――俺は、死のうとしていた。
漠然と過ごす日々。目標も無く、喜びも無く。与えられた業務を黙々と処理し続けては、それが終わる度に諦めにも似た溜息を零す。ああ、一体何の為に。

長年耐え続けた器はもうヒビだらけで、いつ割れてもおかしくない状態だった。このまま“何か”をしでかしてしまうくらいなら、いっそ、緩やかに自分の手で終わらせよう。そう思って愛用のナイフを手に取り、深い森にでも向かおうとしたはずが――

なん……だ、これは。何だここは…… (目を覚ませば、夕暮れに染まる教室に独り。直前の記憶とあまりに食い違っている景色だが、しかしそれが当然のような既視感すら覚えて) 学校、なのか？ 一体なぜ……

(徐に黒板に近付き、その文字を見上げ) 嘘吐き、か。そんなことは知ってるけど、一体誰が (自嘲とも嘲笑ともつかない顔で溜息を吐いた)

(まずは探索の為、廊下へ出ようとする。と、訳も分からぬまま巨大な力に投げ飛ばされ) ッ、あﾞァ！？ なンなんだよテメッ…… (したたかに打ちつけた背を擦りながら視線を上げると、視界一杯の何かの“顔”──)

(あぁこれはドラゴンの顔か、と理解するが早いか。巨大な顎が開かれ、ぐしゃり、と何かの潰れる音と共に視界が閉ざされた)

(──再び目を覚ます。先程と位置は違うが同じ学校の中。その身は確かに砕かれた感覚を覚えていた) 俺は、死んだんじゃないのか……？ クソッ、殺すならきっちり殺せよ……

(鳴り響くチャイムを訝しみながら時計を見上げる) 六時……６……ろくにん……うﾞぅっ (思わず頭を抱える。頭痛、不快感、吐き気、これは“恐怖”──？)

……、(周囲を軽く見回して、敵影がないのを確認してから花壇の前に屈み込む。そのまま、荒れた土をおもむろに整えていき) ……何をしているんだろうな、俺は。

(耳を劈くような音に振り向けば、そこには見覚えのある巨体) っ、は!? またお前かよ!! 待て待て勝てるわけないだろこんなのどうやったって── (慌てて逃げ出そうとするもそれより疾く、巨大な爪が彼の身を引き裂いた)

……う、ん (意識を取り戻したら眼前には檻。取り敢えず掴んで揺すってみるが『人間』の彼に壊せる筈もなく) なんだコレ……精神病院でもこんなのねえだろ、ふざけてんのか (独り言ちる、薬品の匂いが煩わしい)

(暫くして、身動きの取れない彼の病室の扉が開く。強烈な鉄錆の臭いが鼻を突く) ……ま、待てよ。なんだその金棒。血塗れじゃないか、なぁ、それを振り上げて一体、何を──　(そう口にはするが結果は分かっていた。彼は一瞬にして檻ごと粉砕された)

────、

(誰かに、名前を呼ばれた気がした)
(懐かしく、愛しい声だった)
(けれど振り向いた先には何も無かった)
(姿かたちも、その記憶も)

『──その声は何色だった？』

(頭の中で“白い何か”が呟いた)

白……しろ………… (思わず自分の服装を見る。別に白くはない、ごく一般的な私服だ) ……クソッ、二度と話しかけるなよ、“亡霊”──

(眼前の化け物にナイフを突きつける。あと一押しで首を切り裂ける、という所で彼の口から鮮血が溢れ出る) っ……、は……？ (ごぽ、と澱んだ音をたてながら視線を下げると──相手の腹部に開いた大きな“口”が、彼の腹を抉っていた)

(血に濡れた複口が“次の宿主はお前だ”と囁いた、気がした)

……おれのなまえ。よびごえ。かえるいえ…… (黄昏色の世界で、ぼう、と影を見つめる。遠巻きに聞こえるパンザマストの音でふと我に返った)

──俺は『北松明星』だ、それ以外の何者でもない！ (雑念を振り払うように首を振り叫ぶ)

そうか。……──俺も、寂しいんだ。だから一緒に眠ろう。 (彼は“それ”をゆっくりと撫でながら、はにかむように笑った)

──ふっ、

ははははは!!! そうか、そうだよな!!!! こんな化け物、死んでも死んでも蘇るこんなバケモノ!!!!! 火刑に処すべきだよなぁ!!??

(彼は笑っている。轟々と燃え盛る廃屋の中から笑い続けている。歪な“狂人”の笑い声は炎が消えるまで反響し続けた──)