第2章
夢小説設定
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執務机の端に置いた時計に、視線を落とす。
……もう、こんな時間か。
書類の山は、ようやく一段落ついた。
外を見ると、窓の向こうはすっかり暗い。
本部は静まり返っているが、静けさ=休めている、とは限らない。
ふと、視線を横へ。
ソファ。
ユニは、まだ眠っている。背を丸め、無防備な姿勢で。
呼吸は浅くもなく、乱れてもいない。完全に──落ちている。
……起こしても、どうせ動けねぇな。
そう判断して、立ち上がる。
夕食だ。食わなきゃ、回復もしねぇ。
食堂で受け取った簡素な食事を2人分、片手に持って戻る。
執務室に入ると、さっきと何ひとつ変わらない光景。
……変わらないのが、逆におかしい。
「……ユニ。」
名を呼ぶ。反応は、ない。
少し間を置いてから、肩に手を伸ばす。強くは触れない。
「起きろ。」
低く、短く。
まぶたがぴくりと動く。それから、はっとしたように目を開けた。
「……っ。」
一瞬で覚醒する、その反応だけは兵士だ。周囲を見回してから、こちらを見る。
「……あ。」
声が、まだ寝起きだ。
「夕食だ。」
それだけ告げて、机に食事を置く。
「……すみません、また……。」
言いかけたのを、途中で止める。どうやら、自覚はあるらしい。
「いいから、食え。」
それ以上は言わない。
ユニは少しだけ戸惑ってから、ゆっくりとパンを手に取った。
一口。
……小せぇ。
一口が、驚くほど小さい。噛む速度も遅い。ちゃんと味わっているというより、身体が「これ以上急ぐな」と言っている感じだ。
無理に詰め込まないのは、悪くない。
スープを一口。間を置いて、またパン。
……本当に、少しずつだな。
俺は自分の食事に手をつけながら、無意識にそっちを見ている。見張っている、というより──確認だ。
ちゃんと、食っているか。途中で落ちないか。
ユニは、視線に気づいていない。
集中しているわけでもない。ただ必死に"今やるべき事"をやっているだけだ。
……こいつ。
戦場でも壁の上でも、判断を迫られる場所では倒れなかったくせに。
こういうところで、簡単に限界を出す。
「……無理はするな。」
ぽつりと、言葉が落ちる。
ユニは少し驚いた顔をしてから、小さく頷いた。
「……はい。」
その返事が、やけに素直だ。
俺はそれ以上、何も言わない。
食事の音だけが、執務室に残る。
静かで、妙に落ち着く時間だ。
……悪くねぇ。
仕事で擦り切れた神経が、ほんの少しだけ戻ってくる。
それが、こいつを見ているせいだと気づいても──口には出さない。出す理由がない。
今はただ。食え。ちゃんと、生き延びろ。それでいい。
ユニが、食器を置く。
パン屑を指で払って、最後に、水を一口。
相変わらず少ない。量じゃない。動作が、だ。
必要以上に取らない。必要以上に、ここに留まろうとしない。
……そういうところだ。
「ごちそうさまでした。」
その声に、ほんの少しだけ、ためらいが混じる。
「……休ませていただいて、ありがとうございました。」
付け足すように、静かに。
礼を言う相手は、上官だ。だがその言い方は、どこか個人的で。
立ち上がる気配を感じ、俺は無意識に口を開いていた。
「……戻るのか。」
自分でも、少しだけ意外だった。止める理由はもうない。
ユニはこちらを見て、一瞬だけ間を置いてから答える。
「はい。」
それから、言葉を選ぶように。
「……長くお邪魔するのは、いけませんから。」
気遣い。遠慮。そして──線引きだ。
「お風呂にも入りたいですし。」
正論だ。休息も、身の回りも、全部。
兵士としても、人としても。
引き留める筋は、どこにもない。
「……そうか。」
それだけ言って、それ以上は、何も続けなかった。
