第3章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数日後。
午後の訓練が終わり、兵舎内はそれぞれが思い思いに過ごす時間帯だった。
俺は廊下の端で、提出された書類に目を通していた。……はずだった。
視界の端に、小さな影が入る。
ユニだ。
洗濯物を抱えて、中庭の方へ向かっているらしい。
「……。」
何となく、視線だけで追う。
すると——
「ユニ。」
後ろから、声がかかった。
振り向いたユニの前に立っているのは、昨日とは別の一般兵だ。
「さっきの訓練のさ、あの動き、もう一回教えてもらえないか?」
またか。
距離は、昨日ほど近くはない。声の調子も、妙に落ち着いている。
……成長してやがる。
ユニは一瞬だけ洗濯物を抱え直してから、「……今ですか?」と、首を少し傾げた。
その仕草。
相変わらずだ。
「少しなら。」
断らない。
——断らねぇ。
兵士は、嬉しそうに頷く。
説明が始まる。
身振りは控えめ。言葉も簡潔。分かりやすい。真面目で、無駄がない。
……本当に、兵士向きだ。
説明が終わり、相手が礼を言う。
「助かった。ありがとう。」
「いえ。」
その返事と同時に——
ユニが、フッと表情を緩めた。
ほんの一瞬。口角が、僅かに上がる。笑顔、と言うほどでもない。けれど——あれは、完全に"柔らかい顔"だ。
しかも、それを向けた相手は、目の前の兵士じゃない。
——俺だ。
なぜか、視線がこちらに来ていた。
目が合う。
ユニは少しだけ驚いたように瞬きをしてから、安心したように、もう一度、微かに笑った。
……。
なんだ、今のは。
兵士は気づかない。通りすがりの誰も見ていない。
見たのは——俺だけだ。
ユニは何事もなかったように踵を返し、洗濯物を抱えたまま歩いてくる。
「どうしました?」
近くまで来て、小さく首を傾げる。
いつもの調子。いつもの声。
「……いや。」
即答できなかった。
「呼んでねぇ。」
「……そうですか。」
納得したのか、そうでないのか分からない返事。
それでも、俺の隣に並んで歩き出す。
当然のように。距離が近い。
さっきまで他の兵士と話していた距離より、ずっと近い。
……悪くない。
それが、問題だ。
「……ユニ。」
「はい?」
見上げてくる。
さっきと同じ角度。無防備。
「その顔——他の奴に、向けるな。」
口に出してから、自分で気づく。
……何を言っている。
ユニは一瞬きょとんとしてから、
「……?」
首を、もう一度傾げた。
理解していない。本気で。
「……何でもねぇ。」
それ以上、言うのはやめた。
歩き続ける。
隣を歩く小さな足音が、やけに耳に残る。
……まずい。
確実に、段階を踏み越え始めている。
分かっている。分かっているのに——
さっきのあの笑顔が、頭から離れねぇ。
あれを、俺だけが見たという事実が。
……チッ。
これは、相当まずい。
本人が無自覚なのが、一番、質が悪い。
数日後。
本部内の廊下。
書類を片手に歩いていると、前方から、見慣れた背中が見えた。
エルヴィンだ。団長室へ戻るところらしい。
……ちょうどいい。
「エルヴィン。」
呼び止めると、足を止めて振り返る。
「どうした、リヴァイ。」
その視線が——一瞬だけ、俺を測るように細められた。
……嫌な予感がする。
「少し、話せるか。」
「あぁ、構わない。」
廊下の端に寄り、人の流れから外れる。
沈黙。
先に口を開いたのは、エルヴィンの方だった。
「……最近、訓練場での様子を見ている。」
それだけで、何の話か分かる。
「別に、問題はねぇ。」
即答。事実だ。規律も、訓練も、判断も——何ひとつ、狂ってはいない。
エルヴィンは、小さく息を吐いた。
「そうか。」
一拍置いて。
「なら——大丈夫か?」
その一言。
探るようでも、責めるようでもない。ただ、"分かっている者"の声だ。
「……何の話だ。」
低く返すと、エルヴィンはかすかに笑った。
「君が、分かっているだろう。」
……チッ。
「支障は出してねぇ。」
「そうだな。それは知っている。」
否定はしない。だが、肯定もしない。
「ただ——最近の君は、分かりやすい。」
……余計なことを。
「ユニの事か。」
直球。
俺は、視線を外した。
「部下だ。」
短く言う。
エルヴィンは、それ以上踏み込まない。
代わりに、こんな事を言った。
「彼女は、よく笑うようになった。」
一瞬、胸の奥が、ひっかかった。
「……そうか。」
「特定の相手に、だ。」
一拍。
「君に、だよ。」
…………。
反論は、用意していなかった。
いや——用意できなかった。
エルヴィンは、穏やかなまま続ける。
「無自覚だろうがね。君がいるときの彼女は、表情が違う。」
「それは——」
何だ、と言いかけて、言葉が詰まる。
何だ。
信頼?安心?慣れ?
どれも、間違いじゃない。
だが——それだけじゃ、足りねぇ。
エルヴィンは、静かに言った。
「気づいたときには、もう後戻りできないものもある。」
忠告か、ただの共有か。
「私は、止める気はない。」
そう言って、一度だけ、視線を外す。
「だが——自分の状態は、把握しておけ。」
……くそ。
「余計なお世話だ。」
吐き捨てるように言うと、エルヴィンは少しだけ笑った。
「そう言うと思った。」
それで話は終わりだというように、踵を返す。
去り際、背中越しに一言。
「——笑顔を向けられて、嫌な気がしないのなら……もう、
"始まっている"可能性は高い。」
……。
足音が遠ざかる。
廊下に、俺1人が残った。
頭の中に浮かぶのは——
訓練後。
不意にこちらを見て、小さく、柔らかく——あの笑み。
……。
「……最悪だ。」
誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。
否定できねぇ時点で、答えは、もう出ている。