第3章
夢小説設定
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装備を身につける。
ベルトの締まり具合。刃の重さ。ワイヤーの感触。
何度も確認してきたはずなのに、今日は、少しだけ指先に力が入る。
調査兵団として正式にこの装備を身につけて訓練に出るのは──これが、初めてだった。
「行くぞ。」
短い声。
リヴァイ兵士長はすでに装備を整え終え、出入口の方に立っている。
その背中は、いつもと変わらない。
……変わらないのに。
私は、一瞬だけ胸の奥が熱くなるのを感じて、それを誤魔化すように最後のバックルを留めた。
訓練場に出ると、すでに数人の兵士が集まっていた。
立体機動訓練用の柱。張り巡らされたワイヤー。踏み固められた地面。
日常の風景。
けれど──ここに立つ自分は、もう少し前とは違う。
視線を感じる。
直接的ではない。だが、確実に──私を見ている視線。
好奇心。探るような目。それと、ほんの少しの戸惑い。
壁外調査。シガンシナ。運ばれていった負傷者。
噂と事実が混ざったまま、私という存在が、この場に戻ってきている。
「──なぁ。」
声がかかる。
若い兵士が1人、少し躊躇いながら近づいてきた。
「いつもの切り返しの動きなんだけど。あれ、どうやってるんだ?」
率直な疑問。敵意はない。
私は一瞬だけ言葉を探して──その前に。
「ユニのあれをやるにはな、」
低い声が、割って入る。
リヴァイ兵士長だった。
「まず、柔軟からだ。」
兵士が、きょとんとする。
「死ぬ気で解さねぇと、あの動きは出ねぇ。」
淡々と。だが、容赦がない。
「無理に真似すりゃ、筋か関節をやる。それも、ちょっとやそっとじゃ済まねぇ。」
周囲が、静かになる。
……そんなに、言う?
私は、思わずそちらを見る。
リヴァイ兵士長は、こちらを一切見ずに続けていた。
「柔らかいから動けるんじゃねぇ。動くために、削ってきた結果だ。」
事実だけを並べる声。だが──どこか誇らしげに聞こえたのは、気のせいだろうか。
「ユニ。」
名前を呼ばれる。
「見せてやれ。」
……え。
一瞬、固まる。
だが、断る理由はない。
私は装置を外し、地面に腰を下ろした。そして──足を、開く。
「え……。」
小さく、誰かが声を漏らす。
そのまま身体を前に倒し、自然に、地面に胸がつく。
静まり返る訓練場。
「すげぇ……。」
正直な感想。
私はゆっくりと身体を起こし、軽く肩をすくめた。
「毎日、やってきただけです。」
嘘はない。才能でも、特別でもない。ただ──必要だったから、やった。
「ほらな。」
リヴァイ兵士長が言う。
「一朝一夕じゃ、無理だ。」
そして──一拍。
「……じゃあ、」
その声色が、少しだけ変わる。
「実践だ。」
嫌な予感がした。
「鬼ごっこだ。」
……やっぱり。
「俺が追う。ユニは逃げろ。」
どよめき。
「冗談だろ……。」
「兵長相手に……?」
私は装置を付け直しながら、そっと息を吐いた。
逃げるだけなら──勝ち負けじゃない。
合図。
次の瞬間、私は地面を蹴った。
風が、頬を切る。
ワイヤーを射出し、柱を使って、低く──不規則に、動く。
後ろから、確実に迫る気配。
速い。正確。無駄がない。
……けど。
私はあえて、常道を外す。
一瞬、あり得ない角度で方向を変える。
「──チッ。」
短い舌打ち。
聞こえた。
それだけで、胸の奥が少しだけ弾む。
数分後。
2人とも、地面に降り立つ。
息は、少し荒い。だが──捕まらなかった。
「……引き分け、か。」
誰かが呟く。
リヴァイ兵士長は、何も言わない。
ただ、こちらを一瞥してから──視線を周囲に向けた。
「見た通りだ。」
低い声。
「真似するな。考えろ。」
そして。
「分からねぇなら、聞け。」
その一言で──空気が変わった。
私はその場に立ちながら、胸の奥で、静かに思う。
……あぁ。
これは、訓練じゃない。関係を、作り直しているんだ。私と、この場所との。
そしてそれを一番分かってやっているのは──リヴァイ兵士長だ。
風の中で、私はもう一度装置を確認する。
逃げるためじゃない。ここで、走るために。
訓練場から戻る廊下は、まだ少し、汗と鉄の匂いが残っていた。
立体機動装置を外しながら、身体の奥に残る熱をゆっくりと逃がす。
……引き分け。
そう思い返した瞬間、胸の奥が、少しだけざわついた。
勝ったわけでも、負けたわけでもない。
でも──あれは、確かに"同じ場"に立っていた時間だった。
兵舎の角を曲がったところで、人影に気づく。
立ち止まっていたのは、エルヴィン団長だった。書類を片手に、こちらを見ている。
「──見事だった。」
唐突な一言。
私は一瞬意味を測りかねて、足を止めた。
「……?」
エルヴィン団長は、少しだけ口元を緩める。
「リヴァイとの鬼ごっこだ。」
心臓が、軽く跳ねる。
「……見ていらしたんですか?」
思わず、そう聞いていた。
訓練場にエルヴィン団長がいるのは、珍しいことじゃない。
けれど"あの場面"を見られていたとは思っていなかった。
「全部ではない。」
正直な答え。
「だが──途中からでも、十分だった。」
評価でも、詮索でもない。ただ"見た"という事実だけが置かれる。
私は、少しだけ視線を落とす。
「……引き分け、でした。」
自分でも、なぜそう付け足したのかは分からない。
エルヴィン団長は、それを否定しなかった。
「そうだな。」
一拍。
「だがあの引き分けは──君だけのものじゃない。」
視線が、私の背後──訓練場の方角へ向けられる。
「リヴァイが、あの場で"場"を作った。君が、それを受け取った。」
淡々と。だが、確かに。
「だから、あれは"調査兵団の訓練"だ。」
言い切り。
胸の奥で、何かが、静かに落ち着いた。
「……ありがとうございます。」
そう答えると、エルヴィン団長は軽く頷いた。
「無理はするな。」
また、その言葉。
命令でも、忠告でもない。ただ、"見ている"という合図。
私は、小さく息を吸ってから答えた。
「……はい。」
エルヴィン団長は、それ以上何も言わずに歩き出す。
すれ違いざま、ふと、低い声が落ちてきた。
「──あぁ。」
立ち止まらずに、続く。
「今日のあれは、兵士達にもよく効く。」
少しだけ、含みのある言い方。
「リヴァイも、分かってやっている。」
背中が、人の流れに紛れていく。
私はその背を見送りながら、胸の奥で、静かに思った。
──調査兵団に来てから。
誰かに"使われる"感覚は、もうない。
見られて。判断されて。任されて。
そして、同じ場所に立たされる。
それは怖さもあるけれど、今は──悪くない。
そう思える自分がいる事に少しだけ驚きながら、私は、兵舎の中へと足を踏み入れた。