禁じられた、冷徹な戦場へと変貌していた。
飛び交うのは、ドイツ語、英語、そして日本語。
瀬人が世界中から超高速プライベートジェットで強制招集した、各分野の権威たちが一堂に会していた。
「……不可能だ。これほどの損傷、現代医学では……」
一人の外科医が、血の気の引いた顔で呟いた。
だが、その言葉が終わる前に、鼓膜を貫くような冷徹な声が響く。
「不可能だと? 貴様の無能を医学の限界にすり替えるな。その軟弱な脳細胞で導き出せない解は、俺が既に用意してある」
瀬人はモニター越しに、独自開発した細胞再生シミュレーションの結果を突きつけた。
「医学の常識など知ったことか。俺が求めているのは、彼女が再び目を開けるという唯一の結果だけだ。一秒の遅れも許さん。全リソースを神経系の再構築に集中させろ。それができぬ者は、二度と医学界にその名を残せると思うな!」
医師たちの背中に冷や汗が流れる。
彼らが向き合っているのは、もはや一人の「患者」ではない。
海馬瀬人がその全存在を賭けて繋ぎ止めようとしている、唯一無二の価値そのものだった。
手術室の厚い硝子越しに、瀬人は腕を組み、微動だにせずその光景を凝視していた。
(……無様な姿だな、なまえ)
硝子の向こうで、無数の管に繋がれ、命の灯火を点滅させているなまえ。
海馬瀬人という男にとって、世界は常に自らが支配し、動かすべき盤面であった。
だが今、その盤面で最も重要な共犯者というピースが、自分の手の届かない領域――生と死の境界線で、他人の手に委ねられている。
その事実が彼のプライドを、そして喉の奥を、不快なまでに焼き焦がしていた。
彼女は言った。全生命と未来を、貴方に賭ける、と。
ならば、勝手にその勝負を降りることは許されない。
(貴様のいない盤面など、俺は認めん。貴様が俺の背を支えると言うのなら、その腕が千切れようとも、俺の傍らで朽ち果てるまでその義務を果たせ)
己が投じた巨額の資金、最新の機材、そして世界中から集めた最高峰の頭脳……
それらすべてが、自らのロジック通りに機能し、彼女という存在を再構築すること。
それはもはや、祈りではなく執念だった。
「……血圧低下。昇圧剤、追加投与」
「損傷部位の癒着を確認。ナノ溶液、循環開始……」
防音性の高い硝子の向こうから、医師たちの抑制された声が、スピーカーを通じて低く響く。
世界中から集められた神の手たちが、背後に突き刺さる王の視線に、沈黙の中でメスを動かしている。
不意に、モニター上の不規則な波形が、長い尾を引くような静寂の後に、確かな山を描いた。
「――心拍、安定。バイタル、正常値へ復帰します」
その報告が聞こえた瞬間。
瀬人は眉一つ動かさず、だが、その薄い唇に愉悦の弧を描いた。
彼は横たわるなまえを見下ろしたまま、喉の奥で低く、狂気を孕んだ笑い声を漏らす。
勝利の冷笑だった。
瀬人は翻るコートの音と共に、迷いのない足取りでその場を離れた。
彼の背中に、もはや一欠片の揺らぎもない。
次に彼がやるべきことは、この勝利を盤石なものにするための、徹底的な「掃除」であった。
廊下で控えていた磯野が、主の放つ、肌を刺すような冷徹な覇気に息を呑む。
「……磯野。状況を報告しろ」
「はっ! アイギスの残存勢力は、地中海のプライベート・アイランドを拠点に再編を図っている模様です。また、彼らの資金源となっている複数のダミー企業が、現在も国際市場で稼働しています」
「フン……。ネズミ共が、まだ逃げ場があると思っているようだな」
「アイギスが管理する全口座に、KCのクラッキング・プログラムを流し込め。1分以内に全資産を凍結し、そのすべてを国際慈善団体への寄付名目で匿名送金しろ」
「……!! それでは、彼らは一文無しに……」
「それだけではない。世界中の軍事当局、国際警察、そして奴らが裏で繋がっていた政治家たち……。すべての端末に、アイギスのこれまでの全取引記録と、関わった人間すべての個人情報を一斉送信しろ。送信元は徹底的に秘匿。出所不明の内部告発としてだ」
瀬人の瞳に、冷たい狂気を孕んだ愉悦の火が灯る。
「金という弾丸を失い、逃げ場所という拠点を失い、世界中の権力から追われる身となる。……死ぬよりも過酷な、終わりのない逃走劇を奴らにプレゼントしてやれ。奴らが信奉する『鉄と血の論理』が、この情報の時代にいかに無力か、その身に刻ませるのだ」
瀬人は端末を閉じ、硝子の向こうに広がる童実野町の夜景を見つめた。
(匿名で盤面をひっくり返す……貴様の得意なやり方だったな、なまえ。その策、今ここで使わせてもらうぞ)
瀬人は不敵に口角を上げた。
数分後、世界中の金融ネットワークをKCのクラッキング・プログラムが駆け巡り、アイギスの心臓部であった資金源は、音もなく霧散した。
介入の足跡一つ残さず、対象が依って立つ地を文字通り荒野へと変える海馬コーポレーションの力は、あまりに圧倒的だった。
彼らの手元にある武器を維持する資金も、逃走するための身分も、組織を支えていた汚れた利権も、すべては名もなき告発によって白日の下に晒され、国際警察の包囲網へとすり替わっていた。
物理的な爆発など、そこにはない。
アイギスという組織の存在そのものが、この世界のシステムから冷徹にデリートされたのだ。
「……フン。こんなゴミの清掃など、容易いものだ」
瀬人は手元の端末を閉じ、一瞥もくれずに席を立った。