8章 沈黙の女
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海馬コーポレーションが誇る、世界最高峰の医療技術を結集した特別医療センター。
その最上階に位置するICUは、外界の喧騒を一切遮断した、静謐な鋼鉄の神殿のようであった。
立ち並ぶ精密機器が発する無機質な電子音と、なまえの命を繋ぐ人工呼吸器の規則的な駆動音だけが、死の淵に踏みとどまっている彼女の存在を証明している。
瀬人は、そのベッドの傍らで直立不動のまま、横たわるなまえを見下ろしていた。
一分の隙もないその立ち姿は、まるで彼女を連れ去ろうとする死神を拒絶する番人のようでもあった。
その顔には、深い思索の影が落ちている。
ふと、瀬人はその大きな手を伸ばした。
死人のように白い彼女の頬を、壊れ物を扱うかのような手つきで、そっとなぞる。
(……全生命と未来を、貴方に賭ける、か)
脳裏に、彼女の声が蘇る。
あの時、なまえが向けた視線の強さ。
海馬瀬人という男の傲慢さも孤独もすべて飲み込んだ上で、自らの運命をチップとして盤面に投げ出した、あの覚悟。
バトルシップのデッキで、風に吹かれながら自分を鼓舞した彼女の言葉。
孤高であることこそが王の証だと信じて疑わなかった自分の背中を、彼女が、その腕で支えていた。
「……俺は、どうすればいい」
微かに、掠れた声がこぼれる。
海馬瀬人の辞書には存在しないはずの、弱気な独白。
鉄の規律を誇るはずのロジックが、彼女というピースを欠いただけで、これほどまでにも脆く、混濁するのか。
瀬人は突きつけられていた。己という存在の、底知れぬ脆弱さを。
孤高を絶対とし、誰の手も借りぬと嘯いてきた自分が、一人の女の不在にこれほどまで根底から揺らぐ。
彼女がいたからこそ、自分は王として在れたのだ。
彼女が差し出す無謀なまでの信頼と、その存在が自分に与えていた揺るぎない確信。
それこそが己の強さの正体であったことを、身を切られるような静寂の中で理解した。
記憶の深淵から、ある光景が鮮烈に浮上する。
かつて、彼が戦いに敗れ、すべてを失って廃人同然の沈黙に沈んでいた日々。
主を失い、ハイエナたちに食い荒らされようとしていた海馬コーポレーション。
その不在の盤面をたった一人で守り抜き、泥を啜りながらも瀬人の帰還を待ち続けていたのは、他ならぬ彼女だった。
彼女は、絶望に屈しなかった。
王が不在の玉座の前で、ただ冷徹に、そして苛烈に、彼が帰るべき場所を死守していたのだ。
「……借りを返す時がきたようだな」
頬を撫でていた指先が止まり、瀬人の瞳に、再び鋭い光が戻る。
そこに宿るのは、先程までの逡巡を焼き尽くすほどの、強靭な意志。
貴様が、俺のためにすべてを投げ出してその場所を守り抜いたように。
今度は俺が、貴様をこの世に繋ぎ止めてみせる。俺の覇道を支える柱として……貴様には、これからも最高の共犯者であり続けてもらわねばならぬ。
瀬人は確信し語気を強めて呟いた。
「寝ている暇などないぞ、なまえ。
お前は、己の人生と引き換えた賭けの結末を見届けていない。俺が真の王として君臨する姿。その光景を目にしないうちに死ぬことなど、断じて許さん」
瀬人は翻るコートの音と共に、迷いのない歩みでICUを後にした。
最果ての共犯者を救い出すための王の帰還であった。
ICUの重厚な自動ドアが、威嚇するような音を立てて開く。
そこには、主の帰還を待つ磯野と、KCの精鋭スタッフたちが一列に並び、息を呑んで控えていた。
瀬人のコートから漂う血の匂いと、その瞳に宿る絶対零度の殺意に、誰もが本能的な恐怖で立ち尽くす。
「磯野!!」
「は、はいっ!」
瀬人の怒号が、静まり返った廊下を切り裂いた。
彼は歩みを止めることなく、磯野を、そして世界を従わせるための命令を下す。
「現在進行中の全プロジェクトを、即刻凍結しろ。新型デュエルディスクの開発も、世界海馬ランド計画も……すべてだ! 海馬コーポレーションの全リソース、全資金、全計算能力を、みょうじなまえの治療にのみ振り切れ!」
「しかし瀬人様、それでは数千億規模の損失が……」
「黙れッ!!」
瀬人の一瞥が、磯野の言葉を凍らせた。
「損失など、俺が後でいくらでも取り返してやる。世界中の名医、最新の再生医療、未承認のナノマシン……使えるものはすべて使え。不可能という言葉を吐いた者は、即刻叩き切れ!!」
「……しょ、承知いたしました! 直ちに実行します!」
瀬人の命令はそれだけでは終わらなかった。
「……それから、もう一つだ。」
瀬人の声が、地を這うような低音へと変わる。
「武装集団アイギス……。サイラスという頭を失っても、まだ組織の残党が巣食っているはずだ。ネットワークの隅々まで、奴らの痕跡を洗い出せ。資金源を絶ち、拠点を灰にし、この地上から文字通り根絶やしにしろ。一欠片の細胞すら、この世界に残すことは許さん」
それは、ビジネスでも制裁でもない。
王の逆鱗に触れた者たちへの、徹底的な「消去」の宣告であった。