第2章
夢小説設定
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団長室の前で、私は一度足を止めた。
分厚い木の扉。装飾は少ない。
けれどこの向こうで、調査兵団全体の行方が決められている。
腕に抱えた書類の束は、軽くはない。
紙の重さじゃない。そこに詰めたものの重さだ。
壁外で見た光景。巨人の動き。説明のつかない"偏り"。
それを言葉にして、形にして、切り取った。
……大丈夫だ。
私は息を一つ整え、扉を叩く。
「──失礼します。」
間を置かず、低い声が返ってきた。
「入れ。」
扉を開ける。
室内は、静かだった。
地図。書類。机に向かう背中。
エルヴィン・スミスは、すでに次の仕事に取りかかっている。
「エルヴィン団長。」
名を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げた。
視線が、私を捉える。
一瞬で、状態を測る目。
「……もう、動けるのか。」
問いは、責めではない。
「はい。」
そう答えてから一歩、前に出る。
「壁外調査の報告書です。本日中にまとめました。」
書類を、差し出す。
エルヴィン団長は立ち上がり、それを受け取った。
ページを繰る。速い。だが、雑ではない。
目が、止まる。何度か。
私は何も言わずに待つ。
沈黙は長くない。
「……主観を残したな。」
「はい。」
「消さなかった理由は。」
問われて、私は迷わず答えた。
「異常が"数値"だけでは説明できなかったからです。違和感そのものが情報になると判断しました。」
エルヴィン団長は一度だけ、目を細めた。
「いい判断だ。」
短く、はっきりと。
「これは、現場にいた者にしか書けない。」
そう言ってから、視線を私に戻す。
「疲労は。」
少しだけ、声の調子が変わる。
「……残っています。」
正直に言う。
エルヴィン団長はそれ以上、追及しなかった。
「今日はもう休め。追加が必要になったら、こちらから呼ぶ。」
命令。でもどこか、配慮のある区切り。
私は、頷いた。
「了解しました。」
踵を返そうとした、そのとき。
「ユニ。」
呼び止められる。
振り向くと、エルヴィン団長は報告書に手を置いたままこちらを見ていた。
「君の記録はこの先、何度も読み返されることになる。」
それは評価であり、同時に──責任でもある。
「そのつもりで休め。」
私は背筋を伸ばし、短く答えた。
「……はい。」
扉を閉める。
廊下に戻ると、本部特有の静けさが戻ってきた。
大きな山は、越えた。けれど──道はまだ続いている。
私は、ゆっくりと歩き出す。
今は、次の呼び出しに備えて。
静かに、確実に──呼吸を整えながら。
団長室の扉を閉めると、廊下の空気が少しだけ冷たく感じた。
報告書は、渡した。必要な説明も、終えた。
エルヴィン団長はいつも通りの顔で受け取り、
「後で目を通す」とだけ言った。
それで、十分だった。
……なのに。
胸の奥に残ったものが、どうにも落ち着かない。
身体は、もう動くなと言っている。頭も、少し重い。
それでも──足は、自然と別の方向へ向いていた。
リヴァイ兵士長の執務室。
理由を考える必要はなかった。考え始めたら多分、止まってしまう。
扉の前に立ち、一度だけ呼吸を整える。
……邪魔は、しない。ただ、それだけでいい。
軽く、ノックをする。
「入れ。」
即答。
扉を開けると、執務机に向かうリヴァイ兵士長の姿が見えた。
書類。地図。刃の手入れ道具。
戦場は変わっても、ここもまた、戦場だ。
「……報告書を、エルヴィン団長へ提出しました。」
用件は、それだけ。それだけ、のはずなのに。言葉が続かない。
リヴァイ兵士長は、手を止めずに答えた。
「そうか。」
それだけ。
沈黙。
私は一歩も動けずに、扉のそばに立ったまま──意を決して、口を開く。
「……邪魔は、しません。」
声が、少し低くなる。
「ご迷惑でしたら、すぐ出ます。」
一拍。
それでも、引き返さない。
「……ただ、」
言葉を選ぶ。
「ここにいても……いいですか。」
自分で言っておいて、少し可笑しくなる。
兵士長に許可を求める理由としては、あまりに個人的だ。
「必要なら、お手伝いもします。」
視線は上げない。上げたら多分──逃げ道がなくなる。
しばらく、紙をめくる音だけが続いた。
やがて、リヴァイ兵士長がペンを置く。
椅子の軋む音。
「……座れ。」
短い。命令なのか、許可なのか。多分──両方だ。
私は小さく息を吐いて、壁際の椅子に腰を下ろした。
倒れない。崩れない。ただ、座る。
それだけで身体の奥が、静かに緩んでいく。
リヴァイ兵士長は、もうこちらを見ていない。
けれど──
「寝るな。」
低い声。
私はほんの少しだけ口元を緩めて、小さく頷いた。
「……はい。」
ここにいていい。
今はただ──ここにいられるだけで、よかった。
───────────────
書類に視線を落としたまま、言葉を投げる。
「……ユニ。」
返事がない。ペンを動かす音だけが続く。
もう一度、呼ぶほどの間でもない。だが、沈黙が──妙に長い。
俺はようやく視線を上げた。
壁際の椅子。背を預けるでもなく、姿勢を保ったままのユニ。
顎が、ほんの僅かに落ちている。呼吸が、規則的だ。
──あぁ。
寝ている。
完全に崩れてはいない。倒れてもいない。
ただ糸が切れたみたいに──"意識だけ"が落ちた。
さっきまで返事はしていた。目も合っていた。それなのに──
俺は、何も言わずに見ていた。
起こせば、起きる。だが──今は、起こす理由がない。
椅子から落ちる様子もない。呼吸も安定している。
……限界だ。
それだけの話だ。
視線を、静かに書類へ戻す。
「……。」
何も付け足さない。仕事は、まだ残っている。ここは、戦場じゃない。
だから──今は眠らせておく。
あいつが無理に立たなくていい時間くらいは。
俺はペンを取り直し、何事もなかったように書類に向き直った。
部屋の空気は、静かなままだった。