4章 空白の女
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(デフォルト名:みょうじ なまえ)長編、短編固定です。
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童実野町は、瀬人が作り上げた巨大な実験場と化していた。
街中のデュエルディスクから送信されるデータは、海馬コーポレーションのメインサーバーへと集約され、リアルタイムで解析されていく。
「瀬人くん、全デュエリストのレベル解析とレアカード所有情報のリスト化、終わったわよ。最終チェックをお願い。KC社員の分も精査済みだから」
コントロールルームに、みょうじなまえの落ち着いた声が響く。
彼女が今しがた完成させたのは、今回のバトルシティにおける戦力図そのものだった。
全国から集まったデュエリストのランク付け、上位候補者の戦術傾向、役職者など社内人員の戦闘能力。
人事部長として、そして彼の共犯者として、彼女は誰が王の道を阻む壁になり得るかを見事に数値化してみせた。
瀬人は差し出されたタブレットを受け取ると、無言でスクロールを開始した。
視線は恐ろしい速度でデータの羅列を追い、矛盾を確認していく。
だが、リストの終端、社内幹部のステータス一覧に差し掛かった時、瀬人の指が止まった。
「……フン。みょうじ、このデータは何だ」
画面には、作成者であるはずのみょうじなまえ自身のステータスが表示されていた。
デュエリストレベル、8。
海馬瀬人が認めるに値すると定義する最上位のランクに位置しながら、その横の戦績欄には0という不可解な数字が刻まれている。
「何って、私のデータでしょ。一応、OSの適性検査はパスしているから」
「ふん……。レベル8の適性を示しながら、実戦記録が皆無。貴様の論理に照らし合わせれば、これは明白なエラーだ。それとも、身内のデータは改竄しても良いというルールに書き換えたのか」
瀬人の鋭い視線が、隣に立つ彼女を射抜く。
なまえは眉一つ動かさず、肩をすくめて見せた。
「改竄なんてしてないわよ。ただ、私は人事部長として数歩先を読んで対処しているだけ。カードを抜く前に勝負を終わらせていれば、ログに残るはずがないでしょ?」
なまえは事も無げに言い捨てると、次の業務のために背を向けた。
瀬人は答えず、再びモニターへと視線を戻した。
だが、その口角は愉悦を含んだ不敵な曲線を描いている。
――数歩先の読みだと? 面白い。
海馬瀬人の世界において、データは絶対だ。
数値化できない空白が存在すること自体が、彼にとっては自身の支配領域への侵犯に等しい。
目の前の女が、自分さえ知らない深淵を隠し持っている。
その事実が、瀬人の独占欲を猛烈に刺激し、かつてない高揚感を与えていた。
徹底的に暴いてやる。
貴様のその澄ました仮面の裏側、誰にも見せていない過去の断片まで、一欠片残らず俺の白日の下に晒してやる。
瀬人はバトルシティを統括するための広域監視網を、本来の目的から逸らし、一人の女の秘められた人生へと突き立てた。
彼は不敵な笑みを浮かべたまま、まるで見えざる敵のデッキを暴くデュエルのように、その検索プロセスそのものを楽しんでいた。
瀬人は、人事部が管理する表向きの経歴という薄皮を剥ぎ取り、その意志をネットワークの深淵へと潜り込ませた。
家族構成、父母と姉の4人。資産状況、わずかな貯蓄のみ。学歴、21歳で海外の大学を卒業、MBA取得済み。画面に並ぶそれらは、どこにでもいる少し優秀な会社員の履歴書に過ぎず、驚くほど平凡なものだった。
非の打ち所がないほどに清潔で、平均的な市民の範疇に収まっている。
だが、瀬人の直感は、その無機質な平穏の裏側に潜むわずかな違和感を逃さない。
