第2章
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中央第一憲兵本部。
積み上げられた書類の列に、1枚、静かに差し込まれる。
新規案件ではない。命令書でも、抗議文でもない。ただの──補足報告。
誰かが気づいて、手を止める。
「……追加か?」
そう呟きながら、その紙を引き抜いた。
内容は短い。感情も、主張もない。
あるのは、
・壁外で確認された挙動
・判断が分かれた瞬間
・その判断によって生じた結果
そして──"結果として回避された事象"。
名前は、前面に出ていない。功績の列挙もない。
だが読み進めるうちに、室内の空気が僅かに変わる。
「……待て。」
別の者が、声を落とす。
「この判断、当初の報告には無かったな。」
「だが、矛盾はない。むしろ──」
言葉が、途切れる。
補足は、最初の報告を否定していない。上書きもしていない。
ただ──"前提"をひとつ増やしている。
「……これが事実なら、」
誰かが、無意識に言った。
「保留の理由が、少し変わってくる。」
沈黙。
保留、という言葉は便利だ。決断を先送りにできる。だが同時に──理由が揺らげば、成立しなくなる。
「……誰が書いた。」
資料の端にある、控えめな署名に視線が集まる。
一瞬の間。
そして──
「あの、憲兵の……」
言い切られる前に、別の書類が机に置かれた。
音もなく。
「確認書だ。」
淡々とした声。
顔を上げると、そこに立っていたのは──エルヴィン・スミス。
「内容は、既に把握しているな。」
反論を許さない口調ではない。だが、逃げ道を与える話し方でもない。
「補足は、判断材料として"十分"だ。」
一拍。
「保留を続けるなら、その理由を──今度はそちらが書く番になる。」
空気が、張りつめる。
これは圧ではない。脅しでもない。責任の所在を、静かに移しただけだ。
エルヴィンは、もう何も言わない。
書類を残し、踵を返す。
扉が閉まったあとも、誰1人、すぐには動けなかった。
──保留は、まだ"可能"だ。
だがそれを選んだ瞬間、中央は自分達の言葉で
"理由"を書かねばならなくなる。
そして、あの補足がある限り──
それは、簡単な文章では済まない。
静かに。だが確実に。
最後の一行は、もう効いていた。
───────────────
本部は、いつもより静かだった。
団長が不在になると、空気の重心が少しだけ下がる。慌ただしさは減るが、代わりに張りつめた沈黙が残る。
私は廊下を歩きながら、無意識にその沈黙に合わせていた。
「──ユニ。」
呼ばれて、足を止める。
振り向くと、そこにいたのはリヴァイ兵士長。
エルヴィン団長がいない間、本部の実務を一手に引き受けているはずなのに──表情は、いつもと変わらない。
「……何か、ありましたか。」
そう尋ねると、一瞬だけ、視線が私の顔を走った。
体調。歩き方。声の張り。
──確認。
「報告書の補足、続きがあるなら持ってこい。」
業務連絡。それ以上でも、それ以下でもない。
「了解しました。」
そう答えて、書類を抱え直す。
並んで、執務室へ向かう。
会話はない。けれど──歩調が、合っている。
私が速めると、リヴァイ兵士長も僅かに速くなる。
遅らせると、それ以上離れない。
意識していないふりをして、確実に合わせている。
執務室に入ると、リヴァイ兵士長はいつもの席に向かい、私は壁際に立つ。
書類を差し出すと、受け取る指が一瞬だけ触れた。
ほんの一瞬。けれど、離れるまでが少し遅い。
「……問題ない。」
目を通しながら、短く言う。
「続きが出たら、エルヴィンじゃなく俺に回せ。」
命令。でも──それは"今は俺が見る"という意味でもあった。
「……はい。」
そう答えた声が、自分でも分かるほど柔らかくなる。リヴァイ兵士長はそれに対して、何も言わない。ただ書類から目を離さないまま──
「無理は、するな。」
低く、落とす。
エルヴィン団長と、同じ言葉。でも、響きは違う。
理由を聞く必要も、説明を求める必要もない。
私は少しだけ迷ってから、「……はい」と、そう答えた。
その声を聞いたリヴァイ兵士長が、僅かに顔を上げる。そして何かを言いかけて──結局、何も言わずに視線を戻す。
沈黙。
けれど、拒絶ではない。むしろ──"ここにいていい"という沈黙。
エルヴィン団長がいない間、私を見ているのはこの人だけだ。
その事実が胸の奥で、静かに重なる。
剣を持たない時間。命令でも、戦果でもない場所。
それでも私は今、調査兵団の中にいる。リヴァイ兵士長の視界の中に。
「少し、休憩するか。」
唐突に、リヴァイ兵士長がそう言った。
命令というほど硬くはなく、提案というには、短い。
私はペンを止めて、顔を上げる。
「……はい。」
理由を聞く必要はなかった。
机の端に置かれたカップに、湯が注がれる音がする。紅茶の香りが、執務室にゆっくり広がった。
ここは戦場でも、会議室でもない。ただの──一時停止。
湯気の立つ紅茶。香りが、やわらかい。
「……ありがとうございます。」
受け取ろうとした、その手を見て。
「眠くなるなら、飲むな。」
淡々とした声。けれどどこか──以前より、棘がない。
私は一瞬だけ動きを止めてから、ほんの少しだけ、視線を上げた。
「……今は、大丈夫です。」
自分でも意外なほど、はっきりした声が出る。
「私、リヴァイ兵士長の前でしか、寝てませんから。」
言ってから、一拍遅れて気づく。
──あ、これ、言い返してる。
空気が、止まる。
リヴァイ兵士長は、すぐには返さない。カップに視線を落としたまま、ほんの僅かに眉を動かして。
「……それは、自慢になる話じゃねぇ。」
低い声。でも──否定じゃない。
私は、紅茶を一口含む。
あったかい。
ちゃんと、目は覚めている。
それだけで、小さく勝った気がして。
カップを持つ指に、少しだけ力を入れた。