第2章
夢小説設定
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……冷たい。
最初に感じたのは、背中に伝わる、石の硬さだった。
次に、布の感触。肩から胸にかけて、何かが掛けられている。
──ここは。
目を開けた瞬間、視界が僅かに歪んだ。
天井じゃない。壁でもない。見慣れた、城壁の内側。
……カラネス区?
思考が、追いつかない。
私はゆっくりと首を動かす。
医療班。担架。血の匂い。消毒薬の刺激。
……生きてる。
そこまでは、分かる。
でも、最後の記憶は──カラネス区と、外郭の間。
医療班のそばで。歩きながら、水を飲んで。ピクシス司令に、報告を──
……した?
した、はずだ。途中までは、確かに。
でも、どこまで話した?
どれくらい、時間が経った?
胸の奥が、ざわつく。
調査兵団は?撤退は?団長は──エルヴィン団長は、まだ外に?
そして、リヴァイ兵士長は……?
そこで、ようやく気づく。
自分の身体に掛けられているもの。
緑色の、厚手の布。
風を防ぐために、無造作に──それでいて、ずれないように掛けられている。
……マント。調査兵団の。
私は、指先でその縁を掴む。
サイズが、とか。重さが、とか。
そういう問題じゃない。
──これを、こうやって掛けるのは。
「……リヴァイ、兵士長、の……。」
声が、思ったよりも小さく漏れた。
理由なんて、ない。確証も、ない。
ただ──こういう事を、無言でやるのは。
この状況で、余計な言葉を挟まず、確実に守る行動を取るのは。
1人しか、思い浮かばなかった。
胸の奥で、ぎゅっと何かが締まる。
……私、倒れたんだ。
あの場所で。限界で。誰かに──運ばれて。
「……。」
息を吸うと、少しだけ頭が重い。でも、意識ははっきりしている。
まだ、終わっていない。
私はマントを握ったまま、ゆっくりと上体を起こした。
次に聞くべきことが、次に確認すべきことが──山ほど、ある。
けれどまずは……ここに無事に辿り着いた事実だけを、静かに受け止めた。
医療班のテントを出ると、夕方とも夜ともつかない光が、壁の内側に滲んでいた。
空気が、少し冷たい。
……ここは。
やっぱり、カラネス区。
足元は安定している。意識も、さっきよりははっきりしている。でも頭の奥には、まだ綿を詰められたみたいな重さが残っていた。
私は、羽織ったままのマントに視線を落とす。
──調査兵団のもの。
自分のじゃない。それは、すぐ分かった。理由は、単純だ。
こういうことを黙ってやる人は──1人しか思い浮かばない。
「起きたか。」
低い声が、背後から落ちてきた。反射的に、振り向く。
少し離れた場所。壁際に寄りかかるように立っている、見慣れた小柄な影。
汚れも、疲労も、全部そのまま抱え込んだままの姿。
「……リヴァイ兵士長。」
呼ぶと、視線だけがこちらに向く。
「医療班が止めてなかったか。」
責める調子じゃない。事実確認みたいな声。
「……少し、頭がはっきりしてきたので。」
言いながら、自分がちゃんと立っている事を無意識に確かめる。
リヴァイ兵士長は一瞬だけ私を見てから、小さく息を吐いた。
「無茶しやがって。」
それだけ。
でもその言い方は──叱責というより、もう済んだ事を確認するみたいだった。
私はマントの端を、きゅっと握る。
「……すみません。倒れた、ところまでは……覚えてるんですが。」
そこから先が、曖昧だ。運ばれた感覚も、時間の経過も。
「報告は……ちゃんと、出来てましたか……?」
不安が、遅れて浮かぶ。
リヴァイ兵士長は、少しだけ視線を逸らした。
「必要な事は、伝わってる。お前が潰れる前にな。」
短く、区切る。
「ピクシスの爺さんも、医療班の配置も、もう動いてる。」
……よかった。
胸の奥で張りつめていたものが、ようやくほどけた。
「調査兵団は……?」
問いかけると、今度ははっきりとこちらを見る。
「戻ってきてる。全員じゃねぇがな。」
一拍。
「エルヴィンも無事だ。」
その名前を聞いた瞬間ようやく、本当に──戻ってきたんだと実感した。
私は、小さく息を吐く。
「それは着とけ。」