レベル8の適性を示しながら、実戦記録も、目立った逸話もない。このあまりに不自然な「無」こそが、彼女が意図的に情報を削ぎ落とした結果であるという確信。
瀬人はバトルシティを統括するための広域監視網を本来の目的から逸らし、検索の深度を極限まで引き上げた。
徹底した解析の果て、情報の波の底から、意図的に埋没させられていたある記録が浮上した。
十数年前の国際チェス大会。
十歳に満たない少女が、並み居る大人たちを冷徹な詰めの一手で投了に追い込んでいく姿。
盤上の王を追い詰めるその眼差しは、今の彼女が人事の席で社員の首を撥ねる時のそれと、全く同じ鋭さを孕んでいた。
さらに、もう一つの記録。障害馬術。
荒ぶる獣を御し、寸分の狂いもなく障害を飛び越えていく、若き日の彼女。
知性と、巨大な力を制御しようとする強固な自制心。
瀬人の唇が、さらに深く、不遜に歪んだ。
彼女は戦う術を知らないのではない。
その高い経験値を、海馬コーポレーションという盤面を回すための戦略に転用しているに過ぎない。
その日から、瀬人は街中の監視カメラを使い、彼女という個体の動線を追い始めた。
平日の彼女は、完璧な人事部長として組織を掃除し続けている。
だが、週末。
彼女がGPSの届かない郊外の森へと向かうことを突き止めた瀬人は、理由のつかない衝動に突き動かされ、自らもヘリを飛ばしていた。
郊外の乗馬クラブ。
童実野町の喧騒が嘘のように穏やかなこの場所で、瀬人は目的の人物を見つけた。
厩舎の洗い場。
なまえが一頭の馬にブラシをかけている。
スーツを脱ぎ捨て、乗馬用のポロシャツとキュロットに身を包んだ彼女は、社長室で見せる鉄の女の顔ではなかった。
「……いい子ね。もう少しで終わるわよ」
馬の首筋に顔を寄せ、優しく囁く声。
その無防備な背中に、瀬人の長い影が落ちた。
「……フン。盤上を離れ、獣の相手とはな。貴様にしては随分と情緒的な趣味だ、みょうじ」
なまえの手が止まった。
彼女はゆっくりと振り返り、そこに立つ、場違いなほど傲慢な王を見上げた。
驚きよりも先に、深い溜息が彼女の唇から漏れる。
「……瀬人くん。貴方、今はアルカトラズへの移動準備で忙しいはずでしょ?」
「俺の進軍を阻む雑多な不純物を、人事という名の盾で全て叩き落としているのは貴様だ。……その程度の余白は、俺が自らこじ開けた。それより……」
瀬人は不敵な笑みを消さぬまま、一歩、彼女の領域へと踏み込んだ。
馬が警戒するように鼻を鳴らすが、彼はそれを気にする様子もなく、なまえの乗馬服姿を独占的な視線で射抜いた。
「かつての『天才』の片鱗……。わざわざその獣を駆る姿を見るまでもない。貴様のその揺るぎない眼光こそが、データの正しさを何よりも雄弁に物語っているぞ。……フン、この猛々しい獣を前にして、睫毛一つ動かさぬその胆力。人事部長という肩書きだけでは説明がつかんからな」
瀬人の声には、暴き立てた真実を自らの審美眼で再確認したことへの、隠しきれない高揚が混じっていた。
「……経験は単なる履歴書の一行じゃない、武器よ。盤上で学んだ詰めの一手も、馬の背で覚えた制御の仕方も、今は貴方の城を守るための技術として昇華されている。……結果が全てでしょ、瀬人くん? プロフェッショナルなら、過程よりもその有用性を正しく評価してほしいものね」
なまえは真っ向から彼を見据え、一歩も引かずに言い放った。
「……それにしても瀬人くん。まさかとは思うけど、私のプライベートまで監視カメラで追跡してるの? ほぼストーカーよ、それ。社長としての危機管理のつもり?」
なまえはブラシをバケツに放り込み、腰に手を当てて彼を睨みつけた。
