第2章
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中央第一憲兵本部。
応接用の机を挟んで、書類が綺麗に整えられている。それはもう、"反論できる形"を必死に保った配置だった。
保留。再検討。情勢不安定。
どれも、間違ってはいない。
だが──どれも「今でなければならない理由」ではない。
エルヴィン・スミスはその書類を一通り眺めてから、ようやく口を開いた。
「──なるほど。」
低く、落ち着いた声。
「中央憲兵としては、彼女を"管理下"に置いておきたい、という事か。」
否定もしない。皮肉もない。ただ、事実を確認するだけ。
誰かが、頷いた。
「調査兵団に移したままにするには少々……不安定な要素が多い。優秀であるがゆえに、だ。」
"だからこそ保留"。
彼らはそれが理にかなっていると、本気で思っている。
エルヴィンはほんの一瞬だけ視線を落とし、次に顔を上げた。
そして──
「そこまでして、」
その場の空気が、僅かに引き締まる。
「中央憲兵が必死になってしがみつく価値が──」
一拍。
「あの子にあると?」
誰も、即答できなかった。
否定すれば、ここまでの書類が無意味になる。
肯定すれば、理由を説明しなければならない。
沈黙。
エルヴィンはその沈黙を待っていたかのように、続ける。
「彼女は今、調査兵団の判断基準で動いている。命令の受け取り方も、優先順位の付け方も、すでに"こちら側"だ。」
淡々と。だがはっきりと。
「その状態の人間を中央が管理し続けるのは──」
視線が、相手を射抜く。
「不利益だ。」
その一言で、空気が完全に変わった。
管理できない、ではない。危険だ、でもない。
不利益。
組織にとって、最も嫌われる言葉。
「彼女はもう、憲兵の論理では動かない。そして──」
エルヴィンは、ほんの僅かに口元を緩めた。
「調査兵団には、そこまでして引き受ける価値がある。」
言い切り。
交渉ではない。説得でもない。
宣告だった。
誰かが、息を呑む。
ここで抵抗すれば、中央は「自分たちの都合で人を縛る組織」になる。
保留を続ければ、不利益を承知で抱え込むことになる。
つまり──手放すしかない。
エルヴィンは、もう何も言わなかった。
立ち上がり、静かに告げる。
「判断は、任せる。ただし──」
扉に手をかけて、振り返らずに続ける。
「彼女はもう、"憲兵だった頃の彼女"ではない。」
その言葉を残して、エルヴィン・スミスは部屋を出た。
後に残ったのは──書類と、取り返しのつかない事実だけだった。
もう、どこにもいない。憲兵だったユニは。
──────────────
文書を箱に収めてから、俺は少しだけ考える。
次に、誰に伝えるべきか。
答えは、最初から決まっていた。
調査兵団の中で、彼女の扱いを最も"現場"で引き受けている人間。そして──この結果を最も静かに受け取るだろう男。
「……リヴァイ、か。」
伝令を1人、呼ぶ。
「リヴァイを呼んでくれ。急ぎではないが、今がいい。」
伝令は、理由を聞かない。それでいい。
数分後。
執務室の扉が、いつもの調子でノックされた。
「入れ。」
扉が開く。
立っていたのは、予想通りの無表情。
「呼んだか、エルヴィン。」
余計な言葉はない。だが──視線だけで、何かを察している。
俺は机の上に置いた1枚の文書を、指先で軽く叩いた。
「中央から、正式な文書が届いた。」
それだけで、彼の空気が僅かに変わる。
「……結論は。」
聞き返しは、短い。
俺は視線を上げて、はっきりと言う。
「移管だ。」
一拍。
「ユニ・クラインは、正式に調査兵団所属になった。」
言葉を選ばない。曖昧にもしない。
その方が、この男には伝わる。
リヴァイはほんの一瞬だけ、瞬きをした。
それだけ。だが、それで十分だった。
「条件はなしだ。」
俺は続ける。
「保留も、再検討もない。責任も指揮権も、すべてこちらに移る。」
つまり──逃げ道は、もうどこにもない。
──良くも、悪くも。
リヴァイは、視線を逸らさずに聞いていた。
感情を出さない。だが、聞き逃してもいない。
「……そうか。」
低い声。
肯定でも、否定でもない。ただの、受理。
俺はその反応を見て、内心で少しだけ笑った。
やはり、この男に任せて正解だった。
「現場での扱いは、これまで通りでいい。特別扱いはしない。だが──」
一拍、置く。
「もう、"預かりもの"ではない。」
その言葉をどう受け取るか。それは、彼の自由だ。
リヴァイは一度だけ視線を落とし、すぐに戻した。
「……了解した。」
短い。だが、確かに重みがある。
俺はそれ以上、何も付け加えなかった。
彼女のことをどう扱うか。どこまで踏み込むか。
それを決めるのは、団長である俺じゃない。
「──以上だ。」
そう告げるとリヴァイは一礼し、踵を返す。
扉が閉まる、その直前。
俺は、ほんの思いつきのように声をかけた。
「リヴァイ。」
足が、止まる。
「君が見ている彼女はもう──中央が知っていた彼女じゃない。」
振り返らないまま、彼は答えた。
「そうだな。」
……だろうな。
扉が閉まる。
執務室に、静けさが戻る。
俺は背もたれに体を預け、小さく息を吐いた。
これで、ひとつの問題は終わった。
そしてようやく、本当の意味で彼女の物語が始まる。
あとは、現場の人間に任せよう。それが調査兵団という組織だ。そして──リヴァイという男はそういう場面でこそ、最も頼りになる。
俺は机の上の空白を見つめながら、次の仕事に意識を戻した。
戦いは、まだ終わらない。
ただ、形が変わっただけだ。