6章 憂う女
夢小説設定
本棚全体の夢小説設定※海馬瀬人✕固定夢主
(デフォルト名:みょうじ なまえ)長編、短編固定です。
※原作ベースの独自解釈・捏造設定・オリジナル組織を含みます。
※夢小説というジャンルを理解されている方のみ閲覧ください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
バトルシップは、重苦しい沈黙を引き摺りながらアルカトラズへと入港した。
海上にそびえ立つ巨大な人工島。
かつて海馬剛三郎が兵器開発の拠点としていた、負の遺産だ。
なまえは、甲板から見上げる塔の威容に、瀬人が抱える憎悪の形を見ていた。
彼がこの忌まわしい場所を最終決戦の地に選んだ理由。
その墓標の上で遊戯を倒すことで、剛三郎の亡霊を葬り去り、頂点に立つとともに自らの呪縛を解くためだ。
(……瀬人くん。遊戯くんに勝ったところで貴方は壁を越えられないわ)
なまえは、瀬人の隣で同じ景色を見ながら、冷静にそう踏んでいた。
復讐を完遂した後に残るのは、さらなる虚無でしかない。
けれど、もし彼がその虚無の先で、新たに自らの道を歩み始めるというのなら。
それがたとえどれほど茨の道であっても、その選択を支え、盤面を整え続ける。
それが共犯者として決意した、自身の次の一手なのだと――彼女は独り、静かに覚悟を固めていた。
だが、現実は彼女の想像を遥かに超えた速度で、非合理の深淵へと転げ落ちていく。
そこはもはやゲームの領域を逸脱していた。
孔雀舞は意識不明の重体。獏良は血みどろで運ばれ、そしてついに、城之内克也がデュエルの果てに心停止へと至る。
「流石に笑えないわ。不祥事なんてレベルじゃない」
医務室から戻ったなまえの顔は青ざめていた。
手元の端末には、警察への報告手順、マスコミへの公表案、そして法的リスクが、警告音を立てて積み上がっている。
「主要参加者の死亡、および重体。海馬コーポレーションの社会的信用は、今この瞬間、奈落の底に落ちようとしているわ。磯野さん、弁護士団へ至急連絡を。それから……」
「フン、騒々しいぞ。凡骨の一人や二人、デュエリストなら覚悟の上だろう」
コンソールに腕を組み、モニターを凝視したまま瀬人が冷たく言い放つ。
「貴方ね……! DEATH-Tとは訳が違うのよ。あの時は双六さんを追い詰めても、それは閉ざされた城の中での私的な制裁に過ぎなかった。でも今回は、世界中のメディアが注目する公的なトーナメントなの!主催企業の社長が参加者を次々と死に追いやるデスゲームを運営していたなんて、国際社会が許すはずがないわ…」
なまえは一歩踏込み、瀬人の視線を無理やり自分へと向けさせた。
「憎しみの果てに、貴方は最も忌むべき対象、海馬剛三郎と今まさに同義になろうとしている。それは貴方にとって正解なの?」
「なまえ、貴様……この俺を、あの腐れ外道と同じだと抜かすか!」
瀬人の全身から、肌を刺すような剥き出しの威圧感が放たれる。
その青い瞳は、もはや怒りを通り越し、絶対的な拒絶の色に染まっていた。
「事実を言っているだけよ。今の貴方は、過去という名の泥濘に足を取られて、自分の足元が汚れきっていることにすら気づいていないわ」
「黙れ! 貴様に何がわかる! 俺の道は、俺自身の勝利によってのみ証明される。遊戯を倒し、頂点に立つ。それ以外の事象はすべてノイズに過ぎん!」
「……そう。言ってもわからないみたいね。いいわ」
「フン。精々そこで、俺が過去を蹂躙し未来を掴み取る様を眺めていろ。賢しらな女狐め」
吐き捨てられた言葉は、彼女の知略への皮肉か、あるいは己の深淵を暴かれたことへの苛立ちか。
結局、二人の言葉が重なることはなかった。
瀬人は激しい足音を立ててブリッジを去り、決戦の舞台へと向かう。
(……早く気づいて、瀬人くん。貴方を本当に縛っているのは、死んだ養父でもオカルトでもない。……貴方自身の、その強すぎる意地なんだってことに)
去りゆく背中を見つめるなまえの瞳には、怒りよりも深い、やり場のない憂いが滲んでいた。
人工島の頂上で、遊戯の最後の一撃が瀬人の盤石だった勝利を打ち砕いた。
光の中に消えていく、青眼の白龍。
瀬人は膝をつき、茫然と空を見上げた。
(……俺がしがみついていたのは、理屈ではなく、ただの醜い執着だったというのか)
敗北の深淵で、彼は初めて、なまえがブリッジで突きつけた正解の意味を理解した。
自分を縛っていたのは、剛三郎でもオカルトでもない。憎しみを捨てきれずにいた、自分自身だったのだ。
(遊戯くん……貴方が、彼に光を与えてくれたのね)