呆れ果てたというその表情さえ、今の瀬人にとっては、自身の執着を肯定する甘美なノイズに過ぎなかった。
「ストーカーだと? フン、心外だな。俺はただ、自分の城の柱にどれほどの強度が備わっているかを確かめたに過ぎない」
瀬人は不遜な笑みを深め、なまえが手入れをしていた馬――その逞しい首筋に無造作に手を触れた。
馬は一瞬いなないたが、瀬人の放る圧倒的な覇気に圧されたのか、すぐに静かになる。
「……チェスの神童、そして障害馬術の天才。貴様、これほどの才能を過去のゴミ捨て場に放り込み、今の地位に収まっていたというわけか。人事という名の、血の流れない殺戮場にな」
「ゴミ捨て場だなんて、失礼ね。あれはただの通過点よ、瀬人くん。盤の上や馬の背中で学んだことは、今の仕事にすべて生かされているわ」
なまえは真っ向から彼を見据えた。
彼の瞳の奥にあるのは、獲物を追い詰めた猟師の愉悦だ。
「貴様が戦歴を隠し、ログを残さず勝利を収めていた理由……それは自分という駒を盤面から消し去ることで、俺の背後を完璧な死角にするためか。……面白い。貴様という女は、俺が想像していた以上に歪んでいるらしい」
瀬人は至近距離まで歩み寄る。なまえの鼻先を、彼のまとう冷たい香水と、隠しきれない独占欲がかすめた。
「ストーカーでも何でも好きに呼ぶがいい。だが、俺の許可なく俺の前から消えることは許さん。貴様の過去も、現在も、そしてこれから先の未来も……全ては海馬コーポレーションという盤上の、俺の支配下にあることを忘れるな」
「……相変わらずの独裁者ね。いいわ、好きなだけ調べればいい。でも、監視カメラ越しにデータを眺めるのと、こうして実際に私の隣に立つのとでは、解像度が全く違うってことだけは覚えておいて」
なまえは挑戦的に微笑むと、ブラシを片付け、彼に背を向けて厩舎の奥へと歩き出した。
瀬人はそれ以上何も言わず、彼女を引き止めることはしなかった。
ただ、静まり返った厩舎の中で、彼女の凛とした足音と、土に残された確かな蹄の跡を、焼き付けるように見つめ続けていた。
週明けのバトルシティ真っ只中。
月曜日の朝、童実野町は再び戦場へと戻った。
海馬コーポレーションのコントロールルームは、先週末の穏やかな空気など微塵も感じさせない、冷徹なデジタルの光に包まれている。
瀬人はメインモニターの前に立ち、次々と更新されるデュエリストたちの戦況を捌いていく。
その隣には、いつも通り、一分の隙もないスーツ姿のなまえが控えていた。
表向き、二人の関係に変化はない。
だが、瀬人の彼女に対する「見方」は、決定的に変わっていた。
彼女が電話一本でトラブルを収束させる時、瀬人はその声の裏に、チェス盤を支配する神童の計算高さを見出す。
彼女が騒ぎ立てる重役たちを冷徹な一言で黙らせる時、荒ぶる獣を御する馬術師の剛胆さを重ね合わせる。
「瀬人くん、Dブロックでグールズの接触。至急、強制介入が必要よ」
なまえの報告を受け、瀬人の指がキーボードを叩く。
「フン、言われるまでもない。……みょうじ、貴様は現場の監視を続けろ。一秒の遅れも許さん」
「了解。……でも、私のプライベートまでリアルタイムで監視するのは、もうやめておきなさいよ? 仕事の効率が落ちるわ」
なまえが耳元のインカムを調整しながら、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
瀬人は画面から目を逸らさなかったが、その口角が微かに、誰にも気づかれないほど僅かに上がったのを、なまえだけは見逃さなかった。
もはや、彼女は単なる有能な部下ではない。
自分の理解の及ばない「空白」を埋める、唯一無二の共犯者。
瀬人の執着は、彼女の過去を暴いたことで収まるどころか、より深く、より逃れようのない形へと進化していた。