先に、言われた。
「返すのは、後でいい。」
命令でも、気遣いでもない。ただ、事実を告げるみたいな口調。その一言で、胸の奥に張り付いていた何かが、音もなくほどけた。
……大丈夫だ。
そう、思った途端──足に、力が入らなくなる。
「──っ。」
踏ん張ろうとして、でも、無理だった。
私はその場に、ゆっくりと座り込む。
倒れない。けれど、立てない。
完全に、限界。
息を吐くと、それだけで身体が重かった。
リヴァイ兵士長は、何も言わずに動いた。
私の隣に立つ……のではなく、同じ高さまで腰を下ろす。
距離は近い。けれど、触れない。
見張りの位置を崩さないまま、自然にそこにいる。
「……無茶しすぎだ。」
ぽつりと。
責める声じゃない。評価でもない。ただの、確認。
「……すみません。」
そう言うと、鼻で小さく息を吐く気配がした。
「謝るな。仕事は、全部終わってる。」
短く。はっきりと。
「ここまで来りゃ、もうお前の役目じゃねぇ。」
その言葉が頭じゃなく、身体に落ちてくる。
私はマントの端を、無意識に握った。温度が、残っている。
「……少しだけ、」
自分でも驚くくらい、小さな声。
「少しだけ、ここに、いさせてください。」
返事は、すぐには来なかった。
代わりに隣にいる気配が、動かないまま、続く。
それが、答えだった。
私は壁にもたれ、視線を落とす。
目を閉じるほどじゃない。でも──もう、立たなくていい。今は。
医療班のテント脇。壁際に、並んで腰を下ろしている。
私は、もう立てない。倒れてはいない。ただ身体が「ここまで」と言っている。
リヴァイ兵士長は少し距離を空けて──それでも、離れすぎない位置にいる。
立っていない。同じ高さで、腰を下ろしている。
それだけで不思議と、呼吸が落ち着いた。
マントの裾を、指先で掴む。
……あったかい。
そのとき、足音が近づいてきた。
一定の歩幅。迷いのない重さ。
顔を上げなくても、分かる。
「──ユニ。」
エルヴィン団長の声。
私は、ゆっくりと視線を向けた。
エルヴィン・スミスは、こちらを見下ろす形で立っている。
その視線は、私の顔色。姿勢。肩の落ち方。
一瞬で、全部を拾って──
「……無理をさせたな。」
低く、静かな声。
責める響きは、ない。だが、軽くもない。
私は首を横に振ろうとして、途中でやめた。
「……役目は、果たしました。」
声が、少しだけ掠れる。
エルヴィン団長は、それを遮らなかった。
「ピクシス司令から、聞いている。外郭の門、そしてカラネス区外門。条件付きだが、通過は成功した。」
一拍。
「負傷者も、全員、壁内へ入った。」
──よかった。
胸の奥で、ようやく何かが下りる。
「君が繋いだ結果だ。」
そう言ってから、エルヴィン団長は視線を少し下げた。
「今は、休め。これ以上の判断は、必要ない。」
命令。でも──それは排除じゃない。守るための区切りだ。
私は、小さく頷いた。
「……了解、しました。」
隣でリヴァイ兵士長が、何も言わずにいる。けれど立ち上がろうとする気配もない。
エルヴィン団長はその様子を一度だけ見て、それ以上、何も言わなかった。
「後は、こちらで引き継ぐ。」
短く告げて、踵を返す。
その背中が、人の波の中へ消えていく。残された空気が、少しだけ柔らいだ。
私は、無意識に息を吐く。
……終わった。
いや。"ここ"は終わった。
隣で、低い声が落ちてくる。
「……気、抜けたな。」
私は、苦笑する。
「……抜きました。」
言ってから、自分で少し驚いた。
笑っている。ほんの一瞬だけど確かに──笑った。
胸の奥に張り付いていた何かが、ようやく緩んだ感覚。
隣でリヴァイ兵士長が一瞬だけ──動きを止めた。
目を見開くほどじゃない。けれど、視線が確かに私に向いた。
探るようでも、咎めるようでもなく。ただ見慣れないものを確かめるみたいに。
それから何事もなかったように、視線を前へ戻す。
「……それでいい。」
短い言葉。
けれどその一言で──私は、もう立たなくていいと、ようやく許された気がした。
マントを握る指に、少しだけ力を入れる。
並んで座ったまま。
今は、それだけで──十分だった。