第3章
夢小説設定
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その日。
本部の廊下で資料を抱えて歩いていると──
「ユニ。」
不意に、呼び止められた。
振り向くと、そこに立っていたのはエルヴィン団長だった。
いつものように背筋を伸ばし、けれど、どこか肩の力が抜けている。
「立て込んでいた仕事が、ようやく落ち着いたんだ。少し──お喋りに付き合ってくれないか?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「……私、でよろしいんですか。」
「構わない。今は、そういう気分でね。」
理由は語られない。けれど、"命令"でも"用件"でもないことだけは分かる。
「……分かりました。」
そう答えると、エルヴィン団長は少しだけ目を細めた。
団長室。
執務机ではなく、応接用の椅子に腰を下ろす。向かい合う形。
珍しい光景だ。
「話題は……考えてなかったな。」
エルヴィン団長が、少し困ったように言う。
「……何か、お話があるのかと思っていました。」
正直な言葉。
エルヴィン団長は、小さく肩をすくめた。
「時間が空いたから、お喋りに付き合ってくれと言っただろう。」
その言い方があまりにも自然で──本当に"雑談"なのだと、ようやく実感する。
沈黙。
気まずい、というより──探している時間。何を話せばいいのか。
私は少し考えてから、口を開いた。
「……あの、」
エルヴィン団長の視線が、こちらに向く。
「私の夢を……覚えていてくださって、嬉しかったです。」
エルヴィン団長は少しだけ驚いたように、瞬きをした。
「……あぁ。」
短く、息を含んだ声。
「覚えているよ。というより、忘れる理由がなかった。」
それだけ言って、すぐに続きを足すわけでもない。
視線は私ではなく、応接卓の上に置かれた書類の端に落ちている。
考えを整理している──というより、言葉を選んでいる、という空気だった。
「前に君が話していたのは、空と、川の話だったな。」
私は、静かに頷く。
「はい。」
「空がどこまで続いているのか。川が、どこから来てどこへ行くのか。」
まるで確認するように繰り返してから、エルヴィン団長は、フッと息を吐いた。
「随分と……調査兵団らしくない理由だと思った。」
皮肉ではない。揶揄でもない。ただの、事実としての感想。
「それなのに──」
エルヴィン団長は、ようやくこちらを見る。
「不思議と、嘘には聞こえなかった。」
私は、少しだけ背筋を正した。
「大それた理由じゃ、ありません。ただ……知りたかっただけです。」
自分でも分かっている。子供じみているほど、単純だ。
エルヴィン団長は、それを否定しなかった。
「だから、だろうな。」
穏やかな声。
「君は"何かを証明したい"わけでも、"誰かを見返したい"わけでもなかった。ただ、確かめたいと思っている。」
それは──評価ではない。分析に近い。
「調査兵団に来たい理由としては、あまりに静かだ。だが──」
一拍。
「だからこそ、ここにいる今の君に、無理がない。」
私は、思わず問い返していた。
「……無理、ですか?」
エルヴィン団長は、すぐには答えない。
その代わり、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
「"無理をしている人間"というのは……自分の言葉を、後から大きく見せようとする。だが君は──」
視線が、再びこちらに向く。
「今も、同じ調子で話している。空の話をした時と、変わらない。」
それは褒め言葉というより──安心に近い響きだった。
私は胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じた。
「……そう言っていただけると、ほっとします。」
本音だった。
エルヴィン団長は、僅かに口角を上げる。
「実はね、」
少しだけ、声の調子が崩れる。
「私は君に"何か話したい事があるから"呼んだわけじゃない。ただ──」
間を置いて、続ける。
「少し時間ができた時に、思い浮かんだ顔が君だった。」
それは、重すぎない告白だった。理由を求めさせない言い方。
「君と話していると、物事を"始まりの形"で考え直せる。」
空。川。
どこまで続いているのか。どこから来て、どこへ行くのか。
「エルヴィン団長が、そうやって話してくださるのは……少し、意外です。」
「はは。」
短い笑い。
「皆、私を"考えすぎる人間"だと思っているからな。」
否定はしない。
「だが、考えるためには時々、こういう何の結論も出ない話が必要だ。」
私はその言葉を、静かに受け取った。
「……でしたら、」
少しだけ、勇気を出す。
「また、お喋りにお付き合いします。……結論は、
出ませんけど。」
エルヴィン団長は、今度こそはっきりと笑った。
「それでいい。いや、むしろ──それがいい。」
そしてはっきりと、そう言った。
私の夢を修正するでも、持ち上げるでもなく──ただ、肯定する。
「君の言葉には、飾りがなかった。世界を知りたい、というより──"確かめたい"という響きだったな。」
少しだけ、視線が遠くなる。
「私も、昔は同じ事を考えた。本の中の世界が、本当に存在するのか。それを自分の目で見なければ、納得できなかった。」
椅子に深く腰掛け、指を組む。
「だから──君が調査兵団を選んだ理由は、よく分かる。」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなった。
理解される、というより、"同じ場所に立っている"と、示されたような感覚。
「……ありがとうございます。」
それしか、言えなかった。
エルヴィン団長は、少しだけ口角を上げる。
「礼を言われる事ではない。私はただ──こういう話ができる時間を、欲していただけだ。」
そう言ってから、ふと、扉の方へ視線を向けた。
「……そろそろ、お開きかな。残念だが。」
残念、という言葉が、本心から出たものだと分かってしまって……私は、小さく首を振った。
「いえ……お時間をいただいて、ありがとうございました。」
立ち上がる。
エルヴィン団長も、ゆっくりと席を立つ。
「また、話そう。仕事が立て込んでいない時にでも。」
約束とも、独り言ともつかない言い方。けれど確かに──未来に向けた言葉だった。
扉を開ける。その瞬間。
「……おい。」
低く、よく知っている声。
廊下の先に立っていたのは、リヴァイ兵士長だった。
こちらを見て、一瞬だけ、眉が動く。
「……エルヴィン。」
エルヴィン団長は驚いた様子もなく、穏やかに返した。
「奇遇だな。」
……本当に、奇遇だろうか。
そんな疑問が、一瞬頭をよぎる。
けれどリヴァイ兵士長は、それ以上踏み込まない。
視線だけが、私に向けられる。
「……終わったのか。」
「はい。」
それだけで何かを察したように、視線が逸れた。
「そうか。」
それ以上、何も言わない。
エルヴィン団長はその様子を見て、僅かに笑った。
「では、私は仕事に戻るよ。ありがとう、ユニ。」
「……こちらこそ。」
団長室の扉が閉まる。
廊下に残ったのは、私と、リヴァイ兵士長だけ。
「……長話だったな。」
責めるでもなく、詮索でもない。ただの事実としての一言。
「少し……。本当に、少しです。」
リヴァイ兵士長は、鼻で小さく息を吐いた。
「そうか。」
それだけ。
けれど歩き出す速度は、自然と、私に合わせられていた。