潮風に吹かれながらその横顔を間近で見守っていたなまえは、自身の指先が微かに震えていることに気づく。
目の前の瀬人は、昨夜チェス盤を睨んでいた時の毒々しい焦燥が嘘のように、凪いでいた。
遊戯がもたらしたのは、敗北という名の救済。
彼が自ら首を絞め続けていた剛三郎という名の鎖を、眩い光で焼き切ってくれたのだ。
胸の奥から込み上げる震えるような安堵に、なまえは深く瞳を閉じた。
そう安堵したのも束の間、立ち上がった瀬人がなまえの横を通り過ぎようとする。
彼は一度も足を止めることなく、正面を見据えたまま、極めて事務的で冷徹に指示を突きつけた。
「この忌まわしい島の全てを爆破する。二時間後だ」
「……爆破!? 二時間なんて、遊戯くんたちの決勝戦はどうするつもりなの!?」
「二時間もあれば、奴らの決着と脱出には十分だろう。決勝戦の見物など結果が見えている。俺にこれ以上、この負の遺産に付き合う義理はない」
なまえは耳を疑った。
あまりの突拍子のなさに絶叫しそうになるのをこらえ、大股で歩き出す彼の後を必死に追いかける。
「ちょっと待ちなさい! まだ機材の回収も終わっていないのよ! 瀬人くん!!」
「爆破した後の瓦礫処理や周辺海域の環境対策、行政への説明……私の仕事がどれだけ増えるか分かっているの!? 流石に爆破までは聞いてないわよ!」
「過去の遺物など、塵に還るのが相応しい。瓦礫の片付けだと? そんなものは貴様の得意分野だろう、なまえ」
瀬人は立ち止まり、不敵な笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
「貴様は俺という盤を操るつもりだったようだが、残念だったな。俺は、その盤ごと叩き壊すことに決めた。……俺が歩むべき新たな道に、これ以上この忌まわしい島は必要ない」
「……っ、この、わがまま社長……!!」
なまえは悔しげに拳を握った。
彼が過去と決別するために、物理的な破壊という最も非合理で彼らしい手段を選んだこと。
そして、その巨大な後始末を笑いながら自分に丸投げしたこと。
昨夜、チェスで敗れた屈辱の意趣返しだった。
遊戯とマリクの決勝戦が終えた頃。
騒然とするスタッフやデュエリストたちの怒号が遠くに聞こえる中、瀬人は一歩踏み出した。
「さらばだ……憎しみの塔よ」
低く呟かれたその言葉は、誰に聞かせるものでもない。
自らの戦闘機へと歩を進める。
その傲慢で、孤独で、けれど今までにないほど真っ直ぐな背中を見送りながら、なまえは溜めていた熱を吐き出すように肩を落とした。
「はあ……本当に、手のかかるボスだこと……」
諦めにも似た独り言を呟き、なまえは瀬人の背へ呼びかけた。
「瀬人くん!」
「……なんだ」
なまえは瀬人に近づき、陽に照らされた彼の顔を真っ直ぐに見つめた。
そこにはもう、剛三郎の影に怯え、焦燥に駆られていた頃の険しさはない。
憑き物が落ちたようなどこか澄んだ瞳。
自らを縛っていた鎖を、遊戯という光によって断ち切られた男の顔だった。
「遊戯くんには負けたけれど……貴方は、大切なものを得たみたいね」
なまえが柔らかく微笑むと、瀬人はバツが悪そうに鼻を鳴らした。
「……私は、貴方が壊したものの後始末をするために本社に戻るわ。爆破の事後処理を終えたら、次は海馬ランドの計画で大忙し。貴方のわがままのせいで、当分は寝る暇もなさそうね」
なまえは乱れた髪を抑えながら、瀬人を見上げた。その表情はどこか慈しみに満ちていた。
瀬人はタラップの上で一度だけ振り返り、真剣な眼差しで彼女を射抜く。
「……なまえ」
「なあに?」
「俺が執着するに値する共犯者は、この世に貴様一人だ。……退屈させるなよ」
そう言い残し、彼は機内へと消えた。
彼の背中に柔らかな微笑みを返し、なまえもまた飛行船へと乗り込む。
かつての軍事要塞が、剛三郎という名の憎悪と共に、眩い光の中で崩落していく。
爆風に煽られながらも、飛行船は高度を上げ、過去の亡霊から遠ざる。
今のなまえにとって、それはただの後始末ではない。
彼という高みへ至るための、成長という名の階段。瀬人の傲慢な歩幅に合わせ、彼女もまた次の一歩を刻んでいた。
「……待ってなさい。貴方が戻ってくる頃には、もっと面白い盤面を用意してあげるわ」
窓の外、夕陽を切り裂いてアメリカへと飛ぶジェット機の尾翼を見つめながら、なまえの瞳に次なる高みを見据える鋭い光が宿る。 彼女は再び「鉄の女」の仮面を深く被り直すとともに、その指先はすでに、海馬ランドの予算と人員案を冷徹に弾き始めていた。