最終章 空が鳴っている
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(デフォルト名:みょうじ なまえ)長編、短編固定です。
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どれほどの時間が過ぎたのか。
重く閉ざされていた瞼の裏に、眩い白光が差し込む。
鼻を突く消毒液の匂いと、絶え間なく響く電子音。
なまえの意識は、深い闇の底からゆっくりと、だが確かな足取りで浮上した。
「……ん……」
かすれた声と共に、二度、三度ほど瞬きをして瞳を開ける。
霞む視界の中で最初に捉えたのは、見知らぬ天井。
そして、椅子に深く腰掛け、微動だにせず自分を見つめていた男の姿だった。
「……目覚めたか。貴様の賭けは、どうやら俺の勝利で終わったようだな」
不遜な言葉。
だが、その声はいつになく優しい温度を孕んでいた。
なまえは酸素マスク越しに、浅い呼吸を繰り返しながら、隣に座る王をじっと見つめた。
「……瀬人、くん……」
「喋るな。まだ安静が必要だ」
瀬人はそう低く制すると、椅子から立ち上がり、ベッドの傍らへと歩み寄った。
その表情は相変わらず冷徹な仮面を被っているように見えたが、わずかに細められた瞳の奥には、数日間にわたる焦燥と、喉元まで出かかった激情を無理やり押し殺しているような、危うい静寂が宿っている。
瀬人は大きな手を伸ばし、なまえの頬にそっと指先を添えた。
死の淵から引きずり戻した、確かな体温。
「貴様の命、そして未来のすべて……あの時俺が買ったと言ったはずだ」
彼はそのまま、壊れ物を扱うかのような手つきで、なまえの肩を引き寄せた。
横たわる彼女の体を包み込み、静かに、二度と離さないという執念を感じさせるように彼女を抱きしめる。
瀬人の純白のコートから、微かに残る冷たい夜風の記憶と、彼自身の高い体温が伝わってくる。
抱きしめられたなまえの耳元で、瀬人の低く、掠れた声が響いた。
「……二度と、俺の許可なく勝負を降りることは許さん」
なまえは、彼の背中に手を回す力こそなかったが、その胸に顔を埋め、トクトクと刻まれる彼の心音を感じて精一杯の言葉を絞り出した。
「うん……」
1ヶ月と少し経った頃。
海馬コーポレーション本社、人事部長室。
なまえは、まだ微かに痛む胸を抑えながら、懐かしいデスクの感触を確かめていた。
「やっぱり、ここが私の居場所ね」
そう呟いた瞬間、ノックもなしにドアが開いた。入ってきたのは、かつてないほど険しい表情をした彼だった。
「……瀬人くん」
「具合はどうだ」
彼はぶっきらぼうに問うた。
「本調子じゃないけど…平気よ。色々と迷惑かけたわね、社長」
「フン、迷惑千万極まりない」
瀬人は鼻を鳴らし、窓の外へと視線を投げた。
その視線の端は、デスクに座るなまえの顔色を、獲物を監視する猛禽類のような鋭さで伺っている。
「……おかげで、俺の貴重なリソースの数割が、無駄な心配という非効率なノイズに割かれた。この損失をどう補填するつもりだ、みょうじ人事部長」
「それは……申し訳ないと思っているわ。だからこうして、予定より早く復帰したのよ。今日からまた、死ぬ気で働くから……」
「死ぬ気だと?」
瀬人の声が、一瞬にして温度を失った。
彼は大股でなまえへと歩み寄り、デスクに手を叩きつけた。
乾いた衝撃音が、静かな室内に響く。
「……あと数ミリ弾道が逸れていなければ、貴様は死んでいた。海馬コーポレーションの重要資産である貴様が、これほど無防備に危機に晒されたことは、重大な職務怠慢と言わざるを得ん。貴様の落ち度だ」
あまりに冷徹な声に、なまえの心臓が温度を失っていくのがわかる。
感謝や労いではなく、突きつけられたのは「職務怠慢」という断罪。
(……解雇通知ね…)
なまえはそれを確信し、全てを受け入れる面持ちで後に続く瀬人の言葉を待った。
瀬人が一枚の書類を差し出した。
「今ここで署名しろ」
治りかけの傷の痛み、そして志半ばで夢が打ち砕かれる痛みを堪えつつも、あくまで鉄の女の仮面を外すことなくなまえは無言で万年筆を取り出した。
彼が選んだ正解なら、それを受け入れるのが共犯者の矜持。
全てを終わらせる覚悟で名を記そうと、書類に目を落とした瞬間。
「……え?」
『婚姻届』
目に飛び込んできた文字は『解雇通知書』とは似ても似つかぬ形そのものだ。
『夫になる人』の欄には達筆な筆記で彼の署名がある。
「ちょっと待って…これ……」
「なんだ、文句があるのか」
「……いや、だって、解雇でしょ……私…」
「解雇?フン、ほざけ」
瀬人は腕を組み、窓の外を見つめたままそう吐き捨てた。
「……もっと早くこうすべきだった。これで貴様というひ弱な駒を、海馬コーポレーションの全リソースで護り抜くための正当なプロトコルが完成する。貴様の命も未来も、すべては俺の手の中にある。死ぬことさえ、俺が許さぬと言えば叶わぬのだと知れ。文句はないな」
「…………。」
そこにある紙を見つめ、しばらく呆気にとられていたなまえだったが、やがて唇になだらかな曲線を描きふふ、と声を漏らした。
「なにがおかしい」
「おかしくないわよ。嬉しいの」
なまえは万年筆を持ち直し、一点の迷いもなく自分の名を刻んだ。
書き終えたその紙を両手で持ち、彼女は目の前に立つその男を見上げた。
「海馬瀬人様」
「なんだ」
「私は貴方に、全生命と未来を賭けたいのです。私の賭けを、お受け取りいただけますでしょうか」
一年前に交わした共犯の契り。
瀬人はその瞳で、彼女を逃さぬように射抜いた。
その唇が、傲岸不遜な、けれど誰よりも熱い確信を持って勝利を宣告する。
「……貴様のその賭け、せいぜい高くつくことを覚悟しておくがいい」
二人の間にあった「共犯」という境界線は、今、誰も立ち入れない究極の「誓約」へと上書きされた。