第2章
夢小説設定
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シガンシナ区、内側。
血と蒸気の匂いが、まだ濃い。
俺は最後の一体を斬り落とし、着地と同時に刃を払った。
倒れた巨人が、音を立てて崩れる。
──静かにならない。
数は減った。だが、終わりじゃない。
内門の瓦礫。外門の穴。どちらも、塞がっていない。
ロープで組んだ即席の網が、崩れた石材に掛けられている。
応急処置。時間稼ぎにすら足りない。
「……チッ。」
吐き捨てる。
やれることは、やった。
これ以上は──
「リヴァイ。」
背後から、声。
振り向くと瓦礫の向こうに、エルヴィン・スミスが立っていた。
埃にまみれているが、視線は冴えたまま。
「状況は。」
短い問い。
「区内の可動個体は、ほぼ処理した。だが──」
視線を、門へ向ける。
「穴は塞げねぇ。網を掛けるのが、限界だ。」
事実だけを言う。
エルヴィンは、頷いた。
「私も同じ判断だ。」
一拍。
「現状、穴を完全に塞ぐ術はない。時間をかけても、結果は変わらない。」
迷いのない声。
それが決断が下された合図だと、俺は理解する。
「撤退する。」
その言葉は、戦場では敗北に聞こえる。
だが──
「戦力と情報を失う方が致命的だ。今は引く。」
合理。だが、冷酷ではない。
「カラネス区経由で、部隊を集約する。負傷者は、すでに後送済みだ。」
そこまで言ってエルヴィンは、こちらを見る。
「君の判断が、被害を最小限に抑えた。」
評価。
それをこの男は、こういう時にしか口にしない。
「……仕事だ。」
短く返す。
だが胸の奥で、ひとつの顔が浮かんだ。
──ユニ。
繋ぐ役目を、限界まで背負っていた。
「……あいつは?」
何気ないふりをして、だが視線は逸らさずに聞く。
エルヴィンは一瞬だけ、目を伏せた。
「カラネス区で、負傷者の対応と駐屯兵団への情報共有をしている。」
一拍。
「……限界だろう。」
それは、予測じゃない。確信に近い言い方だった。
俺は舌打ちしそうになるのをぐっと堪える。
「回収対象に入れておけ。」
即答。
「当然だ。」
エルヴィンは、そう返した。
「全員、生きて戻る。それが今の最優先だ。」
刃を鞘に収める。
「……分かった。」
立体機動装置のワイヤーを確認し、空を仰ぐ。
まだ、終わっていない。だが──
ここで終わらせないために、引く。
「全員に伝える。撤退準備だ。」
その背中に、エルヴィンの声が重なる。
「リヴァイ。」
「何だ。」
「……ありがとう。」
短い。だが、重い。
俺は、振り返らない。
「礼を言うのは、全員揃ってからにしろ。」
そして、次の跳躍へ。
──今度は、落ちる前に拾いに行く番だ。
ユニが、限界を越える前に。
カラネス区外郭と、内側の区画を繋ぐ動線。
負傷者の列が、まだ途切れずに続いている。
担架。医療班。血と埃と、消毒薬の匂い。
──撤退判断は、間違っていない。
エルヴィンの声が、頭の奥で反芻される。
「現状、穴を塞ぐ術はない。」
「時間をかけても、結果は変わらない。」
「撤退する。」
合理的だ。最善だ。だからこそ──胸糞が悪い。
俺は最後尾の確認を終え、壁側から区画へ入った。
そのとき──視界の端で1人、膝を折った影があった。
「……おい。」
反射的に、足が向く。
医療班のすぐ脇。壁に手をついたまま、身体が傾いている。
──ユニだ。
水筒を握ったまま、指に力が入っていない。呼吸はある。だが意識が──落ちた。
「……チッ。」
間に合わなかったか。
俺は即座に距離を詰め、崩れ落ちる前に身体を受け止めた。
……軽い。
思ったよりも、ずっと。
「……限界まで使いやがって。」
誰に言うでもなく、吐き捨てる。医療班の兵士が気づき、こちらを見る。
「兵長──」
「後だ。」
短く制す。
今は、順番が違う。
俺はユニの腕を取り、そのまま──抱え上げた。
背中に腕を回し、膝裏に手を差し込む。
立体機動も、馬もいらない。この距離なら、歩いた方が早い。
ユニの頭が、俺の肩に触れる。
軽く、息がかかる。
眠っているというより、落ちた、だ。
「……よくやった。」
返事はない。当然だ。それでも、言う。
ここまで繋いだ。門を通した。負傷者を生かした。
それで十分だ。
「後は──俺たちがやる。」
医療班の動線を塞がないよう、少しだけ進路を変える。
誰かが何か言いかけたが、俺は振り向かない。
今は、これが最優先だ。
ユニの体重が、僅かに預けられる。
力を抜いた身体は正直で──限界を、誤魔化さない。
「……安心しろ。」
低く、独り言のように。
「もう、走らなくていい。」
俺はそのまま、医療班の確保された区画へ向かって歩いた。
シガンシナは、まだ終わっていない。戦いも、終わっていない。
だが少なくとも今、この腕の中の兵士は一度──戦場から外れた。
それでいい。今は、それでいい。