第2章
夢小説設定
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本部への帰還は、静かだった。
歓声も、安堵の声もない。ただ馬の蹄と、装備の擦れる音だけが続く。
トロスト区は、混乱の渦中にある。駐屯兵団は防衛と避難誘導に追われ、憲兵団もまた、統制に手一杯だった。
だから調査兵団は、支部には留まらなかった。
必要な人員と最低限の引き継ぎだけを残し、全員、本部へ戻る。
それが最も合理的だった。
本部に戻ってからの記憶は、ところどころ曖昧だ。
装備の返却。汚れた刃の処理。報告の一次整理。
身体は動いているのに、意識だけが少し遅れてついてくる。
医療班に「もう大丈夫だ」と言われ、与えられた簡易ベッドに腰を下ろした瞬間──私はそのまま、眠った。
深く、長く、夢も見ない眠りだった。
翌日目を覚ましたとき、窓の外は、もう完全に朝だった。
身体の重さは残っている。けれど昨日のような崩れそうな感覚はない。
──戻ってきた。
そう、はっきり分かる。
身支度を整え本部の廊下を歩いていると──
「ユニ。」
低い声が、呼び止めた。
振り向くとそこにいたのは、リヴァイ兵士長だった。
昨日と変わらない表情。変わらない距離。
けれどもう"非常時"の空気ではない。
「体調は。」
「問題ありません。」
即答する。
リヴァイ兵士長はそれ以上、状態を探るような事はしなかった。
代わりに──
「壁外調査の報告書を作れ。」
端的な命令。
「巨人の挙動。進路。数。違和感。」
淡々と、要点だけが並ぶ。
「書式は、エルヴィンから過去の報告書を借りるなりして、参考にしろ。形式は任せる。だが──」
一拍。
「主観は削るな。」
私は、息を整えた。
「……了解しました。」
「できるな?」
確認。試すようでも、疑うようでもない。ただの、確認。
「できます。」
そう答えると、リヴァイ兵士長は短く頷いた。
「なら、やれ。」
それだけ言って、踵を返す。
背中を見送りながら、私は胸の奥で静かに思う。
──戦いは、終わっていない。
ただ、形を変えただけだ。
剣から、言葉へ。現場から、記録へ。
それでも──私が見たもの。感じた違和感。壁の外で起きていた"何か"。
それを残すのも、調査兵団の仕事だ。
私は、書類室へ向かって歩き出した。まだ、完全には回復していない身体で。
けれど──今度は、倒れるわけにはいかない。
ここから先は、"伝える"戦いが始まる。
書類室へ向かう廊下は、思っていたより静かだった。
朝の本部は、いつもなら雑音に満ちている。
靴音、指示、軽口。
だが今日は、それらが必要最低限に抑えられている。
──喪失の後の、静けさ。
すれ違う兵士達は無意識に、私の方を見る。
視線を向けて、すぐ逸らす者。一瞬、立ち止まりそうになる者。小さく、頷く者。
以前とは、違う。
壁外調査に出る前。私ははっきりとした"異物"だった。
規律の問題。所属の曖昧さ。正しさを盾にした、冷たい視線。
それが──今はない。
完全に受け入れられたわけじゃない。納得していない者も、いるだろう。
けれど少なくとも、「何もしていない」という目は、消えていた。
担架で運ばれていった兵。カラネス区の外郭で倒れかけていた私を見た補給班。シガンシナ区で、伝達に走った姿を見た者。
あの混乱の中で、私が何をしていたかを見ていた兵は──確かに、いた。
廊下の角で、若い兵士とすれ違う。
彼は一瞬迷ってから──
「……お疲れさまです。」
小さな声だった。形式ばってもいない。ただの、事実みたいな一言。
私は、足を止めずに答える。
「……ありがとうございます。」
それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。
評価されたわけじゃない。称えられたわけでもない。ただ─"見られていた"。
それだけで、十分だった。
書類室の扉を開ける。
紙の匂い。インクの乾いた匂い。
机に向かい、白紙を前にして座る。
リヴァイ兵士長の言葉が、脳裏に浮かぶ。
──主観は削るな。
私は、深く息を吸った。
ここからは剣でも、機動でもない。
私の見た世界を、言葉にする仕事だ。
ペンを取る。
壁の外で何が起きていたのか。
なぜ"違和感"を覚えたのか。
それを誰かが「判断」できる形に残すために。
静かな本部の中で、紙の上に、最初の一行を書く。
戦場は、もう見えない。
けれどこの記録は、きっと、次の戦場へ繋がる。
私は、そう信じて書き始めた。
──ここからが調査兵団の、もうひとつの戦いだ。