ユニは、軽く頭を下げる。
「本当に……ありがとうございました。」
短く、けれどはっきりとそう言って、扉へ向かう。
その背中を、目で追う。
行けと言ったのは俺だ。ここまでだと線を引いたのも。
それでも──扉が閉まる音を聞くまで、俺は椅子から立てなかった。
執務室に残ったのは静けさと、まだ消えきらない気配だけ。
……悪くねぇ。
そう思った時点で、もう十分だった。
──────────────
俺は報告書を一通り読み終えてから、机に置いた。
内容は申し分ない。
事実の整理、判断の根拠、違和感の記述。
どれも感情に寄り過ぎず、しかし削り落としすぎてもいない。
……よく、見ている。
「相変わらず、真面目だねぇ。」
向かいから、軽い声。
ハンジだ。
肘をつき、書類を覗き込んでいる。
「評価は?」
「優秀。」
即答する。
「現場判断も、持久力もある。何より──状況を"つなぐ"役割を理解している。」
「ふぅん。」
ハンジは楽しそうに口角を上げた。
「でもさ、それだけじゃないでしょ。最近の本部、ちょっと空気変わってきてるよ。」
俺は、頷いた。
壁外調査。シガンシナ区。その一連で、彼女の姿を見た兵は多い。
倒れるまで動き続け、必要な場所に必要な情報を運び、命令がなくても役目を果たした。
「正義を振りかざす連中は、まだ様子見だろう。だが、"なんとなく気に食わない"程度の反感は、もう薄れている。」
「だよねぇ。一番厄介なの、そこだもん。」
そう言って、ハンジは肩をすくめる。
「で、」
視線が、俺から扉の方へ一瞬だけ流れる。
「本題は、そっちじゃないでしょ?」
「……鋭いな。」
俺は、軽く息を吐いた。
「昨日、リヴァイの執務室を訪ねた。」
ハンジの眉が、ぴくりと動く。
「夕方?」
「そうだ。」
ノックをして、入った。
そこで見たのは──
執務机に向かうリヴァイと、そのすぐ傍、椅子に座ったまま眠っているユニ。
姿勢は崩れていない。だが、完全に意識は落ちていた。
「椅子で寝てたんだよね?」
「あぁ。」
「ソファじゃなく?」
「その時はな。」
ハンジが、にやりと笑う。
「でも、あとで覗いたら?」
「……ソファだった。」
「ははっ。」
声を殺して、肩を揺らす。
「それで?」
「2人分の食事を取りに行くのを、廊下で見かけた。」
「はい、確定。」
ハンジは、即座に結論を出した。
「もう言い逃れできないやつ。」
俺は、机に指を組む。
「リヴァイは何も言わない。態度も言葉も、いつも通りだ。」
「でも、行動が違う。」
「そうだ。」
部下を休ませる事自体は、珍しくない。
だが──自分の執務室で。自分の仕事中に。食事まで用意する。
「……あれはもう、手遅れだな。」
俺がそう言うと、ハンジは満足そうに頷いた。
「うん。本人が一番、自覚してないパターン。」
「厄介だ。」
「でもさ、」
ハンジは、少しだけ真面目な声になる。
「ユニみたいなのが、あそこに"居場所"を見つけたのは、悪くない。」
俺も、同意する。
「彼女は、寄りかからない。だが、離れすぎもしない。」
だからこそ──リヴァイのような男には、効く。
「ミケが見たら、何て言うかな。」
「嗅ぎつけて、無言で察するだろう。」
「はは、ありそう。」
ひとしきり笑ってから、ハンジはふと、真顔になった。
「エルヴィン。」
「なんだ。」
「このまま行くとさ……リヴァイ、壊れない?」
俺は、少し考えてから答える。
「逆だ。壊れなくなる。」
守る理由が、戦場だけじゃなくなる。
「……なるほど。」
ハンジは、また楽しそうに笑った。
「じゃあ、見守ろっか。」
「あぁ。」
俺は報告書を束ねながら、静かに思う。
──調査兵団は、前に進む。
剣だけでなく、人と人の関係も含めて。
そして多分あの二人は──もう、戻れないところまで来ている。
悪くない。
むしろ……実に、興味深い。